まるで森ができるプロセスのように。2016ローカルベンチャースクールを、3人のキーマンと振り返る

「今回のローカルベンチャースクールは、ちょっと次元が違う感じがしたよね。」数々の起業家誕生・養成の場に立ち会ってきたローカルベンチャースクールのチーフメンター・勝屋久さんはいいます。開催2年目、岡山県西粟倉村と北海道厚真町の2地域で開催されたこの場は、起業家を支援するプログラムでありながら参加者と支援者が相互に育っていく場でした。この場を2年に渡って牽引してきたチーフメンターの勝屋久・祐子ご夫妻とエーゼロ株式会社の牧大介さんにお話を伺いながら、ローカルベンチャースクールをひもといていきます。

 

ローカルベンチャースクール2016記事
西粟倉 1次選考最終選考【前編】最終選考【後編】
厚真  1次-最終選考

 

 地域活性は”結果”でしかない

– 今年度は2地域で開催した結果、6組の採択者が出ましたよね。牧さんは運営側として、まずはどんな感想をお持ちですか。

牧:ローカルベンチャースクールって、地域での事業づくりを応援するっていうことを表面上は目指してるんです。けど今回は特に、参加した人の想いを明らかにしていく場だったり、人と人とのつながりが生まれる場を作っていた、という感じがしましたね。

– 勝屋さんはこれまでたくさんの起業家と接し、ビジネスコンテストの審査員なども務めてこられたと思いますが、2年目となるローカルベンチャースクールを、どうご覧になりましたか。

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勝屋:面白いと思ったのは、どれだけその地域で事業をやりたいのか、その想いの純度とか熱量を、本当に大事にしてるっていうことですよね。僕は、助成金があるからビジネスを作っていこう、みたいな人を全く否定しないけど、ローカルベンチャースクールは「仮にこのプログラムの支援がなかったとしても、あなたはその事業をやりたいんですか?」っていうのが問われるというか。

– 参加者側に「想いの純度」が求められたと同時に、地域側も、損得ではなくその人の人生を真剣に考え、受け入れることを決意していたように見えました。選考審査では、西粟倉、厚真ともに「地域にどんなメリットをもたらしてくれそうか」という観点がなかったことが、強く印象に残っています。

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勝屋:そうですね。例えば、*馬搬の事業をやる方が厚真町で採択されましたよね。(*馬搬:伐採した木々を馬で運び出す伝統的な林業技術)この案って、審査員は「なくなりそうな技術や文化を再興したい」とか「ビジネスとして成り立たせたい」という理由で採択したわけじゃない。ましてや林業のため、町のためっていう、漠然としたもののためじゃない。

彼が馬搬にかける想いを、厚真町役場の方を始めとした審査員が具体的に受け取って、「彼がやりたいって言ってる。だから彼を応援したい。」って思ったことが一番大きかったと思うんですよね。

– いま地方創生の名のもと、地域経済を活性化させたり、人を増やそうという取組みが全国的になされていると思いますが、今回のローカルベンチャースクールはこれだけ参加者の想いを重視するという点で、他ではあまりない場だったような気がします。

勝屋:地域で新しいことを始めるときって、よく「地域のため」とか「日本のため」とか言うじゃないですか。でもぼくは最初からきれいなことばでまとめちゃうより、もっと大事なことがあると思うんです。

ローカルベンチャースクールって、参加者がその事業をやりたいという、熱量に心動かされるのが一番大きい。そこから先、実際に起業家の皆が生み出していく可能性に多くの人が喜んで、結果的に町が活性するとか、経済が循環するとか、そういうのはあると思うんだけど。それは”結果”でしかないんだと、ぼくは思います。
 

安心して欲求に向き合える場が、人を育てる

– 1次選考の勝屋さんの講義の中で、こちらの人を”木”に例えた絵がとても印象的でした。これからの時代、自分軸となる純粋な欲求に基づく生き方を、他人軸と統合していくことが大事では、という話でしたよね。

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最初聞いた時には、欲求というものの意味合いがあまりよく分かりませんでした。特にローカルベンチャースクールの参加者は、何かなし得たいという欲求を既に持っている方だと思うので、なぜこの場でわざわざお話されるんだろうと思ったんです。でも、勝屋さんがおっしゃっていた欲求って、次元が異なったものなんだと途中で感じ始めました。

勝屋:自分がわくわくすること、純粋な欲求って、始めは結構わかんないものなんですよね。こんな事業をやりたい、っていうものがあったとしても、人によってその奥に「知名度が欲しい」とか「今までの自分が嫌だから、変わりたい」とか、実はかなり違う想いがあると思う。

まず大事なのは、奥底にあるそういう欲求に気づくっていうことじゃないかな。そしてそれは、誰かに話して、相手を通して始めてわかるものだと思うんですよ。だからローカルベンチャースクールの場も、壁打ちみたいなものだと思ってくれればいいんです。

– 祐子さんは、参加者ご本人も気づいていない、根っこにある欲求部分と、言っていることとのずれみたいなものを感じながら、アドバイスをされている印象がありました。

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祐子:勝屋さんは、迷いのありそうな人には「本当にそれ、やりたいの?」って必ず聞くんですね。わたしは、ご本人の言ってることと、想っていることが少しでもズレていると、とても違和感を感じるんですよね。そこを対話しながら本当の想いや純粋な欲求につなげていくんです。

– 欲求とやっていることがつながると、前に進むエネルギーが断然違うのだろうなと思います。実際、ローカルベンチャースクールに来て始めて純粋な欲求につながった、とか、さらに一段深く気づきがあったという人もいましたが、まるでエネルギーの鉱脈を掘り当てたかのように、声や表情がガラッと変わったように見えました。

祐子:殻を脱ぐと、全然違うものが湧きあがってくるんですよね、内側から。

– お2人はこれまで多くの人を見てこられたと思いますが、成長していく人に共通する要素を挙げるとすると、どんなことですか。

祐子:成長が早いタイプの人は、やっぱり自分をごまかさない人ですよね。

勝屋:心から進化したいと思って、自分のことをさらけだせる人ですよね。自分の中にどんな殻があるか自己認識できて、破りたいって思ってる起業家の人は、明らかにいい。それって、心許した人にしか言えないんだけど。

– ローカルベンチャースクールの場は、始めて顔を合わせる人同士がほとんどだと思うのですが、その場にいた人皆さんが少しずつ殻を破って、本音で語らえる雰囲気がありました。なぜそんな場になったのでしょう。

牧:勝屋さんが講義で自己開示されていたことが、すごくみんなに勇気を与えたんだと思いますね。

勝屋:僕もかつて大企業にいて、周りの目とかいろんなものにガチガチに縛られていたんですよね。社会に出てみると、本当はこう思ってるけど言ったらまずいだろうとか、笑われそうだから言えないことってたくさんあるじゃないですか。でも、ローカルベンチャースクールでは僕のこれまでのことをさらけ出したり、いま事業をやっている牧さんが、抱えている悩みとか疑問も率直に話したりしていた。それで参加者の皆さんも、ここは安全な場なんだって感じてくれたことは、大きかったんじゃないかと思います。

– 自分でも知らなかった欲求の根源に、気づくきっかけをくれること。そして何を言っても攻撃されることのない、安心できる場所であること。この2つが、ローカルベンチャースクールという場を表すキーワードかもしれませんね。
 

全員が主役の場が、生まれた

– 先ほどの、事業家を木になぞらえた形で話をすると、素質ある”木”が成長するために日光や水を与えてくれるような環境が、西粟倉にも厚真にもある気がします。その役割を担うのが、役場の方や主催側のエーゼロ社、外部メンターの方だったりするのでしょうね。

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牧:外部メンターの皆さんには、時に参加者と一緒に悩んだりしながら、それぞれの持ち味を発揮していただいたと思います。役場の方々は、地域にどんなリソースがあって、参加者と地域の人をどうつなげていけばいいのかが分かるので、その知見を総動員していただいた形で。

– 西粟倉も厚真も、行政の方ご自身がやりたいこと、どうにかしたいことに取り組んでいらっしゃる印象も受けました。

牧:西粟倉役場では、ローカルベンチャーと連携しながら課題解決をしてみたいっていう声が今年は大きかったんです。じゃあ解決したいテーマをWebに掲載してみようと募集をかけたら、30人しか一般行政職員がいない中24件の応募があって。その中に、今回参加者が心惹かれたという「林業の取組みをどうにかしたい」っていうテーマもあったんですよね。役場としても総力戦で、人ごとではなかった。

– 西粟倉役場のそうした動きや、厚真町役場の方が自主的に立ち上げられてきたプロジェクト(「宮の森こども園」や「あたらしいなみ」の取り組み)のお話を伺うと、新しいことをやる上での”土壌”が両地域にはあるからこそ、挑戦者が想いの根を下ろしやすい、とも言えそうですよね。

祐子:あと、運営しているエーゼロ社の皆さんも、昨年とは全然違うエネルギーで挑戦者を迎え入れていたんですよね。それは本当に大きかったと思う。

勝屋:牧さんやエーゼロのみなさんが作り出すエネルギー磁場みたいなものは、他にはないですよね。僕がお声がけいただくようなワークショップでは、一時的に自分の殻を破って向き合おうって雰囲気になることはあるけど、それとは全然違うというか。

– こうやってお聞きしていると、参加者、役場の方や外部メンター、運営側、誰が欠けても成り立たなかった場、と言えそうです。

勝屋:ローカルベンチャースクールって、その場にいる人全員が”主役”っていう感じがするなと思っていて、それはすごいことだなと思うんですよ。みんながステージに立って、幕がぱっと上がって、自分の人生を歩むきっかけになる場というか。

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牧:役場の皆さんには、ローカルベンチャースクールの前に、ある意味では役場職員だっていうことを捨ててほしい、ひとりの人としてそれぞれ相手と向き合ってほしいと伝えていました。その場にいた人たち皆が、1人1人の挑戦者に対して、「この人はどうやったら幸せになれるのか」を純粋に考えていた気がしますね。

祐子:チャレンジする側だとか、挑戦者を迎え入れる側だとか、そんなことは関係ないんですよね。その場にいた人が、自分がどう生きるのかっていうのをスクールの場で考えさせられて、お互いを高め合う感じがしました。

– それぞれの役割の境目が溶け合って、みんながいち人間としてその場にいる、という感じでしょうか。ただベンチャー企業を育てようという場を超えた場が、ありましたね。
 

“木々”の集った先に、育まれる生態系とは

– ローカルベンチャースクールを見ていると、誰か一人だけを大きく立派な”木”に育てていくのではなくて、皆が西粟倉や厚真に根を降ろして、相互に育て合っていっているようなイメージを持ちます。森が出来るプロセスを見ているようだなと思いました。

勝屋:なんだか、新しい形のエコシステムができてるような感じはしますよね。西粟倉では、地域で新しい事業をする移住者も少しずつ増えてきた中、今年は村内の人もローカルベンチャーに憧れてやってみたい、と声を上げた。そうやって熱量というか純度の高い人が集まっていく感じがするんです。

– 牧さんは冒頭で、人と人とのつながりが生まれる場を作っていた、とおっしゃっていましたが、ローカルベンチャースクールの場でお互いのやりたいことを分かち合った者同士だから生み出せる、深いつながりがある気がします。

祐子:今地域内でつながれていない人同士も含めて、皆でつながりの再構築に挑戦できるんじゃないかなって思いますね。ローカルベンチャーによって雇用の場が生まれていくから、地域の人たちもそこに参加することができるでしょうし、外に出ていた若い人や移住者が入っていったりもできますよね。数年後には、人や仕事が増えるとか地域が元気になったとかいうレベルじゃない、つながりと信頼のある、全然違う次元の生態系ができるんじゃないかなって、私は思います。

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牧:赤ちゃんの脳の中で、細胞がつながってどんどん密度が高くなっていくような感じのことが、それぞれの地域で起き始めているのかもしれませんよね。

– 来年以降もローカルベンチャースクールは続いていくと思いますが、積み重ねていった先に、西粟倉や厚真のどんな未来が見えますか。

牧:今年の参加者の中には、来年以降メンターとして関わりたいって言ってくれてる人がいるんですよ。挑戦者が支える側にもなっていくような流れができるかもしれませんよね。

勝屋:僕のイメージだと、3年後、5年後、西粟倉や厚真にいろんな国の人がいる気はするよね。日本にとどまらないというか。笑ったり時にはけんかしたりしながら皆のいいところを認めあえるような、フラットな世界観があるんじゃないかなって。

祐子:子どもたちにとっても、村や町の大人が格好よく輝いてたら、ものすごくいい影響になって、自分の住んでいるところが好きになるでしょうね。

牧:まだ想像できない、けどなにかが起こるなっていう予感がします。

– これから先集う人によって、それぞれの地域はどんどん変化していくのでしょうけれど、これまでになくフラットで、つながりの生まれる地域になるのでしょうね。西粟倉、厚真という”森”の中で、皆がのびのびと生きている、そんな未来が描けそうです。