岡山県

西粟倉村

にしあわくらそん

うなぎがいる自然を次世代に繋ぐことをあきらめない。 ~新たなステージに進むための「森のうなぎ」休止のお知らせ~

株式会社エーゼログループ(以下、「エーゼロ」)は、この度、ウナギの養殖事業を’休止’することを決定いたしました。それに伴い、「森のうなぎ」の生産も休止となります。


大きな決断となりますが、今までの養殖事業をこれから先も続けていった先に、僕らの目指すうなぎとの未来はないと考え、大きな方向転換を決めました。

僕らはうなぎが大好きです。本当の意味でうなぎを守っていくために、これから先もうなぎが暮らせる身近な環境を守りながら、うなぎと人の関わりを文化としても繋いでいきたい。

この大きな目標に向かって、これからは真正面から挑んでいきます。

 

養鰻業を続ける中で生まれた葛藤と思い

(写真)2016年より取り組んできたウナギの屋内養殖

ウナギの養殖は、天然の稚魚(シラスウナギ)を捕獲・育成し販売する事業です。天然資源に負荷をかけるかもしれない養鰻業にあえて参入していくことに決めたのも、人間の活動によってウナギが生息する生態系が劣化していっている現状を、中に入ることで少しでも変えていけるかもしれないという思いがあったからです。

極力、ウナギに対して負荷の少ない方法を考えた結果、新たにシラスウナギを購入せずに養鰻事業者から「ヒネ」「スソ」と呼ばれる成長の遅いウナギを仕入れて、餌を工夫し、時間をかけてでも大きく育てあげることに挑戦してきました。通常の養殖でははねられてしまうウナギを仕入れて育てることで、手間はかかるものの、できるだけ天然資源に負荷をかけない養殖のあり方を模索してきました。

 

(写真)水槽に入ったばかりの「スソ」「ヒネ」と呼ばれる小さなウナギたち

また、環境負荷の少ない養殖を目指し、木材工場から出る端材を水の加温に使うことで化石燃料の使用量を削減。また、水槽の水をろ過をして繰り返し利用する閉鎖循環式を採用し、水を必要以上に使用せず河川の水質悪化を防ぐことにも取り組んできました。

当初は環境が安定しなかったりと様々な壁にぶつかり、品質にもブレがありましたが、チームでそれらを乗り越えてきた結果、近年は品質も安定し、お取引をさせていただいている鰻屋さんやお客様からも嬉しいお声をいただいておりました。

 

(写真)養殖所に併設した薪ボイラーに端材を投入する様子

 

しかし、屋内養殖はそのものに大きなコストや資源を使います。

例えば、ウナギ養殖で使用する餌の多くは魚粉(カタクチイワシやスケソウダラ、アジ等)を原料にしています。カタクチイワシはペルー沖で採れたものなど、その多くを輸入に頼っており、天然資源や化石燃料への依存度は依然として大きいです。

今取り組んでいる養鰻業が、僕らの目指すうなぎと人の共生のかたちなのか、もっと根本的に環境負荷をかけない方法でうなぎを保全しながらも持続可能に利用していく可能性を探ることはできないのか…養鰻業に取り組む中で新たな葛藤が生まれました。

 

(写真)餌やりの様子

 

完全養殖の実現で本当にうなぎは守れるのか?

また、時代の変化とともにうなぎや養殖をめぐる事情も変わってきています。

シラスウナギの資源量が減少傾向にある中で、2010年には初めて研究機関によるうなぎの完全養殖の成功が発表されます。その後も異なる機関等で完全養殖は成功しており、近年は低コスト化や商業化に向けた議論が進められています。完全養殖された鰻がスーパーに並ぶ未来もそう遠くないかもしれません。
また、資源減少や社会的な環境意識の高まりもあって、各養鰻事業者においても、限りある資源を無駄にしないための努力が進んでおり、近年はエーゼロが仕入れるヒネの価格上昇と質の低下が起きています。

このような状況の中で、僕らが目指していくもの、本当に守っていくものは何なのかを改めて問い直しました。

現在の養鰻業を続けていった先に、完全養殖のウナギを安定供給できるようになれば、ゆくゆくは今よりも供給量を増やし、食卓に鰻が上がる機会も増やせるかもしれません。
しかし、完全養殖は言うなれば自然とは切り離された世界の話。食という関わりがあるだけで、そこには野生のうなぎが生息する自然環境であったり、食べる以外のうなぎと人との関わりはありません。
また、シラスウナギの保護という一側面だけでは、本当の意味でウナギを守ることはできません(注1)。

僕らが目指したいのは持続可能な養鰻業ではなく、ずっと昔から続いてきた、うなぎが当たり前に身近な自然に生息していて、うなぎと人が関わりあいながら共存している世界を未来に繋いでいくこと。

そのためにすべきことは、今の養鰻業を続けていくことではないという結論に至りました。

 

「魚を育てず、環境を守り、育てる。」本当に持続可能な資源利用のかたちとは?

例えば、野生のウナギが生息し、大きく育っていけるような豊かな自然環境を守り、天然の餌資源を増やすような管理や環境づくりを進めながら、持続可能な資源利用の仕組みづくりができないか?

このように考えたきっかけは、昔、スジエビがたくさんいる廃校のプールにウナギの稚魚を放したところ、全く手をかけていないにもかかわらず、数年後に今まで食べたことがないほど美味しいウナギが育っていた経験から。
環境さえしっかりと整えれば、コストをかけずとも、ウナギは成長する。工夫次第でそのスピードを早めることも可能かもしれない。このような自然を生かした粗放的な管理が最も環境負荷の少ない、理想的な資源利用のかたちかもしれないと考えています。
ウナギは生態系の一部です。もちろんその中には私たち人間も含まれます。ウナギだけを切り取って最適解を目指すのではなく、ウナギ以外の生きものも含めた生態系全体の回復と創出を目指す。そうすることで、私たち人間も自然に負荷をかけることなく、豊かな自然の恵みを享受することができます。

もちろん、その達成には今まで行ってきた養鰻業以上に難しい課題が山積みで、短期間で実現できるものではありません。そして何より、私たちだけの取組で実現できるものではありません。それでも、僕らが目指している「未来の里山」は上記のような取組の先にあると考えています。
野生のウナギがこれから先も当たり前に生息していて、それを捕って食べる文化も含めて、これから先の未来につないでいきたい。
ウナギの完全養殖が実現したとしても、生息できる環境が身近に残っていなければ何の意味もありません。
養鰻業の持続可能性ではなく、ウナギをシンボル種(注2)とした生態系全体の持続可能性を高めていきたいと考えています。

 

(写真)ウナギが多く生息する河川環境

 

今ならまだ間に合う。うなぎを通じて、人と自然の関わりを問い直す。

その達成に向けて2024年から始めた取り組みが「うなぎ食べ継ぐプロジェクト」(以下、「うなつぐプロジェクト」)です。

この一年間、ウナギと向き合いながら、何をしていくべきか、何ができるのか、応援してくださる方々とともに調査や議論を重ねてきました。

 

(写真)うなぎ食べ継ぐプロジェクト

ウナギ漁師でもあるあつたやの熱田さんと実施してきた生息環境調査からは、場所によってはわずかに残されている素晴らしい環境にはまだ多くのウナギが生息していることが明らかとなり、そのような環境の特徴が分かってきました。
また、田んぼの中に水が溜まるビオトープを造成し、生きものと共生した米づくりを目指す「ビオ田んぼプロジェクト」では、環境を少し整えるだけで実に多様な生きものが新たに生息したり大幅に増加することが分かりました。田んぼの脇を流れる3面コンクリ-トの水路に石を入れるだけで泥や落ち葉が溜まり、それまで魚が生息できなかった場所にドジョウやヨシノボリ、タカハヤが1年も経たずして戻ってきています。
中央大学の海部教授と共同で実施したシラスウナギの田んぼへの放流試験では、春に大量発生する赤虫を食べて成長したシラスウナギは、約3か月で全長が約2倍に増加しました。

「まだ、間に合う。」そう強く感じています。

自然はたくましく、人が適切な介入をおこなうことで、回復スピードを高めることができたり、数が減少している生きものを増やすこともできる。
しかし、豊かな自然が残る地域はどこも過疎化が進み、農業の担い手不足が深刻な地域ばかり。地域の方々が長い年月をかけて、日々管理し、脈々と続けてきた資源管理の技術も担い手も消えつつあります。
この1年の取組を経て、私たちが今力を注ぐべきは、こうした地域に光を当て、もう一度、人と自然のよい関係をつくり直していくことではないかとの思いを強くしました。
そのために、現在の養殖は一旦休止し、ウナギが生息できるような自然環境を守り、創出していけるのかという「自然環境の保全」や「天然資源の持続可能な資源管理」に真っ向から挑戦していくことを決断しました。

 

(写真)シラスウナギの放流試験を行ったビオトープ付き田んぼ(ビオ田んぼ)での調査風景

(写真)放流前のシラスウナギ(上)と放流から約1か月経過した個体(下)。大きく成長し、ウナギらしい姿に。

 

目指すのは、野生のウナギの保全管理と持続可能な利用の好循環

僕らが思い描くのは、ウナギをはじめとしてたくさんの生きものがいる環境を守りながら、持続可能なかたちで自然の恵みを享受できる未来です。
まずは、西粟倉や周辺地域において実証やモデル構築に取り組み、最終的には横展開することで取組を全国に広げていきたいと思っています。

そのために、まずは「うなつぐプロジェクト」や「鰻・淡水魚専門店 襷屋」を通じて、野生ウナギの保全と持続可能な利用や文化の継承に挑戦していきます。(注3)

 

(写真)襷屋のロゴとメッセージ

 

最新の知見や科学技術を使いつつ、その地域の歴史的背景や特性、人々の生業や暮らしを大切に汲み取りながら、専門家や地域に暮らす方々などとじっくり対話し、連携・協働しながら、着実に取組を前に進めていきたいと考えています。

 

今まで長らく、「森のうなぎ」を応援・ご愛顧いただきました皆様には、この場をお借りして改めて御礼申し上げます。
現在、私たちと一緒にこのような未来づくりに取り組んでいける仲間を募集しています。詳細はページ下部のリンクからうなつぐプロジェクトのサイトをご確認ください。

「森のうなぎ」の生産は一旦は休止となりますが、今後、私たちの目指す養殖が実現した先には販売再開もありえると考えています。今までご支援・応援いただいた皆様には、新たなスタートラインに立った私たちをどうか引き続き、応援いただけましたらとても嬉しく思います。

 

今までウナギ養殖に取り組んできた弊社メンバーからのメッセージも最後に掲載いたします。

 

〇道端 慶太郎(エーゼログループ 生態系デザインチーム)

うなぎについて何も知らなかったメンバーが集まり、養殖、加工、営業販売を学び、時には大げんかしたり、稚魚が半分ぐらい死んで絶望したりしながら森のうなぎ事業に取り組んできました。養殖を止めるのは少し寂しいですが、やっとうなぎと共に自然再生へ進める。やっとこさ大海へ飛び出せる。今はそんな思いでワクワクしています。

 

〇野木 雄太(エーゼログループ 襷屋 うなぎ蒲焼き職人)

2016年の養殖開始以来、森のうなぎの成長と共に、仲間たちと多くの貴重な経験を積み重ねてきました。養鰻業を続ける中で、僕らは様々な矛盾や葛藤に直面し、自らの目指す未来の実現について問い続けてきました。その問いが、僕らが本気でウナギと向き合う原動力になったと感じています。新たな挑戦ができることがとても楽しみです。
これまで森のうなぎを応援してくださったお客様、お取引先様、研究者の皆様、そして関係者の皆様に心から感謝申し上げます。

 

【リンク】

「うなぎ食べ継ぐプロジェクト」ウェブサイト

 

【参考】

(注1):統合管理の考え方について
特定水域のシラスウナギ採捕が行われなくなったとしても、単独地域における単独の対策のみでは対象地域の二ホンウナギ個体群を回復させることは難しく、二ホンウナギの保全のためにはシラスウナギ採捕の管理に加えて、天然ウナギ漁の管理や生育場の環境回復などの幅広い対策を行うことが重要とする研究成果があります。このような、一連の脅威や多様な生活段階、複数の生態系を考慮して行うアプローチは「統合管理」と呼ばれ、EBM(生態系管理)の原則のひとつです。完全養殖に伴うシラスウナギ採捕の規制はあくまでもウナギ保護の一側面であり、合わせて天然ウナギ漁の方法や生息地の環境再生に取り組んでいくことが重要とされています。

引用元:海部・横内・Michael J Miller・鷲谷.Management of glass eel fisheries is not a sufficient measure to recover a local Japanese eel population.Marine Policy

 

(注2):シンボル種としての二ホンウナギについて
既往研究により、日本に生息するウナギ属魚類2種(二ホンウナギとオオウナギ)と周辺の淡水生物を対象とした野外調査から、ウナギ属魚類が淡水生態系の生物多様性保全の包括的なシンボル種として機能する可能性が示されています。これにより、河川環境の保全と回復を通じてウナギ属魚類の個体群を回復させる活動は、ウナギのみならず、淡水生態系全体の保全と回復にも貢献すると推測されています。

引用元:板倉・脇谷・Matthew Gollock・海部.Anguillid eels as a surrogate species for conservation of freshwater biodiversity in Japan.Scientific Reports

 

(注3):今後の具体的な取り組み内容について
主に以下の3点に取り組んでいくことを検討しています。
①ウナギをシンボル種とした河川環境の保全・再生
西粟倉村やその近隣地域において、行政や地域の建設業者など多様な主体と連携しながら、現場密着で河川環境の保全や再生に取り組んでいきます。環境改善を切り口にしながらも、防災、水源涵養、水質改善など様々な地域課題を同時に解決することを目指します。
現代の最新技術を活用しながら、仮説検証を繰り返し、ノウハウを蓄積していき、最終的には他地域にも展開可能なモデルの構築を目指します。

②データに基づく持続可能な天然ウナギの資源管理の検討
欧州などではモニタリングを通じた個体数管理に基づき、水域全体における余剰資源量を定量的に明らかにし、その中で利用を行う持続可能な資源管理を実践している事例もあります。必要なデータをとりながら、資源の再生産速度を上回らない範囲で利用を行う持続可能な資源利用の仕組みやモデルを研究者とも連携しながら構築していきたいと考えています。

③地方からの豊かな食や暮らしの提案、淡水魚食文化の継承
エーゼロが立ち上げた新ブランド「鰻・淡水魚専門店 襷屋」では、売り上げの10%を基金化し、うなつぐプロジェクトで取り組む上記①②に使っていきます。うなぎと人の関わりは文化です。美味しい鰻料理の提供や、体験などを通じて、近年は途絶えてきてしまっているうなぎをはじめとする生きものと人の関わりをもう一度取り戻したいと考えています。
うなぎに限らず、自然豊かな地方は食糧安全保障の観点で見ても非常に重要です。生きものを守ることは、地方の豊かな暮らし(Well being)の実現にもつながると考えています。まずはうなぎを知ることから愛着が生まれ、愛着からもっと知りたい、守りたいという行動につながっていく。食や体験を通じて、豊かな暮らしを提案していきます。

 

(注4):本文中の「うなぎ」「ウナギ」「鰻」の使い分けについて
本文では、以下のように表記を使い分けています。
野生動物としてのうなぎ→「ウナギ」
食べ物としてのうなぎ→「鰻」
そのほか存在としてのうなぎ→「うなぎ」