暮らしのそばに「美味しい油」がある未来を

西粟倉村で「ablabo.」として油の製造・販売を行う蔦木由佳さん。数々の困難や挫折を乗り越え、正式創業から3年が経った今も、溢れんばかりの油への愛は今も変わらずむしろ深みを増してきています。彼女が様々なアプローチで丁寧に伝え続けている「美味しい油がある暮らしの豊かさ」。今だからこそ見えてきたこの先の未来像を伺いました。

 

料理の楽しさに改めて気づかせてくれた油との出会い

– どうして「油」で起業をしようと思ったのか改めて聞かせてもらえますか。

 

一番の理由は、ただただ油が美味しかったから。

もともと食べ物にまつわる仕事をずっとしたかったんです。飲食店なのかもしれないし、そうじゃないかたちかもしれないしっていうのをふんわりと思っていて。

 

そんな中、縁あって西粟倉にやってきて、当時勤めていた西粟倉・森の学校でカフェの運営を任せてもらえることになったんです。ずっとやりたかった食べ物に関する仕事で嬉しいはずが、いざやってみると全然楽しくなくて。しんどかった。自分の料理がそんなに美味しいとも思えなくなってくるし、料理を作ってその対価としてお金をいただくという行為自体に全く喜びを感じなかったんです。日々のメニュー作りも、料理をすること自体にも違和感というか楽しみを見つけられないでいました。結局そのカフェも半年少しくらいで閉めることになって、やりたかったはずの食べ物に関する仕事なのに、全然できないな、なんか違うなとモヤモヤしていました。

 

ちょうどその時期に友人と小豆島に旅行に行く機会があって、たまたま搾りたてのオリーブオイルを味見させてもらったんです。それが本っっ当に美味しくてびっくりして。油にも鮮度があって、油に「味がある」っていうことを初めて認識した瞬間でした。早速そのオイルを買って帰って家で料理をしてみたら、自分の料理が美味しくなった気がしたんです。それでまた、やっぱり料理って楽しいなって思い直すことができました。

そこから油の世界にどんどんのめり込んでいきましたね。食べ物で何か仕事をしたいと模索する中で突如現れた「油」というキーワードが自分の中でハマった気がして、「油屋になろう」と決意しました。

 

「美味しい油」を手触りをもって伝えていくこと

– 今のablabo.が特に力を注いでいることは何でしょうか。

 

油屋をやっていくにあたって、最初は小売店や卸屋さんのようにいい油を集めたセレクトショップのような業態をイメージしていました。それが、昔ながらの製法でたった一人で油を絞っている90歳のおじいさんに出会ったことをきっかけに、そもそもいい油をつくる人がこの先いなくなっちゃうのかもしれないと気づいたんです。その方に弟子入りをして搾油の技術を学び、油の製造から販売までを行う今のかたちになりました。

 

「作って売る」がablabo.における一本の筋で、油の研究も好きだしスタッフが入ってくれたこともあって製造における大きな困りごとってなかったんです。ただ……思ったほど油が売れなくて……。自分はすごく油が好きで「こんな美味しい油できたら売れるに決まってるじゃん!」って思うのに、そんなに簡単にはいかないというか。「油が美味しい」という言葉がそもそもそんなに通じないわけです。

 

油を売る前に、「美味しい油」ってこういう味や香りがするんだよとか、こういう風に使うといいっていうことをもっと発信していかないと、誰も買ってくれないし誰も楽しめないんだということに気がつきました。そこからはイベントをすることが増えて、油の勉強会をしたりお客さんと一緒に油を絞るワークショップをしたり、私がおすすめの油の使い方を見せながら料理を作り、みんなで食べる会を開催したりしました。実際に油の使い方をその場で見せて味わってもらうとお客さんの目の色もすごく変わるし、「自分でもできるかも」って思って手に取ってもらえることがすごく増えました。地道ですけど今はそうやって対面で一人でも多くの方に油のことを知ってもらうことが大切だと思っています。私もそれが楽しいし、喜びなので(笑)。

 

 

料理を優しく下支えしてくれる油という名脇役

– ablabo.の油の良さや他との違いって何でしょうか。

 

よくある油って基本的には大量生産大量流通しなくてはいけないものだから、味の均一化が求められます。味のばらつきはむしろクレームになってしまう。

一方でablabo.の油は農家さんから種を仕入れて焙煎して圧力をかけて種を絞るという、ジュースに近いようなつくり方をしています。そうすると原材料によって味が変わることがままあるわけで、その点はワインの世界とよく似ているんです。今年の原材料の出来がこんなのだったから今年のワインはこういう味になりましたっていうのが、油の世界でも本当は同じようにある。小さい油屋だから出来ることでもあると思うんですが、今年はこういう美味しさっていうのをあえて作るようにしています。そういう風にして出来上がる油は滋味深くて、噛めば噛むほど美味しいんです。

一口食べてパッと油の存在に気づくほどの主張はないけれど、料理の美味しさをしっかりと下支えしてくれていて、一口また一口と箸を進めるほどにしみじみ美味しい。

うちの油に限らず、薬品を使わずに手絞りされた油のいいところだと思います。

 

なんでablabo.の油なのってなったときに、無農薬の原材料を使ってるとか、抽出に薬品を使ってないとか、地域で作ってるものだからとか、いろんな要素があるにはあるんですが、

何より「心に響く美味しさ」みたいなものを表現できるのは、原料を大事にしてしっかり作っている油屋さんだなと思うから。そういう違いを楽しんで欲しいなと思っています。

 

 

暮らしのそばに「美味しい油」がある未来

– 最後に、今後の展望を聞かせてもらえますか。

 

いちメーカーとして、美味しいものを作り続けることはもちろん大前提だし、もっともっといろんな人にablabo.の油を使って欲しいと思っています。

加えてうちだからこそできることかもしれないなって思っていることが一つあります。農家さんに持ち込んでもらった種を絞ってオリジナルの油としてお返しするOEM的な受け入れを始めたんです。これが思いの外多くて、繁忙期は1日2交代制で絞らなくちゃいけないくらいいろんな人がいろんなものを持ってきてくれて。西粟倉やその近隣地域って油の産地でもなんでもないし、そんなに目立った農業地帯というわけでもないのに油を絞って欲しいっていう需要がこんなにあるのかと正直驚きました。

 

油は鮮度が命ですから、絞ってからなるべく時間が経たずに食べた方がいい。全国からいろんな種をablabo.が取り寄せて絞って返すっていうよりは、いろんな地域に小さな油屋さんがたくさんあった方がその地域のためになるなと強く思っていて。

共同精米所みたいな感じで地域で使える搾油所があって、そこにいろんな人が種を持ち込んで、今年の自分の油はこんな味だって楽しんでもらえる。そんな拠点が全国に増えたらいいなと本気で考えています。うちもやりたいって言う人がいたら技術提供も無料でしたいと思っています。

 

一企業としてもちろんもっと稼いでいかなきゃいけないし、さらに質の高い油を作っていかないといけない。けどもっと広い目で見た油の未来のためにablabo.の枠を越えた活動も実現していきたいと思っています。もちろん一人じゃ出来ないので、油屋のネットワークをもっと繋げていって仲間を増やしていきたい。それがablabo.としての使命でもあるし、油が大好きな私の望む未来でもあるんだろうと思います。