岡山県
西粟倉村
にしあわくら
関係人口とは、地域を越えて希望を叶える仲間との出会いだ。西粟倉村にて「関係人口つながるプロジェクト」がスタート
Date : 2019.03.13
関係人口とは、移住した「定住人口」でもなく、観光に来た「交流人口」でもない、地域や地域の人々と多様に関わる人々のこと([出典「総務省『関係人口』ポータルサイト」より])。例えば、都心部に暮らす自然が好きな人々にとって、移住以外に自然豊かな地域と関わっていく機会が生まれる、というように、もっと、生きるを楽しむことがしやすくなる選択肢のひとつです。
西粟倉村では、村外から西粟倉に関わって下さる方を増やす「関係人口見える化プロジェクト」をはじめました。このプロジェクトは、西粟倉に関わってくれる方を増やしたい、関係をより深くしたいとの思いで生まれた取り組みです。全国各地に先立ち、スマートフォンアプリ「西粟倉アプリ村民票」をリリースしています。村外で暮らす人が西粟倉村と関わっていきやすくするために開発した、関係人口にまつわる新しいツールです。
今回は、この「西粟倉アプリ村民票」の開発・運用に携わる4名で、関係人口について考えを深めてみました。一体、関係人口によって村外の人たちはどんなことを体験していけるのでしょう。そして、村はどのように変わっていくのでしょうか。
【座談会メンバー(左から)】
① 萩原勇一さん(西粟倉村役場 産業観光課 課長補佐。ローカルベンチャースクールをはじめとしたローカルベンチャー事業の役場担当者)
② 谷内ススムさん(株式会社イノベーティブプラットフォーム 代表取締役。共通ポイントやCRMの専門家。西粟倉の関係人口の一人)
③ 岡野豊さん(エーゼロ株式会社 自然資本事業部 部長。都市と地域をつなぐ未来の里山づくりを目指している)
④ 道端慶太郎さん(エーゼロ株式会社 自然資本事業部 PRチームリーダー。動植物調査の専門知識とデザインのスキルで、西粟倉の魅力を楽しく伝えている)
「関係人口」とは、誰に向けた言葉だろう?
岡野:みなさんは、関係人口という言葉の定義をご存知ですか? 「観光以上定住未満」と説明されている言葉ですね。
萩原:そう説明されているけれど、その「観光以上定住未満」の幅はとても広い。例えば、別荘を持っている人も当てはまると思うし、何か事業やプロジェクトに取り組んでいる人も関係人口なんだと思う。だから、西粟倉村として、その広い幅のうち、どの層にもっと関わってもらえるようになっていきたいのか。関わってほしい人物像をセットすると、それに応じて、関わりたい人たちにも、西粟倉村なりの関係人口をイメージしてもらえるようになっていくと思うなぁ。
岡野:確かに、関係人口の詳細な定義は見当たりませんね。個々の地域で定めていくものだと気づきにくい分、他地域を見ていても、関係人口について、どんな風に伝えていこうかと考えている自治体は少ないように感じます。
萩原:私自身は、地域で何かしたい人こそ関係人口だと思っています。例えば、「都市部に生まれ育ったから、故郷がない。西粟倉村には定期的に訪れているけれど、それだと往来の延長にしかなっていない。村で起きることに関わることはできないかな?」。そう感じているような人です。だから西粟倉村が指す関係人口は、観光よりも定住寄りの人なんだと思う。実際に、「西粟倉ローカルベンチャースクール」から、関係人口に当たるような人も現れているし。(参考:「移住しないと意味がないと思ってた。」 私らしい、移住でも観光でもない西粟倉との関わり方。)
岡野:これまで西粟倉村は、村と民間企業が一緒になって、百年の森林構想や共有の森ファンドのように、村外から村に関わることができるプロジェクトを行なってきました。そのようなプロジェクトに関わってくれた村外の人たちは、その後も西粟倉村を応援したいと思ってくれているんだけれど、どうしたらいいのかわからないと感じているようなんです。それこそ、川のガバメントファウンディングをやった際は、「共有の森ファンド以来、ずっと待っていました」というメッセージをいただきました。
関係人口とは「一緒に希望を叶える仲間たち」
岡野:谷内さんは、CRM(*)の専門家として、企業とお客様の関係をコンサルティングなさっていますが、自治体と村外の人の関係もCRMの観点で考えることはできますか?
* Customer Relationship Managementの略。顧客関係管理のこと。顧客の満足度やロイヤリティの向上に努める仕事を指す
谷内:できるだろうと思います。それもあって、皆さんと「関係人口見える化プロジェクト」を進めることになりました。実は、CRMでも、萩原さんがおっしゃったように、どういう人たちが何をできるようにしていきたいのか定めることが大事になってきます。それが定まると、人が動きやすくなるんです。
ただし、フォーカスを絞りすぎてしまうと、少数の人のためにしか迎え入れる準備をしていけなくなってしまいます。CRMの観点で考えた場合は、地域にとっての関係人口の理想像により近い層を増やしていくことと同時に、理想像とは遠くても「観光以上定住未満」のような一般的な関係人口に含まれる層の裾野を広げていく作業が必要です。理想の層により良いものを提供して、その姿を多くの人に見てもらいながら、裾野も広げていくような別の何かを提供していく。そうしておくと、漠然とした気持ちで地域に関わりたいと思っている層の中から、例えば、「なるほど、西粟倉村で仕事をつくればよかったんだ」と、関わりたい人が次の行動を移しやすくなる可能性をつくれます。
話は変わってしまうのですが、僕は最近、西粟倉村が村外の人たちに関わりたいと思ってもらえている理由のひとつは、人の要素が大きいんじゃないかと思っています。村の自治体の人やエーゼロの人をはじめ、触れ合った人に良くしてもらった経験から影響を受けて、関わりたいと思うようになった人の割合は、きっと多いですよね。
岡野:関係人口が指す“関係”は、地域よりも人との関係に寄っているんですかね。
谷内:やっぱり、人は人にいちばん惹かれるでしょうから。一方で、西粟倉村の自然や町並みに惹かれた人もいるでしょうし、まちづくりのビジョンに共感する人も少なくありません。
岡野:そうですよね。西粟倉村の場合は、この地域に挑戦者が集まってきています。それぞれの挑戦者がビジョンを持っているから、共感してくれる人を求める。必然的に、一緒に何かしてくれる人と出会いたいと思っている人は少なくないように思うんです。西粟倉村の森林で採れた木材で、家具や生活道具をつくる「ようび」や、天然温泉に入浴できる、ゲストハウス「あわくら温泉 元湯」に集まってくる人たちを見ていても、応援したい、一緒に頑張りたいという人が多いように思います。
谷内:そういう意味で、西粟倉村という地域には「理想に向かって一緒に頑張っていけそう」「助け合えるかもしれない」という魅力があるのかもしれませんね。
萩原:私が先に言った、「村で起きることに関わることはできないかな」と思ってくれる人というのも、そういうニュアンスです。それは、西粟倉村の関係人口にとって理想像に近いんじゃないかな。
岡野:一緒に希望を叶えていく仲間ですよね。僕らは、より土地に近いところで活動している。村外の人は少し離れたところから関係してくれている。でも、それぞれは同じ世界観を目指しているんです。
希望の数だけ増える関係人口の選択肢
——「関係人口見える化プロジェクト」では、西粟倉村の関係人口に該当する人たちへ、利用しがいのあるスマートフォンアプリ「西粟倉アプリ村民票」をリリースした。このアプリを通じて、「観光以上定住未満」の幅広い層のうち、西粟倉村にどの層がどの程度の人数いるのかわかっていくと、何をしていけるのでしょうか?
岡野:漠然とインターネットで発信していたことを、もっと具体的な誰かに向けて話しかけるように伝えていけるようになりそうです。これまで、西粟倉村に来てくれたり、何かに関わってくれた人と繋がる努力は、なかなか行動に移しにくいことでした。もう一回、来てくれるのを待つこと以外に何かすることができるようになります。
萩原:それこそ、「西粟倉アプリ村民票」を通じて、この村との関わり方を一覧できるようにすることはできそう。関わりたい人には、その中から気に入ったものを選んでもらえるようになるのかな。
道端:関係人口のメニュー表をつくるわけですね。
岡野:関わり方ステップ1のメニューはこちら、というように用意していけそうですね。「西粟倉アプリ村民票」の担当者として、エーゼロ自然資本事業部がそこにメニューを載せていくなら、道端さんから林床部の植物図鑑づくりを一緒にやってみたい人だって募集できるんじゃないでしょうか。
道端:興味ある人はいるかなぁ。僕はすごく楽しいことなんだけど……。
谷内:大丈夫ですよ! そういうメニューこそ出していくのがいいんだと思います。個人が楽しいと思っているメニューを出すほど、より同じ気持ちの人が集まってくるじゃないですか。
岡野:ジビエ料理として、シカ肉のレシピ開発を一緒にしたい人も募集してみるのはどうですか?
道端:それで言ったら、僕らの事業部には生き物が好きな人たちがたくさん集まっているから、他地域ではなかなかできそうにない、生き物にまつわるメニューを募集していくのがいいのかもしれないですね。
萩原:川にウナギを戻すプロジェクトでも、ガバメントファンディングという方法で知ってもらうことはできたけれど、お金で関わること以外にも何か手伝ってみたい人たちはいるんじゃないかな。これまでは、クラウドファンディングという方法でしか関わり方を示すことができなかっただけで、「西粟倉アプリ村民票」を使えば、他の関わり方も選んでもらえるようになっていくということだね。
岡野:これからは、年に1回でも来てくれた人たちと、ちゃんとつながっていきたいですね。西粟倉村に近い、大阪や神戸から来てくれている人たちとも。
谷内:大阪や神戸からだったら、西粟倉村は遠くない距離にありますし。
道端:神戸だったら、特急1本の距離ですもんね。
全国に個性的な地域が増えていく明日へ
岡野:ここまで関係人口と「関係人口見える化プロジェクト」について、実際に関わる人にとってどんなことが起きていくのかを考えてきましたが、そんな話をしてきた谷内さんや道端さんも、関係人口のひとりだと言えます。そこで改めて質問したいのですが、まずは道端さんなら、どんな関係人口の世界が広がっていったらいいと思いますか?
道端:僕が都市部で暮らす人の立場になっていたら、やっぱり、お気に入りの地域がいくつかあって、それぞれの地域に親しい人がいるようになると、楽しくなりそうだなと思います。
岡野:谷内さんは、いかがですか?
谷内:見える化と一言で表しても、いろんな切り口があるような気はしてきました。地域の自治体や事業、プロジェクトにとってはどんな人物像にアピールしようとするのかを考えるための見える化だと思いますし、地域の公務員や事業主、プロジェクトリーダーにとっては整えていくメニューを伝えるための見える化です。村外の人からしたら、村と自分自身の歴史を残していく見える化という側面もあるんじゃないでしょうか。そのように丁寧に見ていくと、いろんなことを試していける可能性は広がります。
萩原:見える化も、切り口をひとつ据えて、一旦、何か行動に移してみることが大事なのかもしれないね。メニューを一覧できるようにしてみたら、そのメニューの閲覧者から要望が集まってくるようにして、また、次に何をしていくのか考えていくことになるんだろうと思う。
西粟倉村にとっては、人口1,500名の村民で村を豊かにしていこうとすることには限界を感じてしまうけど、仮に関係人口が30,000名いるのなら、定住人口の数以上に希望を叶えていきやすくなるだろうからね。そんな風に村が豊かになっていく段階に、ちゃんと関わっていってもらえるようにすることは、「西粟倉アプリ村民票」が実現していくひとつの役割なのかもしれない。
岡野:そうですね。本当に、西粟倉村の関係人口になっていて嬉しいと感じてもらいたいです。
道端:ということは、メニューを山ほどつくっていきたい!
谷内:季節に合わせて、いろんなメニューを試していくのがいいと思いますよ。
岡野:夏に来た人でも、冬に来たらまた違うことができるのを実感してもらえそうです。1日山芋掘りや、1日ウナギ選別なんていうのも用意できそう。
谷内:そんな風に関係が見える化していったら、関係人口は増えていくだろうし、ひとつずつの関係性も太くなっていくんじゃないでしょうか。
(西粟倉村の自然を感じることができるアプリの動画コンテンツ)
道端:メニューを選んで、体験してもらうごとに、その人と西粟倉村の歴史ができていきますね。
萩原:見える化したメニューを選んでくれる人たちが増えていったら、どうなると思う? 理想としては、いろんな関わり方をしてくれた先で、西粟倉村へ移住する人も出てくれたら嬉しいな。
岡野:ただ、関係人口について考えると、他地域と人口の取り合いをするのではなく、道端さんがいくつかお気に入りの地域と関わっていきたいはずだと話したように、いろんな地域で人口をシェアしようという考えを踏まえることは必要ですよね。
谷内:それもそうなのですが、定住人口を奪い合いというのはなくならなくて、ずっと競争し続けるものだとは思います。それはしょうがないことではありますよ。
萩原:いや、奪い合いというわけではなくて、選んでもらう競争なんだと思う。それは、これまでの都市政策のように東京に似た都市を増やしていくこととは異なるよね。もしも西粟倉村の「関係人口見える化プロジェクト」が成功したら、他地域も同じく関係人口の政策に力を入れてくるけれど、その先に何が起こるのかと言えば、全国各地に「おらが町」という個性が増えていくんじゃないかな。
岡野:それなら健全ですし、関わる人にとっても楽しみが増えます。日本にとっても良いことにつながりそうです。
萩原:そう。西粟倉村を、その中からどうやって選んでもらうのか。自分たちの地域を精いっぱい磨いていく競争の始まりだよね。