岡山県

西粟倉村

にしあわくら

1500人の村で1年間やりたいことをとことん研究した5名の進む、その先。 ~西粟倉ローカルライフラボ1期を振り返る~

ローカルライフラボ(以下LLL)の研究生って何をしているんですか?」

村でLLLの企画運営を担当していて、色々な方に聞かれることがありました。

これまで事務的にプログラムの説明をすることが多かったのですが、昨年4月からLLLの1期生5名を見守ってきた今ならこう答えます。

「LLL生は村で、自分の人生を自分で決めて、自分で道をつくる研究をしてきました」

LLL1期は今年3月までのプログラムで、起業や就職など、それぞれの道を目指してきました。1期生の研究はもうまもなく終了し、4月からは2期に入ります。1期生5名がどのような1年を過ごし、どのような道を進むことに決めたのか。2期のスタートを見据え、1期を振り返ります。

 

「自分の人生を自分で決めて、自分で道をつくる」ということ

私自身、以前は東京で働いていましたが、その時は人生における道の選択肢はすでに社会に用意されていて、そこから選んで決めるという感覚がありました。

進学、就職や転職、交友関係、遊ぶ場所まで、目の前にはたくさんの選択肢があって、情報があふれていて、そこから取捨選択して自分にとって最適な条件と考えた選択肢を選ぶ。それがこの社会では当たり前なことだと考えていました。

3年程前に西粟倉村に移住・転職してからは、その意識にだんだんと変化が出てきました。田舎にはそもそも選択肢がない、というよりも誰かに用意されているわけではない。だから、自分で選択肢をつくり出さなければいけない。それは、周囲にたくさん選択肢があることが当たり前だった私にとってはとても衝撃的なことでした。(本当は場所に関係なく選択肢はつくり出せると、今なら思えますが。)

慣れてきてみると、人生の選択肢を、自分が本当に進みたい道を手探りでも考えて、悩みながら決めて、上手くいかなくてもやってみて、自分なりに形にしていける環境があるのは、とても幸せなことだと感じるようになりました。1期生5名の過ごした1年も、そんな幸せにつながる日々であったらいいのですが!

LLL1期では各自が当初設定した研究テーマや仮説をもとに、月1回のゼミや面談、地域おこし協力隊制度の活用による研究資金など、プログラム上のサポートを受けながら、自分自身で仮説検証を繰り返し、やりたいことの実現を目指してきました。LLLのプログラム内容についてはこちらの記事でもご紹介していますので、ご興味のある方はご一読ください。

LLLで毎月行っているゼミの様子

それでは5名の1年間の活動とこれからを、私の目線でご紹介していきます。

 

5名それぞれが考え、行動し、つくり出した5つの道

まずご紹介したいのは、村に来る前から渋谷カバンという革製品のブランドを持っていて、「鹿革を活用したものづくり」を研究してきた渋谷肇さん(通称しぶしぶ)です。しぶしぶは、西粟倉の起業支援プログラム「西粟倉ローカルベンチャースクール(LVS)」で今年度唯一、村認定の支援事業者に選ばれました。

渋谷肇さん

彼の第一印象はおしゃれでもの作りが好きで、あまりしゃべらない職人、でした。初めに驚かされたのは、村内で住むことにした古民家をあっという間に素敵な工房につくり変えてしまったこと!1ヶ月もたたないうちに、家がおしゃれ空間に生まれ変わっていて、彼は本当に自分でつくることが好きだし得意なんだなと思いました。もう一つ驚いたのは、意外と気さくでオープン、交友関係が広いこと。自宅兼工房には毎日のようにいろんな人が出入りしていて、ワークショップや食事会、飲み会が開かれています。

渋谷カバンの鹿革ワークショップに参加した時の写真、左から二番目が私

そんなしぶしぶは、とてもマイペースです(笑)。工房をつくるのは早かったのに、肝心の鹿革の研究は見た目にはなかなか進んでいなくて、それは彼なりのこだわりがあったからなのですが、LVSの選考会が近いのに大丈夫かと心配でした。結果、LVS一次選考会では、LLLからのエントリー者では唯一、条件付きで通過。LLLをサポートしてきた私としては、絶対に通過させてあげたいと決意し、メンターとともにサポートに臨みました。LVS中のしぶしぶには、私から見て劇的な変化がありました。それは「個人事業主から事業家」への変化だと感じます。ひとり分稼ぎ、暮らすための個人事業に取り組んでいたところから、事業にかかわってくれる人たちに感謝し、想いを受け止め、自分自身とかかわる全ての人たちのために事業を成長させていく事業家へと大きく変わっていったのです。

今年の4月から、しぶしぶは西粟倉村の起業型地域おこし協力隊として、鹿革のものづくり事業を軌道に乗せ、自立することを目指します。LVSを経て事業家になった彼は、これから西粟倉を代表する起業家へと成長していくと思います。それを近くで見守り、応援し続けることがとても楽しみです。

(先日、本人のインタビュー記事も公開しましたので、しぶしぶのストーリーについて詳しくはこちらをご覧ください。)

…1人目からつい長くなってしまいました。

続いてご紹介するのは細谷由梨奈さん(通称ほそやん)。「心が躍る生業をつくる」ことを研究テーマに、選択肢を絞りすぎずに自分のやりたいことを一から探し、形にしたいと村にやってきました。

細谷由梨奈さん

前職では建築設備設計の仕事をしていましたが、多忙から体調を崩し、もう一度人生を見直したいという思いに至ったそうです。彼女は最初とても緊張して見えました。楽しくしようと頑張ってにこにこしているけれど、本心はドキドキしている感じ。ほそやんは、1年間かけて少しずつ自然体の笑顔になってきたように感じます。

裏方のお仕事と食べることが大好きで、LLLで昨年4月に行ったフィールドワーク中に、村内で苺のお菓子工房「メゾン・ド・フルージュ」を営む(株)ミュウの渡部美佳さんと出会い、渡部さんのキラキラいちご姫オーラに一目惚れします。その後、ミュウさんで研修させてほしいと自らお願いして、この3月まで得意の目標に向けて「設計」するスキルを活かし、工房で総務経理業務やプロジェクト管理業務などの実務研修を行ってきました。

西粟倉にあるメゾン・ド・フルージュの工房で作られている焼き菓子。ほそやんは商品の発送業務や販促、スタッフの業務管理などを行っています

ほそやんは自分を内省することが好きで、とにかく1年間自分自身について悩みに悩み、考えすぎてマイナス思考になったり、悩みに引っ張られてか様々なトラブルがあったり、それでまた深い悩みに陥ったり、忙しい1年だったのではと思います(笑)。それでも自分の人生のために行動し続けてきたので、着実に前に進んできました。4月からほそやんはミュウ所属の企業研修型地域おこし協力隊となり、実務研修を続けます。実績を積みながら、ミュウさんや渡部さん、他のスタッフと、そして自分自身のために、周囲を笑顔にする楽しい総務の仕事づくりを目指していくそうです。ほそやんがまたそのうち悩み出したら、美味しいものを一緒に食べながら話を聞いてあげたいです。

3人目としてご紹介するのは、菅原和人さん(通称すがちゃん)。彼は前職では不動産営業をしていましたが、人生を変えたいと「自分探し」に村にやってきました。やりたいことが分からないので、村に来てからしばらくの間、不動産や自然関係、山仕事など、少しでも興味がある村内の仕事を「お手伝い」する実務研修を行いました。

菅原和人さん

興味があると言っていたのに、実際にやってみたらすぐに飽きてしまったり、これじゃないとなったり。すぐに人のせいにするし、初めは人が好きと言っていたのに、途中で人が嫌いになったり、また人を好きになってみたり。外から見たら偏屈で偉そうで、扱いにくい印象だったと思うので、一部の研修先にはご迷惑をお掛けしたかもしれません(笑)。

でも私は日々彼の話を聞いていたので、彼が本当に自分自身を変えたいと思っていて、たまに偏屈になるけれど、純粋で素直で頑張り屋なことも知っていました。

彼の人生が大きく変わったのは、ミュウの渡部さんにいちご農業という仕事を紹介いただいてからです(ほそやんに引き続き、渡部さん本当にありがとうございます)。大学の時に化学を専攻していたこと、自然×テクノロジーに元々興味のあったことから、すがちゃんは農業という分野に大変興味を持ちました。夏に長野県のいちご農家さんに研修に行き、秋に戻る頃には研修先のひとつだった夏いちご農家さんに就職することを決めていました。

すがちゃんの夏いちご研修の様子

村に戻ってきてからしばらくして、彼の行動とやることへの向き合い方が変わりました。村ではまた村内事業者さんのお手伝いをし始めたのですが、まず大きな変化として事業者さんの方から自然とお手伝いをお願いされるようになりました。そして、お手伝いすること一つひとつ、お手伝いする方一人ひとりが彼にとって、地域にとってどのような意味や役割を持つのかを考えるようになったのです。結果、彼が村で見つけたやりたいことは、「夏いちご農業」と「地域のすき間を埋めること」でした。両方に共通するのは、彼が好きな人、好きなものの可能性をちゃんと実現できるようにすること。4月から彼は長野に行ってしまうことが残念ですが、そのうちすがちゃんが育てたいちごを食べられること、彼のつくる農園を見ることを楽しみに待っていたいと思います。

最後にご紹介するのは、猪田有弥さん(通称いのっちさん)、敦子さん(通称のぶこさん)ご夫妻です。いのっちさんは「モビリティ(交通)×福祉」、のぶこさんは「地域の助産師の役割づくり」と別々のテーマで研究されてきました。

猪田有弥さん・敦子さん

いのっちさんは以前は新聞社に勤めたり、自治体向けを対象とした文化施設や福祉分野のコンサル会社で働かれていました。子どもの頃から「てっちゃん」で、いろんな場所を旅して回るのが好きなこと、村にはてっちゃんによく知られている「智頭急行」が走ること、山奥の村なのに交通の便が比較的良いことなどの理由から、西粟倉村に魅力を感じてLLLにに参加されました。村に来てからは、モビリティ分野での仕事づくりを模索しながら、前職の経験を活かして役場の介護福祉事業にも関わってきました。

京都大学の社会人向け都市交通政策講座に参加し、成果発表を行ういのっちさん

のぶこさんは長年、都市部の病院で数々のお産を経験して来られた助産師です。赤ちゃんとお産が大好きで、産前産後を中心としたお母さんのライフサイクルをサポートしたい、そのために病院の枠を越えて「地域の助産師」の在り方を探求したいと村にやってきました。長年の知見を活かして村では個人で相談を受けるほか、役場の保健福祉課と連携して母子のケアを行っています。

のぶこさんが村の地域子育て支援拠点「つどいの広場『Bambi』」と協力して開催したベビーマッサージの会

お二人ともとても勉強熱心で、1年中いろんな場所に出かけて研修やシンポジウム、情報交換の機会に参加されてきた印象があります。物知りで、質問したら必ず何か答えをくれます。1期生5名の中で、他の3名よりも年上で、その分知識も経験もあるからこそだと思いますが、最後までずっと、4月からどうするか悩まれていました。村の地域おこし協力隊だから得られることも多い。いや、制度を活用せずに独立して活動した方が自分たちには動きやすいのではないか。より良い選択肢は何なのか…。最終的に、いのっちさんとのぶこさんはLLLをもう1年継続することに決めました。LLLは原則1年ですが、更新審査を経て特例での更新です。

4月からは、いのっちさんはコンサルティングと実践を両立する会社の設立、のぶこさんは出張型助産師「こじか助産所」の開業を行い、自立を目指す予定です。1年間お二人を見ていた私には、いのっちさんものぶこさんも、やりたいことがやり切れていない感があるように見えていました。来年こそは、お二人ともすっきりとした笑顔でLLLのその先に進むことができるように一緒に頑張りたいと強く思います。

 

そして、LLL2期に向けて

この1年間、5名の研究活動を振り返って思うこと。それは、自分自身の中に見つけたやりたいことの種を、地域でともに育んでいくステップとして、LLLのプログラムを成長させたいということです。自分だけで育てるのではなく、地域だけで育てるのでもない。地域とともに種を育むためには、地域を巻き込む強い想いが必要で、想いを育てるためにはとことんやってみるしかない。馴染みのない土地でやったことがないことをやっていくには勇気と覚悟がいりますが、自分と地域でともに育てた種は、とても強くて大きな道へと成長していきます。

LLL2期には、新規で5名が入られる予定で、猪田夫妻を含めた7名全員が起業を目指しています。1期での反省点や全員のゴールを踏まえて、LLLのプログラムを大きくリニューアルします。2期生7名全員が、来年の3月までに地域と、自分自身とともに想いを育み、やりたいことの一歩目を大きく踏み出せるようにサポートしていきたいです。

西粟倉ローカルベンチャースクール2021 公式サイト
https://www.a-zero.co.jp/lvs-nishiawakura

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