岡山県
西粟倉
にしあわくら
「村が変わり始めたからこそ、Uターンできた」。西粟倉村で独立・開業したパティシエと美容師に聞いた、夢の実現・今の村の良さ。
Date : 2023.12.08
ローカルベンチャーにまつわる数々の取り組みが実を結び、いまや人口の約20%を移住者が占める村。それが、岡山県・西粟倉村です。
そんな西粟倉村に、新たに登場しているのが「Uターン」。それも、Uターンをして自らのお店を開業したという「Uターン起業家」の二人。『にしあわくら小林菓子店』オーナー・パティシエの小林祐太さんと、『Na-tu Beauty』代表の内海千夏さんです。
二人に、Uターンや起業のことを語ってもらいました。
西粟倉村へのUターンを検討している方は、ぜひ参考にしてください。
(写真はお二人の母校・旧影石小学校前で撮影しました。現在は廃校となり、オフィス・店舗等に活用されています)
村に移住者や起業家が増え、親しくなれそうだと感じた
— まずはそれぞれの店舗や事業内容について、教えてください。
小林:智頭急行あわくら温泉駅から徒歩1〜2分のところにある、国道373号沿いのケーキ屋『にしあわくら小林菓子店』です。ケーキと焼き菓子を販売していて、カフェスペースも併設しています。2022年12月にオープンしました。
内海:同じく智頭急行あわくら温泉駅の北側、同じく国道373号沿いにある美容室『Na-tu Beauty(ナツ ビューティー)』です。ヘアカットやパーマ、セットなどはもちろん、和装の着付けも行っています。カット席2席とシャンプー台1台のお店で、一人で運営しています。2023年8月にオープンしました。
— どのような経緯でUターンを決めて、起業したのですか?
小林:3兄弟の長男なので、10代の頃から「ゆくゆくは西粟倉村で働きたい」と思っていたんです。でも、特にやりたいことはなかったので、高校生の頃は「将来は村内の会社か役場に入るのかな」と考えていました。社会人になるまでは実家暮らしで、ずっと西粟倉村に住んでいました。
転機は、大学時代のアルバイトです。もともとお菓子をつくったり、料理をしたり、食べたりするのが好きで、隣町の智頭町にあるケーキ屋でアルバイトをしました。それがとても楽しくて、パティシエになりたいと考えるようになったんです。卒業を迎えるとき、アルバイト先の社長から声をかけていただき、社員になって、夢中でお菓子づくりを学びました。
小林:新たな技術を身につけるため転職し、10年ほど岡山、姫路、和歌山、京都と各地でお菓子づくりの仕事をして、西粟倉村へ帰ってきたのが2017年の春です。西粟倉村へ帰りたいという気持ちはずっとあって、きっかけになったのは村での仕事でした。当時西粟倉村にあった、いちごを使ったスイーツ店の生産部門に入社し、5年ほど働いてから、自分のお店を持ちたくて独立しました。
内海:私は高校卒業まで西粟倉村にいて、卒業後に大阪の美容室の会社に就職しました。働きながら美容師の資格を取得したんです。関西圏での異動はありましたが、その会社に24年間勤め、2023年5月末にUターンしました。
西粟倉村にはちょこちょこ帰ってきて「村内に若い人向けの美容室がない」とは聞いていました。実は、一年前までUターンするつもりは全くなかったんです。でも、以前は閉鎖的だと感じていた村に移住者や起業家が増えて、お年寄りの方たちも行動力が高く、「帰ってきたらみなさんと親しくなれそう」と感じて、「私だったら美容室ができるかな」という気持ちが芽生えていきました。
そんなときに地域おこし協力隊という制度を知って、背中を押された形です。2022年夏に審査を受け、2023年3月に退職して、5月末に西粟倉村に戻り、6月から地域おこし協力隊になりました。
人口約1300人の村で、自分らしいお店をつくっていきたい
— お店のオープンまでは、どのようなプロセスだったのですか。
小林:2022年2月に前職を辞め、10ヶ月間で準備を進めました。お店の場所は、実家が所有していた土地です。「独立するならここだな」と思っていました。店舗の建物は、和とモダンを融合させたデザインで依頼しました。同時に、Iターンをした村内在住のデザイナーさんにブランディングやデザインをお願いして、コンセプトなどを練っていきました。
内海:私は場所探しに苦労しました。村内に空いているところがなくて、空いていても所有者が不明だったり、法律的に難しい土地だったり……。お金をたくさんはかけられないし、業務は一人で行うので一人でできる範囲で考えなければいけないし、悩みましたね。最終的には、実家の隣の家が空いたときに両親が購入していたので、そこを改修して開業することになりました。
— お店のコンセプトを教えてください。
小林:フランス菓子をつくるので、フランス語の店名にしようかとか考えたんですが、立ち返って、素直に、あえて『にしあわくら小林菓子店』としました。「普通のケーキ屋かな」と思って来店されたお客さんに、ワッと驚いていただけたらうれしいなと。
コンセプトは「A PIECE OF CAKE」。「なんてことないや」「へっちゃらだよ」という意味のスラングです。一つのケーキで笑顔になってもらえたら、という思いをこめました。
内海:「いつも、いつまでも、美髪から健やかに暮らす」がコンセプトです。老若男女、誰にでも寄り添う身近な美容室でありたいので、第一に「髪」の健康を損なわないことを大切にしています。一人ひとりの髪の状態に合ったスタイルの提案を心がけています。
— 開店して、村民のみなさんの反応はいかがでしたか?
小林:地元なので、お客さんは知っている方が多く、ありがたかったですし、うれしかったですね。一方で、村外からのお客さんに「なんでこんな辺鄙なところで」と聞かれることもあるんですが、店内はモダンなデザインの空間なので、お店に入った後はギャップを感じていただけるようです。そんな風にいい意味で裏切りたいと思っていたので、狙い通りです(笑)。
内海:これまで村内に住んでいる若い方は車で1時間くらいかけて美容室へ行っていたらしく、「近くにできて助かる」といった声が多いです。同級生の親御さんが来てくださって、同級生の話をすることも(笑)。仕事の後や、学校の後に来てくださる方も多いですね。
田舎でもトレンドのヘアスタイルを提案したいと思っているので、月に一度、業務委託として前職の美容室で働き、感性や技術などをアップデートしています。お客さんに「今どんなのが流行ってるの?」と聞かれたとき、ご提案して、田舎でもトレンドが追えるようにしたいんです。それに、都会に行くのは気分転換にもなります。
— これからどのようなお店にしていきたいですか?
小林:路面店だけをやりたくないという気持ちがあって、外の庭づくりなどを含めて雰囲気をつくっていきたいと思っています。売り上げを伸ばすより、中身の濃いことをコツコツとやっていきたいです。
内海:まだオープンして間もないんですが、お店を成長させたいです。人口約1300人の村で美容室が成り立つと証明したいですし、これから美容の訪問業務などにも事業を広げていけたらいいなと思っています。
今は村がにぎやかな雰囲気で、イベント開催が多い
— 西粟倉村にUターンして、村の変化を感じていますか?
小林:以前は、閉塞感や衰退感があったと思います。コンビニもゲーセンもない。子どもの頃の遊び場は、お菓子を買える商店や、道の駅にプリクラやゲームコーナーがあるくらいで。お好み焼き屋と道の駅のレストランはありましたけど、村内で外食をすることはほぼありませんでした。
それが、僕が帰ってくる前、ローカルベンチャーや移住者によって村にいろいろな感性が入り、盛り上がっていて、Iターンの方たちが輝いているように見えました。村に帰りたかったので、「いいな」「業種が違っても勉強になる」と感じましたね。今のにぎやかな雰囲気や、多くのIターンに選ばれているところはいいなと思います。
内海:今は、移住者の方たちが手掛けているイベントが多いなと感じます。みんなで集まれる機会があるんです。私のときは、何も知らずに村で育って、いざ都会に出てカルチャーショックを受けるという流れでしたけど、今は田舎にいながらいろいろな経験ができるようになっていますね。今度、大人と子どもが対話するイベントでゲストとしてお話をさせていただくことになっていて、楽しみにしています。
一方で、人と人のつながりがあって、あたたかいところは変わっていません。犬の散歩をしていると、声をかけてくれたり、車で通り過ぎるときにピッとクラクションを鳴らして挨拶をしてくれたりして「変わってないなぁ」と思います。
— 西粟倉村へのUターンを検討している人に、アドバイスがあればお願いします。
内海:私の兄は、定年になったら西粟倉村へ帰るつもりらしいです。でも私の場合は、今43歳ですけど、美容師として50歳で帰るのは遅いと思ったんです。60歳を過ぎたらお客さんは減ると思って、約20年あればなんとかやりきれるかなと。自分で何かしようと思うのだったら、「あとでやろう(帰ろう)」というのは、タイミング的に遅くなってしまうかもしれません。
でも、30代ではUターンしようという考えにはならなかったと思います。40代になって美容師としての能力に自信がついて、チャレンジしたい気持ちも生まれたのかなと。西粟倉村は、深く悩まなくても、仕事の選択肢が多くUターンを受け入れてくれますよ。
小林:千夏さんもそうだけど、僕にもできたし、Uターン、さらに起業にもトライできる環境だと思います。もし悩んでいるなら、ぜひやってもらいたいです。地域性としてみなさんが応援してくれますし、村全体がアットホーム。もしよかったら、僕らのお店に一度来ていただけたら、リアルな部分を感じてもらえると思います。
— これからUターンが増えていくといいですね。お二人とも、ありがとうございました。