岡山県

西粟倉

にしあわくら

信念に、フレル、交わる。その先に。「冬のたけのこ」前編(フレル食堂の四季vol.01)

わたしたち人間が知っている世界は、大きなうねりを持って続く自然の中のほんの一部分にしか過ぎない。今この瞬間の生命の躍動を、自然の鼓動を。巡っていく季節の機微を、わたしたちはどれだけ感じ取ることができているのだろう。ここでしか味わえない「本当の自然の味覚」を、たいせつな人たちとともに頂く時間を過ごすことができる場所。岡山県・西粟倉村にある「フレル食堂」。その四季に触れる連載企画、第一弾は「冬」。
― 生命は、冬にだって確かに息づいている。
 

「フレル食堂」という場所

「どうぞ」と、ハーブティーを差し出す落ち着いた女性の声がした。さらさらのボブヘアーに線の細い体、落ち着いてまっすぐにこちらを見る瞳は、どことなく森の中にいる動物のしなやかさを思わせる。「フレル食堂」唯一の従業員であり、店主でもある西原 貴美(にしはら たかみ)さん。この食堂で出される飲み物からお料理まで、そのすべてを一人で手がけている。

「生産者の方に『おいしい』と思ってもらえないと意味がない」。そう語る西原さんが食材や料理と向き合う姿勢、生産者さんとの関係やフレル食堂への想いを伺った。

– まずは「フレル食堂」という場所について、教えていただけますか?

 

西原:もともとは、主人と二人で木工のユニット「フレル」という活動をおこなっていました(記事はこちら)。「フレル」はそのまま「触れる」「触(さわ)る」という意味で、それを継いで「フレル食堂」という名前になっています。わたしはとにかく食べることが大好きで、自分が食べたいおいしいものを食べるにはどうしたらいいかなといつも考えていて…。おばあちゃんになってからでいいから、いつかご飯屋さんをやりたいなともずっと思っていました。いろいろなご縁が重なって、2013年の3月末に、西粟倉村の隣の岡山県美作市でいくつかのお店と共同で店舗を始めて、産休を挟んで、その後こちらへ移転してきたんです。

フレル食堂は、「わたしの家に知人を招く」ような感覚でやっています。「とにかく、あそこに行けば何かおいしいものが食べられるぞ」って思ってもらえる場所にしたいなぁって。

– 「わたしの家に知人を招く」、いいですね。何だかほっとするのはそのおかげかもしれません。内装も木のあたたかみがたっぷりですが、木工をやられていたというのも関係しているんでしょうか?

西原:はい。一応、お店のカウンターとかはわたしが作りました。木工を習っていたのも、「いつかお店を出すときに内装もぜんぶ自分でできるようにならなくちゃ」っていう気持ちからだったので…なんでも、全部ひとりでやっちゃいたくなる性格なんです。

 

 

美味しさをアピールしない「おいしいもの」を作りたい。

自分の手でできることは、何でもできるようにしておきたい。そんな風に語る西原さんは、しなやかさの中にも真っ直ぐな芯の強さを感じさせる人だと思った。静かなのに、その瞳で捉えている世界はとても烈しい。そんな気がする。

ご自身で猟や解体も経験し、ただ調理するだけではなく「作る」ということの全ての手触りを確かめようとする西原さん。興味のあることには何でも徹底的に取り組む姿勢が、このフレル食堂という場所を作り出している。職人のような徹底したこだわりと、その原動力となっている流れるように軽やかな好奇心。掴めそうで掴めない不思議な魅力に、対峙しながら少し戸惑った。初めて触れる生き物に、ドキドキしながら手を伸ばす時のように。

「おいしいものを食べられる場所」。西原さんはそのシンプルな言葉を「お店のこだわり」としてあげる。シンプルであり、共通言語として普遍的に使われているその言葉について、フレル食堂ではどのような意味合いをもって使っているのかをもう少し掘り下げて聞いてみた。

– 「おいしいもの」って、シンプルだけど深い言葉だと思います。西原さんにとっての「おいしいもの」って何なんでしょう?

西原:たしかに、「おいしいもの」って曖昧な言葉ですよね。うーん……フレル食堂として提供する「おいしいもの」について、ひとつこだわっていることというか、意識していることとして、「先入観をなるべく持たないで味わってもらえるようにしたい」とは思っています。食材へのこだわりやそれぞれの持つ「おいしさ」ももちろん大切にしていますが、そういうのを特にこちらからアピールはしないというか。

– 「おいしさ」をアピールしない、ですか。

 


西原:たとえば、「有機野菜なんです」とか「新鮮で珍しいジビエのお肉なんです」とか、情報を先に渡してしまうと、どうしてもその先入観のもとで料理を食べることになってしまうと思うんです。もちろんそれは良いことでもあると思いますが、わたしはまずはただ料理を食べてもらって、そこで「おいしい」と感じてもらって、もしも「知りたい」と思ってもらえたら、その時にはじめてその食材のこだわりや良いところをお伝えするという流れがいいなと思っています。お客さんの方から、「おいしいこの料理についてもう少し知りたいな」と思って聞いてもらえたら、もちろん出し惜しみせずにたくさんお伝えするんですけどね。

– 食材の味をフラットな状態で味わってこその「おいしい」であるということですね。食材への信頼が無いとなかなかできないことかなと思うのですが…。

西原:ここで提供させていただいている食材はどれも本当においしくて、わたしは素材の味を引き出すために余計な味付けをごちゃごちゃしないようにしています。もう本当に、最近は塩コショウしか使っていないんじゃない?っていうくらいです。(笑) 素材のよさを引き出すために、火加減とかオイルの使い方とか、そういった部分にも気をつけて調理をさせてもらっています。

– その「食材への絶対的な信頼」はどこからくるんでしょうか。

西原:どこから…うぅん。やっぱり、「人」ですかね。フレル食堂は、その日その日に手に入るおいしい食材を使って、毎日日替わりのメニューを考えています。それは食材を提供してくださる方の真摯さを知っていて、「この人のつくるもの・提供してくれるものならおいしくない訳がない」って自信を持って言える関係性があるからこそ、できることなのかもしれないです。

 

– 西原さんの中に生産者の皆さんや食材への尊敬があるということがよくわかります。そうした関係を築くために何か工夫をされていたりもするんでしょうか。

西原:生産者の方とは、お互いに率直な感想を伝えるようにしよう、フィードバックすることを大切にしようと言い合っています。「今回のお肉は少し水っぽかったよ」とか、わたしも気づいたことは伝えますし、むしろ向こうから「どうだった?」と聞いてくださったりもするんです。フレル食堂に食材を提供してくださっている生産者の皆さんは本当にこだわりを持って食材と向き合って究めている方ばかりで、わたしもそれを知っているので、生産者の方にこそ「おいしい」と言ってもらえるような調理をしようと心がけています。丁寧に作っていただいた食材を使わせてもらうのは全部が一回きりの本番ですし、やっぱり生産者の方に「おいしい」と思ってもらえなければ意味がないと思うので。

 

「冬のたけのこ」を探しに

そんな「おいしいもの」を提供することを信条に掲げる西原さんが信頼を寄せる生産者の一人が、「あつたや」の熱田 安武(あつた やすたけ)さん。蜂追い師・罠猟師として生きる熱田さんのことを、周囲の人たちは尊敬や驚愕をこめて「野人」と呼んでいる。

 

この日、小雨が降る冷えた空気の中、黒褐色に染まる冬の竹林に足を踏み入れた。前を歩くオレンジ色のヤッケ姿は、山の斜面をものともせずにすいすいと竹の間を抜けていく。たけのこを、探しに行くのだという。12月中旬の、冬山に。

熱田:たけのこの旬は春だと教えられるけど、イノシシは冬にたけのこを見つけて食べるんです。きっと「美味いから」食べるんでしょうね。「だったら、それを僕も食べてみたい」と思ったのが始まり。イノシシが見つけられるなら人間にだって見つけられるはず。そう思ってやり続けてきたら、見つけられるようになりました。

少年のような笑顔で語り、けれど真剣な眼差しを地面から離さずに斜面を上っていく。熱田さんは冬のたけのこを探すとき、S字をかくように歩き「地面にワイパーをかける」のだという。斜面を常に下から見上げる位置に立ち、ほんの少しの、たった5mmの地面の盛り上がりを見逃さないようにくまなく目を走らせる。日当たりや土の具合から、目には映らない地中のたけのこの様子を探る。これまで培ってきた経験や感覚が、彼の持つ最大の武器なのだろう。その瞳は楽しみに打ち震えるような輝きと同時に、緊張感を伴う凄みを感じさせるものでもあった。彼は、自然と向き合う時はいつでも本気だ。

モグラの巣穴だという地面の盛り上がりをいくつか掘り返し、雨に打たれながら斜面に目を走らせる。イノシシがたけのこを食べた後の皮を見つけては、悔しさを滲ませる。けれどそれは同時に、確かにこの地面の中に「冬のたけのこ」があるんだという証拠でもあった。

熱田:ここ、見てみ。あるから。絶対に、ある。

 

くまなく竹林を歩いて探し、一度竹林を移動した後、熱田さんが地面を指差して言った。手招きと共に見せてくれたのは、確かに地中から生命が顔を出そうとしているような小さな隆起。目を凝らして見て、感じ取ろうとしてようやく分かる、地面のほんの僅かなふくらみ。道具を使って地面を掘り返す。角度、力加減、刃を入れる深さ。熱田さんはそれら全てに意識を集中させて、地中に眠る一本のたけのこを掘る。

そこには確かに、瑞々しい小さなたけのこの姿があった。冬のたけのこ。野生の動物たちだけが味わっている、秘密の贅沢な冬の食材。

 


熱田:冬のたけのこは先端の芽が黄色くて、ほんの少し曲がってる。これが、地面の中で土を押し上げながら成長している冬のたけのこの証。僕らはこれを「黄子(きいこ)」って呼んでいて、堪らなく好きなんです。春になって地面から顔を出したら先端は緑色になるんだけど、そのたけのこは誰でも見つけられる。地中に隠れる「黄子」をこの時期に見つけることとその美味しさには、たまらない魅力があると思っています。

「冬のたけのこ」。
雨で湿った地面の中から現れたその姿は小さくて、けれど瑞々しく、確かな生命力をそこに感じさせた。気づけば、山に入ってから一時間が過ぎている。白かった息も雨の中に溶けて、静かな竹林に消えていく。― この山には、確かに無数の生命が息づいているのだ。

>>後編に続きます

フレル食堂 (旧影石小学校内 駐車場あり)
営業時間:11:00-17:00(ランチL.O 13:30) 定休日:水、木曜日
電話:090 – 6830 – 2130 (定休日以外の11:00~17:00に受付)
住所:〒707-0503 岡山県英田郡西粟倉村影石895
web :http://www.fureru.com/
mail :info@fureru.com
※定食やディナーは要予約。メニュー等詳細はお問い合わせにてご確認の上お越しください。