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「山をもっと近く、もっと楽しく」。山と人を結ぶ『百森』が始めた、思わず山に行きたくなる新しい山林活用。【百年の森林と生きる、人といきもの(前編)】

特集「百年の森林と生きる、人といきもの」では、西粟倉村の未来を見据え、山と人と生きものの関わりを結ぶプロジェクトに挑む、村のプレイヤーの皆さんを紹介します。 

前編で紹介するのは、西粟倉村における水先案内人ならぬ「森先案内人」を目指し、山と人の接点になるさまざまな活動をしている『株式会社百森』。

代表取締役の田畑直さんと、山林活用事業を担当している職員の清水美波さんに、お話をお聞きしました。

 

東京から移住して『百森』を設立し、山林管理をスタート

— まずは田畑さんが会社を設立した経緯と事業内容について、教えてください。

田畑:僕は東京生まれで、都内のITベンチャーで主にアプリやウェブサイトの分析の業務をしていました。また、コンサルタントとしてプロセスマネジメントも行っていたんです。ただ、仕事について今後はどうしようかなと考えていた2016年に、小学校時代の同級生の中井照大郎から電話がかかってきました。

彼は当時東京でエネルギー関係の仕事をしていて、木質バイオマスやその背景にある林業に関心をもち、西粟倉村がマネジメント目線で林業を活性化する組織をつくる人材を募集している記事を見つけ、「これだ!」と思ったそうです。当時西粟倉村が実施していた「ローカルベンチャースクール」に応募するから資料をつくってほしいと相談され、はじめは「協力してもいいかな。行ったら勉強できるだろう」という軽い気持ちで手伝いました。その後、まさか村へ移住することになるとは思わずに(笑)。

田畑:でも、何回か来るうちに村の雰囲気や目指しているところなどが分かって「おもしろそうだからやってみよう」と決め、2017年10月、村の「百年の森林事業」を進める会社として、中井と共に代表取締役になり『百森』を設立したんです。

以来、主な業務を山林管理事業として、村内にある2600haを超える山林の管理を行ってきました。具体的には、山主さんとの連絡や交渉、山林の調査や作業道の設計、間伐など施業の発注や検査、補助金申請などが主な業務です。

 

— 清水さんはどのような経緯で入社したのですか? 

清水:私は大阪府のベッドタウン育ちで、自然に関わる機会はあまりなかったんですが、幼いころから公園や駐車場、用水路などでの外遊びが大好きで、当時から「将来は田舎で暮らしたい」と思っていました。植物や農業を勉強したくて、千葉大学の園芸学部緑地環境学科に進み、樹木について学ぶなかで、どうしたら山に関わる仕事に就けるかを考えるようになったんです。

清水:そんなときに『森ではたらく! 27人の27の仕事』(学芸出版社)という本で知ったのが、西粟倉村でした。一度行ってみたいと思ってネットで調べると、『百森』の求人記事が出てきて、直接連絡をして、初めて村に来たんです。そのときやりとりをしたのが田畑でした。

その1ヶ月後に再訪して、村内のゲストハウス『あわくら温泉 元湯』で10日くらい住み込みのインターンをしたら、「若い人や移住者が多いんだ」と村の雰囲気がより分かりました。

いよいよ就職活動をしなければいけない大学4年のとき、コロナ禍になって就職先や移住先を探しに全国各地を回ることはむずかしくなったんですが、中井が東京に戻って『株式会社GREEN FORESTERS』を立ち上げたので、事務を手伝ったり事業のお手伝いをしたりしていた流れから、2021年4月に『百森』に入社することになりました。入社後は、山林活用事業をメインで担当しています。

 

山林を活用した、企業研修やチェーンソーツアー 

— 清水さんが担当しているという山林活用事業は、どうして始めたのですか。

田畑:会社の未来を考えると、スギやヒノキの山を管理しているだけでは厳しい可能性があるとは設立当初から感じていました。何かしら山を活用する事業をやっていかないといけないと思っていたので、清水が入社したタイミングで、新たな事業をつくる模索を始めようと、担当してもらうことにしたんです。

山林を管理以外の用途で使うときには、クリアしないといけない法的・社会的・環境的なハードルがあるので、まずその調査をしてもらいました。どうすれば法的にOKで、技術的に安全なのか、誰に話をすればいいか、FSC®という国際森林認証制度などについて、時間をかけて調査しましたね。

清水:入社当時は何も決まっていない状況で、何をするか考えるところからスタートして、山で何ができるかを探るために、月一で小さなイベントを開催しました。実験的に大きなブランコをつくってみたり、秘密基地づくりをしたり、子ども向けに琥珀風の標本づくりをしたり……。

村内外から多くの参加があった、秘密基地づくりの様子

松ヤニを活用した、琥珀風標本づくり

清水:試行錯誤の連続でしたが、2022年からは「企業研修の森林プログラム」の提供や、3日間の「チェーンソーLOGGINGツアー」等を行っています。

「企業研修の森林プログラム」で提供しているのは、林業体験や「フォレストスキャベンジャー」を使ったチームビルディングなどです。

「フォレストスキャベンジャー」は、道のない山の中に配置されたポイントを地図を頼りにチームで探し当て、時間内により多くのポイントを獲得したチームが勝つゲームです。ルート決めや体力配分などを相談しながら、普段は異なる部署で働くメンバーとチームになって挑みます。開始時は緊張した雰囲気でも、2時間後に戻ってきたときにはお互いにふざけあったり、たたえ合ったりしているのを見ると、いいコミュニケーションの機会になっているのかなと感じられました。

山では今、鹿にスギやヒノキの苗を食べられてしまう被害が出ているので、参加者に苗をスコップで拾い上げ、持ち帰って2年間会社で育てていただき、皆伐した山に埋め戻すという活動もしています。

稚樹レスキューの活動の様子

 

— おもしろい取り組みですね。企業研修にはどういう企業が参加しているんですか。

清水:現在参加してくださっているのは、岡山県内のハウスメーカーさんと鉄鋼会社さんです。ハウスメーカーさんは業務で木材を扱っているものの、木を育てて出荷するところまでは知らないからと、この研修に関心をもって主催会社へ申し込んでくださいました。私たちは委託を受けています。鉄鋼会社さんは、工場内で西粟倉村産の木材を使っていて、さらにCO2などの排出削減量や吸収量を国が認証する「J-クレジット制度」で西粟倉村を選択されているご縁もあり、持続可能な社会に向けた取り組みを知るために参加してくださっています。

田畑:参加してくださる皆さん、楽しそうですよね。

清水:はい、参加者の方から「楽しかったし、勉強になった」「リフレッシュになった、また来たい」という声を多くいただいています。今は山林や森が身近ではなく距離がある人が多い状況ですが、その距離を縮められた人が増えたかなと嬉しく感じています。

 

— 「チェーンソーLOGGINGツアー」は、どのような内容ですか?

清水:チェーンソーを使ったことがない初心者の方に、森や伐倒、チェーンソーの世界を存分に楽しんでいただくことを目的としています。安全面のレクチャーはもちろん、チェーンソーの扱い方などを学び、実際に山で伐倒もできます。自分の年齢以上を生きてきた木々を実際に自分の手で伐って倒すという体験はなかなかできないもので、大木を狙い通りに倒せたときの感動はひとしおです。安全に配慮したうえで、林業に関係ない方でも楽しくここまでできるのは西粟倉ならではだと思います。

西粟倉村に当てはまる森林の課題は全国的に共通のことが多いうえ、広葉樹などの樹種・面積も少ないため、「西粟倉ならではの自然」で戦っているというよりは「そのフィールドをどう使って生き残るか」という課題感をみんなが共通で認識して、それぞれが好きに実行しているところが西粟倉村の独自性だと考えています。

そのため参加者の方には普段したことがない体験ができて楽しかったという感想をいただくこと以上に、「研修内で出会った人がみんなキラキラしていた」「村民の方が自ら新しいことに挑戦していることに驚き、自分にも置き換えて何ができるか考えたい」などの声をいただくことが多く、体験を通してさらっと新しい人や環境に出会える、というのが西粟倉村ならではの強みではないかと考えています。

 

山で楽しんでいる姿を見せ、具体的なアクションを伝える 

— 山林や森が身近ではない人に向けて、取っ掛かりをどうつくっていったらいいと考えていますか。

清水:少し誇張して言うと、「どれだけ自分が狂っている(私自身が全力で楽しんでいる)姿を見せられるか」だと思うんです(笑)。私は木登りが好きなんですけど、登っていると、一緒にいる人が「やってみようかな」と登ってくれることがあります。そんな風に、自分が楽しんでいる姿を見せることが大切なのかなと、『百森』で働いて感じました。 

田畑:いきなり「山に行きましょう」と呼びかけるよりも、山で何をするのか、具体的なアクションとして「山でレーザータグ(レーザーを使ったシューティングゲーム)ができますよ」「木を切るのは楽しい」「林内でカクテルはいかがですか」などと伝えていくことだと思います。

赤外線を使ったサバイバルゲーム

村内の古民家カフェ「あるの森」と協力して林内カクテルバーを開催

清水:山の美しさや偉大さはSNSや映画などのコンテンツで知ることができますが、山に足を運んで体験することに興味をもっていただくために、「山に行かないとできないこと」を提案していきたいです。

 

— 山林や森のおもしろさ、または仕事のおもしろさは何だと感じていますか?

田畑:時間のスケールの長さ、壮大さにロマンを感じています。いま木を植えたとしても、、それが森に育つのは50年後、100年後になるので、その頃には僕たちは死んでいるはずですよね。でもそれこそが、山と関わるおもしろさだなと。

清水:今は「チェーンソーLOGGINGツアー」などで、林業に興味がない方にいかに参加していただき、かつ楽しんでいただくかを考えるのがおもしろいです。山って楽しいよねと、同じ視点をもつ人を増やしていくことにおもしろさを感じています。

 

— 活動のなかで見えてきた課題はありますか?

清水:山を使っていただくための最低限の装備やルールの整備、体制づくりがまだ足りていないので、万全な体制で楽しんでいただけるよう準備していきたいですね。お客さんを増やしていくことも課題だと思うので、力を入れていきたいです。

田畑:山林管理では、誰かが守り育ててきた山を、どうしていったらその方たちのためになるのか、かつ次世代にとっても意味がある状態で山を継続していけるのか、考え続けていきたいです。

 

— 最後に、今後やりたいことや予定などを教えてください。

清水:「企業研修の森林プログラム」や「チェーンソーLOGGINGツアー」の参加者の方たちに、クオリティの高いプログラムを提供したいので、しっかり準備をしていきます。個人的には、生物多様性として人工林で生きものの住処をどうつくり、生きものをどう増やしていくかに関心があるので、『百森』でビオトープをつくりたいです。

田畑:当社の目的は、山と人が共にある社会をつくっていくことなので、もっと山のものが人里に出たり、人里のものが山に入っていったりするとおもしろいなと思います。例えば、マウンテンバイクなどを使って遊べる場所を増やしていくとか、逆に村のお惣菜屋さんに角材が置いてあるとか。山林の可能性やその伝え方を模索していきたいです。

「山を使ってこんなことをしたいです」という方に山をご案内する活動もしていて、たとえば現在、近隣の野鳥の会に探鳥会をしてもらっています。そういうつながりも増やしていきたいと思っています。

また、西粟倉村では「百年の森林構想」から多様な枝葉を成長させた「百年の森林事業ver2.0(通称:百森2.0)」が進行しているので、その実務部隊としても活動していて、村に広葉樹を増やしていくための苗木づくりなどを進めています。

 

— 山と人が共にある社会のためのいろいろな活動、応援しています。ありがとうございました。