岡山県
西粟倉村
にしあわくらそん
「保育家具を手がける林業会社だからこそ、保育施設をつくりたい」。挑戦した「木の里工房 木薫」が困難を乗り越えてたどりついた、あたたかい保育園。
Date : 2025.09.05
間伐材を利用した保育用の家具や遊具の製作・販売をしている「株式会社木の里工房 木薫(以下、木薫)」。
林業経営と工房経営を一体化させた、国内で珍しい林業会社です。
林業では、苗木の成長を助けるための下刈り、枝打ち、間伐など、木を大切に育てる一連の作業を保育と呼びます。
代表取締役の國里哲也(くにさと・てつや)さんは、子どもの保育と林業の保育という“二つの保育”の世界と関わり続けるなかで、「自分たちの手で保育施設をやりたい」という想いが強くなったといいます。
そして村が取り組んだ事業「新事業創出に係る研究開発事業」に背中を押され、常務取締役の森本大介(もりもと・だいすけ)さん、取締役の石井大樹(いしい・だいき)さんら仲間たちと走り始めました。
その道のりは想像以上に困難なものだったそうですが、彼らはあきらめませんでした。
2021(令和3)年4月に「もりの香(か)保育園(正式名称:もりの香保育園津高園)」を開園したのです。
お三方と「もりの香保育園」園長の原田淳弥(はらだ・あつみ)さんに、お話をお聞きしました。
| 「新事業創出に係る研究開発事業」とは
2016(平成28)年から5年間にわたり、西粟倉村における新規事業創出のプロセスを研究する目的で実施された事業です。当時、村内ではゼロ→イチの起業事例が増えつつありましたが、さらに地域経済への波及効果を高めるためには、雇用拡大と事業の持続性を両立した「新規事業」の創出が重要と考えました。 |
村の事業のおかげで「ずっとやりたかったことに挑戦できた」
— はじめに、保育園を開園することになった経緯を教えていただけますか。
國里:木薫では理念として「森から子どもの笑顔まで」を掲げてきました。子どもの頃に触れた感触や薫りは五感の原体験として記憶に残ります。無垢の木の手触りやぬくもり、薫りなどの本物の木体験を届けることで、幼少の頃から木や森に興味や親しみを持ってもらい、さらに木や森林に携わる仕事をしたいと考える人を増やすきっかけにもなりたいと考えてきたんです。
だからこそ「ふんだんに木を使った自分たちの保育施設を開園したい」という思いは長年ありました。
今から10数年前、忘年会でみんなにそれを話したことはあったんです。実は、そのときめちゃくちゃドキドキしていました。「また社長、わけのわからないことを」などと言われるかなと不安で(笑)。でも、「なんかおもしろそうじゃないですか」と、意外とみんなポジティブな反応で安心したんです。

(國里哲也さん)
石井:創業メンバーの自分たちが好きなことをしてやってきた会社ですから。保育園をやることに抵抗はないし、「社長がそういうふうに思っているなら、ぜひやったらいい」という気持ちでした。のちに私が現場の担当者になるんですけど(笑)。
國里:そんな想いはありつつも、すぐにアクションを起こすのは経済的に難しく、「それでもやりたいな」というウズウズした状態が続いていました。でも、あるとき西粟倉村で「新事業創出に係る研究開発事業」が始まると聞いて、名乗り出たところ、審査を経て採択いただきました。「補助事業があるから何かをやろう」というマインドはないので、「ずっとやりたかったことに挑戦できる」と感じました。まさにアクションを起こすきっかけをいただいた形です。

(石井大樹さん)
— 「新事業創出に係る研究開発事業」とは、成長が見込まれる新事業の創出を促進することを目的として生まれた西粟倉村独自の制度ですね。地方創生推進交付金を活用して公募され、2016(平成28)年度からの5年間実施されていました。
國里:そうです。対象は「村内に主たる事業所があり、申請時から 5 年後までに売上を5000万円、または雇用を5人以上増加させ、村の経済に波及効果を及ぼすことを通じ、村内総生産の向上もしくは雇用環境の改善に貢献するという明確な意思とビジョンを持っていること」で、合計10社弱が採択されたと聞いています。木薫はそのうちの1社で、2016(平成28)年度から2019(平成30)年度まで3年間支援いただき、コンサルフィーや調査に係る出張旅費などに使わせていただきました。
— はじめは神奈川県横浜市での開園を目指していたそうですね。木薫さんは東京にも営業所がありますし、何かご縁があったのですか。
國里:それはシンプルに、参入障壁が低かったからです。保育園を経営した経験はないので異業種への挑戦になるわけですが、「異業種の参入は認めません」という自治体が非常に多くて。横浜市は当時、待機児童をゼロにするという公約を市長が掲げられていました。ちゃんとした事業プランがあれば異業種でも認められると知り、関東で保育園の経営やコンサルティングを行っている会社と契約をして、具体的にアクションを起こしていきました。
でも、横浜市に注目した企業は多く、審査は厳しいものになりそうでした。さらに、たくさん下見に行きましたが、条件を満たす物件を探し出すことや、大家さんのご理解をいただくこと、物件を実際に借りてからエントリーしなければいけないことなど、いくつもハードルがあって簡単ではなかったんです。サクサクとうまくいくだろうとは思っていませんでしたけれど。

(横浜市で保育園開所場所を探し下見を重ねていた頃)
岡山市のぶどう生産者と意気投合し、ついに物件が決まる
— 長年想いを抱えていてやっと動き出せたのに、一筋縄ではいかない。むずかしい状況ですね。
國里:厳しい状況でした。「新事業創出に係る研究開発事業」の最終年度になってもまだ開園の目処は立っていませんでした。ですが報告会では「まだあきらめません。『できなかったから終わり』というつもりはないです」といった内容を西粟倉村にお伝えしました。
でもその年、本当にたまたまなんですけど、岡山県岡山市の待機児童数が全国ワースト2位になったんです。岡山市はそれまで「岡山市内で保育園を経営している事業者」でないと参入できなかったのですが、ワースト2位を機に障壁が下がりました。「岡山市内で保育をしている法人と綿密な連携をとれる事業者であればOK」という条件も加えられました。
そこで、岡山市内で保育園を経営する法人とコンサルティング契約を結び、次にエリアを検討し、大学などが近くそこで働いている若い方が多く住んでいる岡山市北区の横井学区を選びました。
場所探しは、大家さんとのいい出会いがあってスムーズだったんです。市議会議員さんや県議会議員さんに「こういうことがやりたいんです」と話したら、「いい人がいます」と紹介してくださいました。
それが、横井学区にある「林ぶどう研究所」の林慎悟さんです。林さんは実は100種類以上のぶどうを栽培する生産者で、「マツコの知らない世界」というテレビ番組に2回も出演した方。小さなお子さんがいる林さんは、横井学区の待機児童数が多く「子どもを保育園に預けられない」とご近所さんから聞いて、胸を痛めていたそうです。
林さんはぶどうの品種改良を15年以上も手がける育種家でもあり、多様性の維持なども大切に考え、肥料や農薬を見直し、環境を整え、ぶどうの樹を一人の従業員と思って管理していらっしゃいます。お話しするうち、そんな林さんと想いがリンクしたように感じました。会ったその日に林さんは「業種は違いますけど、同じような想いでやっているんですね。この場所を貸します」と、即決してくださったんです。

(保育園建築前、更地の状態)
— 林さんとの出会いから、急に動き出したのですね。「新事業創出に係る研究開発事業」の採択期間が終了した年、2019(令和元)年に?
國里:はい。林さんと賃貸契約を結んで、その年に岡山市から採択をいただき、工事を始めました。2020(令和2)年秋に土地の造成をして、12月に棟上げをし、おかげさまで2021(令和3)年4月に「もりの香保育園」を開園することができたんです。
園は内装のほか、家具や遊具も国産間伐材を使用しています。本物の木に触れる「木育」を通じて、子どもたちに木の持つ良さを直接伝えて、木々に込められた先人の想いや多くの人々からのつながりを感じてもらえたらと考えています。

(保育園建設開始、棟上げの様子)
— いくつもの困難やハードルをのりこえて挑戦した結果、開園につながったのですね。この挑戦を振り返ってお礼を伝えたい方はいますか?
國里:開園前に「今度保育園をやる」と話したとき、「おもしろいことを始めるんですね」と同業他社さんがとてもポジティブにとらえてくださったのはよく覚えています。村内の林業会社さんは、わざわざ岡山市まで園の見学に来てくれたり、開園時にお花のお祝いをくださったりしてありがたかったです。

(もりの香保育園の園舎)
開園当時は「もりの香保育園」スタイルが確立されていなかった
— ここからは現場を担当した森本さんと石井さんに開園前後のお話をうかがいます。どのような準備や業務を担当して、どういうところが大変でしたか。
石井:コンサルティング会社とのやりとりや書類の準備、採用面接などをしていました。大変だったことの一つが、はじめは入園希望者がなかなか集まらなかったことです。保護者の方たちの立場になって考えれば初めて名前を聞く園なわけで、「それはそうだろう」と思いますけれど。
森本:開園後、スタッフの管理をしています。入園希望者が集まらなかったのは、12月に入園希望の申し込みが締め切りなのに、その頃まだ園舎が工事中でしたから(苦笑)。見学に行って工事中だったら、保護者の方たちにしたら選びにくいですよね。
大変だったのは、僕らが保育園の基本的なルールを知らないところからのスタートだったことです。恥ずかしながら自分の子どものことは妻に任せていた部分がありましたし、保育園が1園しかない西粟倉村では、いわゆる保活が必要ありませんから。

(森本大介さん)
國里:そういう状況から始まって、開園当時はまだ「もりの香保育園」スタイルが確立されていなかったので、戸惑う保育士さんもいらっしゃいました。
森本:みんなで同じ方向を向く状態になるまでは、正直言って大変でした。あと、常につきまとっていたのは、経営資金です。社長は胃が痛かったと思います。
國里:本社の事業と保育園事業の経理はしっかり分けているのですが、当時はコロナ禍で本社の業績がいい状況ではなかったので。
森本:スタッフ面でも金銭面でも、ようやく落ち着いてきた感覚です。

— そうなのですね。園児数は、今はどれくらいなのですか。
森本:今は20人です。定員は19名なのですが、定員などを状況に応じて柔軟に調整できる「弾力運用」によって、22人まで受け入れられるんです。
当園は小規模保育園で、受け入れ対象は生後6か月~3歳を迎えた年度の3月末までなので、子どもたちは3歳で卒園し、転園します。子どもたちは環境が変わりますし、保護者の方たちは幼稚園や保育園をまた探さないといけない。それでも、卒園したお子さんの妹さんや弟さんを、上のお子さんと同じ園ではなく、わざわざ当園を希望してくださる方たちが現れ始めて、ありがたく感じています。
國里:いろいろなハードルはあるのですが、転園しなければいけないお子さんのことを思うと、我々としては年少以降のお子さんも預かれるようになりたいと願っています。

(木薫さんで制作された保育家具が並ぶ園内)
— 「ここがいい」という評価を受けているのですね、すばらしいです。
石井:運営母体である木薫の活動や西粟倉村に興味を持ってくださったのか、園児さんと保護者さんが村主催の「百年の森林まつり」に来てくださったこともありました。
森本:秋祭りなどのイベント時には、本社から木工部隊や山の人に来てもらって、西粟倉村でやっている林業のミニ擬似体験をしていただくことを大事にしているからですかね。
國里:冬になったら西粟倉村からトラックで大量の雪を園庭に持って行くのも、子どもたちに好評です。岡山市は日照時間が比較的長く雪は降らない地域なので、園庭に雪の山があると保護者の方もびっくりしています。

(西粟倉から雪を運んで開催された、雪遊び)
先生たち自身が楽しいと思える保育でないと、子どもも楽しくない
— そして園長の原田さんにもお話をうかがいます。開園当時はまだ「もりの香保育園」スタイルが確立されていなかったとのことでしたが、原田さんはいつ入社して、現場ではどのように確立していったのでしょうか。
原田:開園年度である2022年(令和4)年1月に主任保育士として入社し、4月から園長に着任しました。

(原田淳弥さん)
園としての保育理念は「ともに生かし合い、大切にしあう。」です。さらに本社の理念に「森から子どもの笑顔まで」がありますので、「本当に子どもたちが笑顔にならないといけない。先生たち自身が楽しいと思える保育でないと、子どもも楽しくないよね」と先生たちにお話させてもらいました。みんながやってみたい保育は何なのか、一人ずつヒアリングして自分なりにデザインマップをつくってみんなに渡し、集まって方向性を確認しました。

(保育園の入り口に掛けられている保育園の理念と、本社の理念)
だんだん保育の成果が出て先生たちに自信が出てきたと感じていますし、保護者の方からも「3歳以降もずっとここに預けたいです」と言っていただくこともあります。本当にありがたいですし、嬉しい気持ちになりますね。

— 今後はどのような保育をしていきたいですか。
原田:やはり自然を扱っている本社がバックにいますので、子どもたちがこの年代でしか味わえないような自然に触れる経験をしてほしいなと先生たちと話しています。今、本社と協力して園庭の改造を進めているんです。植林などをして、本物の自然に触れられる環境をより整える予定です。
— これからのご活動、応援しています。ありがとうございました。
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