北海道

厚真

あつま

さあ来い!自分を幸せにする覚悟をもって!「厚真町ローカルベンチャースクール2016」レポート

例年よりも早い冬の訪れとなった厚真町で、「厚真町ローカルベンチャースクール2016」が開催されました。町外の移住希望者やメンター、町民や厚真町役場職員が集まり、それぞれのやりたい事業を磨き上げながら、夢を叶えていく場。岡山県西粟倉村で2015年からローカルベンチャースクールを企画・運営するエーゼロ株式会社の協力のもと、厚真町で始まった新たな取り組みの様子をお届けします。

 

厚真町にはじめて降り立った開拓者たち

厚真町は北海道にある179市町村のなかで、特に知名度が高い町という訳ではありません。今のところ、全国的に認知される特産品や観光資源が多くあるわけでもなく、西粟倉村のように地域おこしの取り組みが全国的に注目される町でもありません。

そんな厚真町が今年度初めて開催するローカルベンチャースクール。ローカルベンチャースクールとは、地域を舞台にしたローカルベンチャーの発掘・育成を行う起業支援プログラム。2回の選考会を含めた約1カ月の期間で、メンターチームのアドバイスを受けながら事業プランを磨き上げ、最終選考に臨みます。事業プランが採択され、議会で予算が承認されると、地域おこし協力隊や厚真町独自の起業支援といった制度を活用し、町のバックアップを受けて移住・起業することができます。

町が掲げたテーマは「さあ来い、自分を幸せにする覚悟をもって」。厚真町としては、「移住してほしい、事業を成功させて町を活性化してほしい」という願いはもちろんあるでしょうが、それ以前に、「厚真町で幸せになってほしい」という想いが感じられます。

厚真町ではこれまでに20名以上が地域おこし協力隊として移住・活動してきました。任期を終えた隊員たちの多くが厚真町で幸せを見つけ、厚真町に住み続けています。移住者やその家族が幸せになってもらうことが定住につながり、町にとってもよい結果を生んでいくのではないか、そう考える厚真町役場。いい意味で行政らしくない、人間味あふれるテーマだと思います。

11月11日、一次選考会の会場となった町内のマナビィハウス(公民館的施設)には、書類選考を通過した6組7名の参加者が全国から集まりました。その半数は初めて厚真町に来た方々。この縁もゆかりもない地で、新たな未来を描こうとする参加者の姿はまさに開拓者。その瞳はやる気と輝きに満ち溢れていました。

 

事業プランを一度壊してみる日

ローカルベンチャースクールの最大の特長は、参加者それぞれに町内メンターと町外メンターからなるメンターチームが結成されること。参加者は、メンターたちのアドバイスを受けながら、事業プランを磨き上げていくことができます。初日はまず、じっくり時間をかけて各自の事業内容について話し合うメンタリングの場が設けられました。

厚真町役場職員が担当する町内メンターは、厚真町の現状や、その事業を展開する上での可能性や需要、町として期待することなどのアドバイスをしていきます。同時に、足かせとなりえる懸念事項については、厳しくも正直な情報を提供した上で、「この点を解決できればハードルは下がるよ」などと、町を熟知した町職員だからこそできるアドバイスを提供していきます。

また、産業経済課や町民福祉課といった、事業と関連する部署の職員達が、事前に資料を用意して実際の数字をもとにした情報を提供したり、起業候補地の見学に出かけたりと、参加者一人一人に丁寧に向き合い、事業計画の内容を一つずつ確認していきます。

そして、事業プランをプロの立場からアドバイスしてくれるのは、強力な町外メンター。株式会社Chrysmela代表の菊永さんは、客観的に参加者の考えを図表化しながら、先が見えにくくなっていた部分をうまく交通整理してくれます。菊永さんの優しい口調の問いかけに答えているうちに、A3サイズのコピー用紙には、事業プランの全容がチャート図であっという間に表現されていきます。参加者からは、「僕より僕のことを理解している(笑)」「言われてみると確かにそうだな」といった声も。プランの矛盾や課題が次々と浮かび上がっていきます。

一方、別室で厳しい意見をマシンガンのようにぶつけてくれるのはエーゼロ株式会社事業開発マネージャーの花屋さん。プランの甘さ、資金繰り、収支についてなど、あまりにも的を射た意見に反論の余地をなくし、無言になってしまう参加者もいました。オブラートに包まない花屋さんの率直でシンプルな問いは、参加者にどんどん刺さっていきます。

実際に起業した経験や、プロジェクトを任されてきた経験が豊富な町外メンターたちの説得力あるアドバイスは、参加者が気づいていなかったり、目をそらしていたりしたプランの欠点を、否が応でも直視させてくれます。ひずみが生じた事業プランを練り直さねばならなくなり、参加者たちの瞳の輝きは、最初と比べて徐々に薄れてきているようにも見えました。

実は、初めにメンターや参加者に配られた進行表には、初日のテーマとして「プランを一度壊してみる日」と書かれていました。この日、参加者のほとんどが、地域で勝算のありそうな、地域に好感を持たれそうな事業プランを発表しました。

町のサポートを受けるために、地域の需要に合わせて事業を考え出すのも一つの手段です。しかし、そこに本人の「幸せ」が伴わなければ、いつかきっと辛いものになってしまう。この地で幸せになって欲しい。そのためには、「町のため」ではなく、「本当にやりたいこと」をやって欲しい。実際に厚真町に来て現状を知り、メンターから異なる視点で様々な意見をぶつけられ、無理につじつまを合わせていた部分や、自分の心と本当は繋がっていなかった部分がどんどん剥され、参加者たちが事前に用意したプランは壊れていきました。

純粋な欲求を探す、叶える

1次選考会の2日目は、中間プレゼンテーションから始まりました。前日ボロボロになったものの、なんとか一晩の応急処置で立て直した事業プランを発表する参加者たちは、少し複雑な表情でした。どうしたらよいものかと迷走気味でもあり、「このままだとまずい…」という焦りもあるようでした。

そして昼食をはさみ、チーフメンターの講義が始まりました。西粟倉村同様に、厚真町ローカルベンチャースクールも、チーフメンターを務めてくださったのは「Team♡KATSUYA」としてご活躍される勝屋久さん・祐子さんご夫妻。(勝屋ご夫妻については、ぜひこちらの記事をご覧ください。)

午前中、参加者たちの自信を無くしたプレゼンを聞いた勝屋さんは、「大丈夫。みんなもっと変われるよ」と笑顔で話します。勝屋さんが伝えてくださったのは、「心がワクワクする純粋な欲求を探して叶える」こと、それによって人は変われるということ。どんな小さな欲求でも、見つけて叶えていくことによって、チャレンジする力がどんどん大きくなっていく。ご自身の経験を踏まえて、晴れやかな笑顔でお話しする勝屋さんの高いエネルギーに会場が包まれていきました。

純粋な欲求や好奇心の部分は「自分軸」、どうやって実現させるかといった技術・手法・マーケティングの部分を「他人軸」としたとき、まずは自分軸をしっかり育てる。芯のしっかりとした自分軸があった上で、他人軸も考えていくことが大切な時代。勝屋さんは色鮮やかなペインティング資料と、わかりやすい言葉で説明してくれます。

参加者たちは、どうやって事業をやるかといった他人軸にウェイトを置いて事業プランを考えていたことに気づき、改めて本当に自分がやりたいことと向き合い始めます。「地域おこし協力隊に採択されること」に照準を合わせ、綺麗な物語やアピールを取り払い、自分の心への問いかけが始まります。

講義のあと、別室で勝屋ご夫妻による個人メンタリングも行われました。ここでどんな会話があったかは、参加者本人にしかわかりません。しかし、メンタリングを終えて部屋から出てきた参加者はどこかすっきりとした表情で、その瞳は確実に輝きを取り戻していました。「本当にやりたいことは?」の問いに対し、おぼろげながら心にある「自分がしたいこと」が少しずつわかってきたようでした。

この日の終わりに、一応の審査がありましたが、最終選考へ進むことを希望した4名全員が通過する結果となりました。参加者、メンター、審査員、運営スタッフが一堂に会した宴席では、2日間の疲れを癒すように和気あいあいとした空気が流れました。

 

「自分を幸せにする覚悟」と「受け入れる覚悟」

1次選考会から約1カ月がたった12月16日、すっかり雪景色となった厚真町。最終選考会に4名の参加者がやってきました。彼らからは、前回ここで初めて会った時とは違う、地に足のついた、吹っ切れた、そんな雰囲気を感じました。

会場では早速、最終プレゼンテーションが始まりました。参加者たちとの面談や遠隔からのオンライン会議で打ち合わせを重ね、事業プランを一緒に磨き上げてきた応援団のようなメンターたちが見守る中、20分という短い時間で事業プランや夢を語っていきます。

参加者たちは「どうしてこれをやりたいか」「どうして厚真町に移住したいか」などといった想いをはっきりと自分の言葉で発表していきました。ほとんどが顔見知りとなった温かい場で正直な想いをぶつける参加者。審査員も、参加者が厚真町で暮らす未来を想像しながら真剣に聞き入っていました。

全員のプレゼンが終わり、審査員が別室に移り最終審査が始まりました。その間、緊張感よりもどこか晴れ晴れとした様子で待機する参加者たち。「1次選考では、採択されたいという思いが強かったけれど、自分の本当にやりたいことがわかってきて伝えることができた。これでダメだったら仕方ない、と思えるようになった」と話す参加者の表情が印象的でした。

審査は役場職員とメンターの総勢10名で行われました。参加者一人一人について審査員全員が評価を述べていきます。事業プランの精度や、事業が成功しそうかどうかの評論というよりも、その人が本当に幸せになれそうか、幸せになるためにはどうすればいいかが焦点となりました。

人口を増やすためだけなら、希望者全員を採択するということも制度的には可能です。しかし、移住した上で起業することは、本人や家族の人生にとって大きな転機となります。採択したあと、実際に移住した人たちが幸せになるために、行政もサポートしていけるかどうか。参加者のためを思う時間が流れました。

地域おこし協力隊となれば、最大3年間は生活するための資金や活動を進めるための費用サポートを受けられます。しかし、信頼や土地勘のない地方の町で事業を軌道に乗せるのは容易なことではありません。それでも「自分を幸せにする覚悟」もって飛び込んできた参加者たちに対して、役場として、メンターとして寄り添い、サポートできるのか。それが、参加者の幸せに本当に繋がるのか。審査する時間は「受け入れる側の覚悟」を固めていく作業でもあるようでした。

予定時間をはるかにオーバーした審査がようやく終わり、最終選考に残った4名のうち、2名の採択が発表されました。1名は、山で伐り出した木を馬に引かせて搬出する技術「馬搬(ばはん)」を活用した林業、もう1名は、車やカメラ等の個人貿易事業です。ただし、ここでは不採択となった2名も、地域おこし協力隊という枠ではない別の明るい未来が期待できる結果となりました。

チーフメンターの勝屋さんは、役場職員やメンターたちが参加者の幸せを考えて真剣に悩み支えてきた1カ月間に触れ、「事業計画を見て評価してくれるビジネススクールは沢山あるけれど、こんなに本質的にぶつかりあう、こんなに愛のある集まりはない」と総括していました。

 

移住者と町民が混ざり、面白い生態系が育つ

ただ移住者を集めるのではなく、多様な移住者がそれぞれの夢を叶えて幸せになるためのサポートをしていこうと、厚真町が始めたローカルベンチャースクールという取り組み。過疎が進む町を、「イノベーション」というよく聞く単語では収まりきらない明るい光で照らしてくれる気がします。

今回のローカルベンチャースクールには、厚真町内からも2名の若者が書類選考を通過し、1次選考の場に訪れていました。すでに町民なので、「地域おこし協力隊になる」という目標ではなく、新たに挑戦したいことや野望があり、プランを客観的に評価してほしいというモチベーションでの参加でした。終了後、「厚真町で普通に暮らしていたら出会えなかった方々の意見を聞けて、気付きを得た。この場に来たことに大きな意味があった」と感動しながら話す姿には確かな充実感がありました。

ローカルベンチャーを育てていこうとする町の試みに興味を示し、行動を起こす町民がいたことは厚真町にとっても大きな進歩だったのではないでしょうか。意欲のある町民が何かを始めたいと思ったときに活用できる場としてもローカルベンチャースクールの可能性を感じます。

4月からは、今回採択された2名の起業家が厚真町にやってきて、活動を始める予定です。町外から移住者がやってきて幸せになっていく渦と、町民が今よりも大きく羽ばたいて幸せになっていく渦が混ざり合って、多様で、賑やかで、おもしろい生態系が育っていく。そんな将来を想像し、この町で暮らすことがますます楽しみになります。

【厚真町の魅力をそのまんま伝える、コミュニティーサイト「あつまんま」】
http://atsumamma.jp/