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【後編】4組の支援事業者が誕生!西粟倉ローカルベンチャースクールの実態に迫る(村内応募者)

ローカルベンチャースクールで、みごと支援事業者に認定された4組の方々。前編では村外からの応募者インタビューをお伝えしました。後編では、今年初めて門戸が開かれた、村内居住者の認定者2人についてご紹介します。実は参加するまでは、そんなに積極的な気持ちではなかったという2人。しかしローカルベンチャースクールを経て、ご自身の事業を深めるだけでなく、他のローカルベンチャーと相乗効果を生むような事業構想へと発展していきました。ローカルベンチャースクールをどんな機会をとらえたのか、そして今後西粟倉がどんな村になってほしいか。2人に伺いました。
 

諦めかけていた可能性が、復活

村内で認定された1人目は、2009年、Iターンで西粟倉に移住してきた、山田哲也さん。最初は西粟倉森の学校の社員でしたが、現在は奥様とともに食堂を営みながら、木工作家として活動を行っています。

山田さんが丹誠を込めて作った木の器やカトラリーで、奥様が腕を振るった鹿肉や猪肉などのジビエ料理をいただくことができる「フレル食堂」。ここは西粟倉を訪れる実業家をはじめ多くのお客様から絶賛され、その心を掴んできました。車で2時間ほどかけて食堂を訪れる人も多いといいます。

 


(photo by Kyoko Kataoka

初めて村内居住者にもローカルベンチャースクールの門戸が開かれると聞いた、山田さん。西粟倉森の学校から独立して3年半。せっかく機会があるなら、フレル食堂をもっと進化させたいという想いを伝えようと、応募を決意しました。

山田:森の学校のときから役場の方や牧さんとのつながりはあったから、独立してからも、個人個人には「こういうことやりたいんだよね」と話はしていたんです。でも、公の場で話したことはなかった。正直、最初はあまり積極的じゃなかったんですけど、今ならそれができるタイミングかもしれないと思いました。

1次選考のときから、山田さんからは次々と実現させたい構想が飛び出しました。
 


山田:西粟倉の地で、西粟倉の山林に眠る獣肉や山菜といった美味しい食材をベストな形で提供するっていう、これまでできなかったことをできるようにしたいんです。そしてそういった食材を育て、獲る人を育てたい。

僕は「食」は人を集めると思ってます。これまでも有り難いことに、遠く離れたところから多くのお客様がきてくださいました。いつか、食だけでなく、お客様に自宅にきてもらってお酒を飲んで泊まれる、オーベルジュのような場所をつくりたいんです。

独立してから「もっとも優れた生活者でありたい」と日々の生活を大切にし、楽しいと思えることを仕事につなげてきた山田さん。山田さんだからこそ描ける新しいフレル食堂の形を、プレゼンで伝えていきました。

そんな中、1次選考当初は打ち出していなかった想いが1つありました。それは、山田さんの想いを叶える上で肝となる、事業をする「場所」。山田さんには、実は村内に「どうしてもここで店をやりたい」という場所があります。

山田:そこは集落からも離れていて、西粟倉の四季を感じられるし、特別感を味わえる。本当に素晴らしい場所なんです。

しかし、そこは村有地。これまでも借りることができないか何度もアプローチし続けてきたものの、話を進めるのは難しかったといいます。村内に住んでおり、さまざまな事情が見える立場でもある山田さんが、一度は諦めかけていた場所でした。

そんな山田さんの背中を押したのは、メンターの存在。中間発表の後には、メインメンターの勝屋さんとこんなやりとりがありました。

勝屋:事業をするのに、ぶっちゃけ今足りないものって何?

山田:とにかく場所です。はっきりいって、場所が決まっていればぼくはここにいないんで。

勝屋:山田さんは本音でしゃべれるんだから、いいって思う場所があるなら「貸してください」って言っちゃいなよ!
 


周りのメンターたちも全力で応援します。役場の白籏さんは「君が本当にやりたいと思ったことを伝えるしかない。そうじゃないと悔いが残るよ」と、早速村と協議できる場を設定。山田さんを後押しました。

意を決した様子の山田さんは、その後のプレゼンで求める場所を強調。今は間違いなく、ここが一番だと思っていると力強く伝えました。そしてこの場所を他のローカルベンチャーとともに使う案「ベンチャーバレー」も考案。未来に影響を与えるローカルベンチャーとともに、この最高の場所を使っていきたい。そして、食に集う人に、そんなローカルベンチャーのことを知ってもらいたい。そんな想いをぶつけました。
 

関係者の想いにぐっときた

最終選考を経て、山田さんは、理想の場所を利用できるよう関係者に対してプレゼンの場を設けることとなりました。支援事業者として役場やエーゼロスタッフのサポートを受けながら、プレゼン内容を練り上げていくことになります。2017年中には新たな場所で食堂を開くことを目指します。

山田:まだ場所が正式に借りられるかどうかも分からないし、そういう意味ではやっとスタートラインが見えてきた、ぐらいの気持ちです。でも、一度諦めかけていた機会が復活して、頭の中で描いた妄想が現実に近づいてきたというのは大きい。それに、自分たちの想いを公の場で話せたことは、自信になりましたね。
 


ローカルベンチャースクールに参加するまでは、村内に住んでいながら、これだけ関係者が想いを持ってやっていることは知らなかった、と山田さんは話します。

山田:役場の方とも個々では仲良くさせてもらってましたけど、これだけ熱量があって、全力でサポートしてくれるのかっていうのは初めて知りました。行政や事業体の中であれだけ責任ある立場の人たちが頭が柔らかくて、ちょっとすごいなって思いましたね。この人たち、ほんとに行政の人なの?って(笑)。ぐっときましたね、正直。

山田さんがIターンしてきた約7年前に、当時の役場やローカルベンチャーの人たちが持っていた村への想い。それが、人が入れ替わった今も受け継がれていると、感じたそうです。

山田:僕らが村にきた当時は、自分たちのメインの仕事もあったし、それぞれ想いがあって動いてはいたものの、村全体としては実現できなかったという感じでした。それが、今になっていい形になってきてるって思いますね。いろんな水脈がつながって、大きな川になっていく感じというか。それぞれの想いが強かったから今があるんでしょうね。

来年以降、どういう人が応募してきてくれるか楽しみと語る山田さん。ローカルベンチャースクールがもっと村外の人に知ってもらえるようになってもいいかもしれないと話します。

山田:応援者を増やさないと面白くならないから、来年はUSTREAMとかで生放送してもいいですよね。そこからヒントを得られることもあると思うし。ぼくらの場所の件が採択されるされないに関わらず、新たな場所で事業をやっていきたいと思っています。そのときは、増えていくローカルベンチャーと一緒に新しいことにも挑戦していきたいですね。
 


一度は諦めていた可能性に、再び火がともった山田さん。自分たちができうる最高の場を提供したい。その想いに周りのメンターたちは心打たれていたと思います。役場の人、外部の人といった肩書きを超えて、一個人として応援しているようにも見えました。

山田さんの話にもあったように、西粟倉がこうしてローカルベンチャーを全力で応援できるようになったのは、これまでの様々な積み重ねがあったからなのかも知れません。今だからできることに邁進する山田さんを、応援していきたいです。
 

白紙、原点回帰、そして新たな形へ

 

最後の認定者は、1次選考の記事でもご紹介した、大橋由尚さん。現在、NPO法人じゅ~く(以下、じゅ~く)就労継続支援B型プラスワークで、障がい者の就労支援に携わっています。

1次選考では、今ある事業を魅力的に立て直そうとプレゼンテーションしたものの「大橋さんの本音が見えない」と計画が白紙に。そして、「障がい者の方の可能性を見い出したときや、活躍する姿に心が動く」という原点に立ち返りました。

最終選考までの40日間を経て至ったのは「障がい者だけに限らず、高齢者の方も含め『地域でなにかできる可能性を持っている方』に機会を提供していけないか、ということ。それが自分の喜びにつながることに気づいたと、大橋さんは話します。

大橋:もしローカルベンチャースクールに参加してなかったら、ずっとモヤモヤと仕事をしてたと思います。悩んでいるけど何に悩んでいるのかハッキリわからず、悩みを解決するモチベーションも低い、その連続でしょうね。

もともと大橋さんの手がける事業では、継続的な就労が難しい障がい者の方に訓練の機会を提供できるよう、複数の手仕事を受託してきました。現在も村内にある材木屋の木材加工などを手がけています。今後はこうした村内の仕事を受け入れる基盤を活かしながら、村にある課題を幅広くキャッチ。それを担える人へとつなぐ、ハブのような役割を担っていきたいと話します。

大橋:例えば、草刈りや剪定に人が足りない、といったニーズには、高齢の方でも応えられるかもしれないし、今後増えていくであろうローカルベンチャーのちょっとした仕事は、じゅ~くで受けられることがあると思うんです。今年の春には「相談支援事業所」も開設して、こうしたニーズを聞ける窓口にもしたいと思っています。
 

みごと、支援事業者の一員となった大橋さん。実は1次選考が終わった後、フレル食堂の山田さんに早速仕事を依頼されたそう。

大橋:フレル食堂の移転に伴って、リーフレットの住所を貼り替える仕事でした。500枚のシールを貼る仕事で。ローカルベンチャースクールを通じてつながりができて、こうして話をくださるっていうのは、本当にありがたいと思いますね。

早くも構想が1つ実現できた大橋さんに、会場からもたくさんの「いいね!」の声が。山田さんとのようなつながりが他の事業体でもできていけば、大橋さんのイメージする世界が実現できそうです。
 

「もっと自由になっていいんだと思いました」

大橋さんがローカルベンチャースクールに応募したのは、じゅ~くの理事長でもあるお父様から声がかかったことがきっかけ。村内のローカルベンチャーの存在や、役場の保健福祉課にいる中野さんの記事にも後押しされ、一歩を踏み出しました。

大橋:最初は正直、ひとまず出てみるかという感じでした。人前でプレゼンとか苦手やけど、今後事業をやっていく上でも必要だろうなと。もし支援事業者に承認されたら事業拡大もできるかもしれないし、まずはやってみようという感じでしたね。

しかしいざ参加してみると、そこで待っていたのは「あなたはなぜこれをやりたいの?」の嵐。1次選考の最初のプレゼンを、大橋さんは次のように振返ります。

大橋:結局『こうあるべきだ』っていうものに縛られていたんですね。それまでも福祉の世界で仕事してきたので、福祉の業界でやってかないと…とか、プレゼンテーションで自分の見栄えを少しでもよくしないと…とか。
 


事業計画を再度作っていくには、いろいろな人の力を借りたという大橋さん。その中でも大きかったのは、役場の井上さんのサポートだったといいます。

大橋:最初はプレゼンの見栄えを良くしてもらえるんじゃないか、と間違った期待をしてて、そのときはヒントがもらえなかったんです。でも、勝屋さんの話を聞いて自分に向き合い出してからは「もっとこんな風に考えてみたら」と言ってもらえるようになって。もう一超えというところで、何度も後押ししてもらいましたね。

ローカルベンチャースクールを経験して、率直によかったことは何ですかと訪ねると、こんな答えが。

大橋:もっと自由になればいいんだなって思えるようになりました。自分の想いっていうのをしっかりと見つけて、あとはその想いにひたむきにまっすぐ生きていけばいいんだって。正直、自分の素直な想いを出すのって本当に怖かったんですよ。でも思い切って想いをぶつけてみたら、応援してもらえた。よかったと思いましたね。

元々ローカルベンチャーに憧れており、いつか自分も同じように事業を立ち上げたいという大橋さん。今回間近で事業を立ち上げる人々に触れ、パワーをもらったそう。これから先もローカルベンチャーが増えていってほしいと話します。

大橋:村にローカルベンチャーがどんどん来て、活躍して欲しいですね。そうすることで、うちの事業所も魅力的になっていくと思っています。

ローカルベンチャーの皆さんと話をすると、事業主としてだけではなくて人間的に面白い人が多いんですよね。突き抜けてるというか、変わってるというか(笑)。きっと、仕事とか事業とか以外の部分でも楽しい村になっていくと思うんですよ。そんな空気が当たり前のようにある西粟倉村になればいいなと思いますね。
 

ローカルベンチャースクールを通じて、自分の想いを持つ大切さに気づき、大きく変化していった大橋さん。そこには、時に厳しいことばをかけながらも見守り、大橋さんの変化を自分ごとのように喜ぶメンターや参加者の姿がありました。やがて村内に増えていくローカルベンチャーが、大橋さんの力を借りて成長していき、それが大橋さんの喜びにもなる。そんな幸せの連鎖が生まれていくかもしれません。

それぞれの想いと事業が強く結びついた人たちが、少しずつ集い、新しい生態系を育んでいる西粟倉。これからどんな地域になっていくか、楽しみです。

西粟倉ローカルベンチャースクール最終選考 【前編】記事はこちら