岡山県

西粟倉

にしあわくら

村そのものが、日本の未来の研究所。社会起業家たちが見た西粟倉村。

西粟倉の人口が最も増えるお盆の時期の賑わいが少し落ち着いた頃。自らの事業で国内外の社会課題の解決に挑む、社会起業家たちが休暇も兼ねて西粟倉に訪れていました。創業期から更に一段登っていこうとする彼らには、今の西粟倉のローカルベンチャーはどう見えるのか。住民の話を聞いて発見した村の可能性と、個人や事業の想いが掛け合わさった時、これからの西粟倉に何が見えてくるのか。2泊3日をレポートします。

 

なぜ、社会起業家が西粟倉に集ったのか

今回、社会起業家の方々が集まるきっかけとなったのは「コミュニティ型プログラムIMPACT Lab.(インパクト・ラボ)」(以下「インパクトラボ」)が背景にあります。インパクトラボとは、J.P.モルガン協賛の元、ソーシャルインパクトの拡大に向けて、成長・拡大期にあるNPO/ソーシャルベンチャーを対象に、NPO法人ETIC.事務局のもと2015年11月から2016年5月まで開催された研修プログラムです。

数年間の創業期を乗り越え、社員も増えて軌道に乗り始めた後、そこから更に一段進んで、ソーシャルインパクトを大きくしていくにはどうしたらいいか。起業家たちが直面する、様々な経営課題の壁をどう乗り越えていくかに焦点をあて研修が実施されました。

ここに、社会課題の先端で常に変化・変革を起こそうと奮闘する12団体※の起業家の方々が参画しました。この12団体中、7団体に加えて、NPO法人ETIC.、イノラボの井上英之氏らのメンバーが、スタッフの方々やご家族と共に西粟倉での夏休みを過ごすこととなりました。

※参画した12団体<参画企業・NPO / 事業者名(敬称略)>
 特定非営利活動法人かものはしプロジェクト / 共同代表 村田早耶香
 認定特定非営利活動法人カタリバ / 代表理事 今村久美
 ケアプロ株式会社 / 代表取締役社長 川添高志
 NPO 法人クロスフィールズ / 代表理事 小沼大地
 株式会社マイファーム / 専務取締役 浪越隆雅
 株式会社Kaien / 代表取締役 鈴木慶太
 特定非営利活動法人ブレーンヒューマニティー / 事務局長 松本学
 株式会社AsMama / 代表取締役社長 甲田恵子
 特定非営利活動法人ノーベル / 代表理事 高亜希
 認定NPO 法人Teach For Japan / 代表理事 松田悠介
 株式会社坂ノ途中 / 代表取締役 小野邦彦
 株式会社西粟倉・森の学校、エーゼロ株式会社 / 代表取締役 牧大介

なぜ、こうした起業家たちが西粟倉に集ったのか。まずは、インパクトラボメンバーとして弊社代表の 牧大介(以下、牧)が参加していたことから、「牧の現場となっている西粟倉村とはどんなところだろう」「何が起こっているのだろう、どんな人がそこで暮らし、生きているのだろう」と興味関心を持っていただいたことが発端となっています。
 

社会起業家たちは都市部を拠点としていることが多く、あまり地域の現場に触れたことがない、ということもありました。「あ、それなら皆さん西粟倉に来てください」という牧の言葉に「じゃあ行こうかな」と手を挙げていただき、「あ、じゃあスタッフも一緒に連れて行こうかな」「じゃあ、家族も」と人数も増え、夏休みin西粟倉のインパクトラボ合宿企画が立ち上がりました。

皆さんを西粟倉村にお迎えしたのは8月19日。この日はとにかく夏休み。ゆっくりのんびりしてもらう時間でした。

地元の方に場所を貸していただき、野菜収穫、生地をのばすところからのピザづくり、魚採りや水遊び。そしてジャズが流れる中、温泉あがりにビール片手に迎えた夕暮れ。
 

そんなゆったりとした時間の中、皆さんの会話のやりとりはどんどん熱くなっていきました。話の内容は、やはりというか、事業に関するものが多くを占めていました。分野は違っても、それぞれが芯の通った活動をしていることは同じだからこそ共感し、応援し、話は続きます。そんな様子は、まるで久々に故郷に帰った仲間同士が集まったように見えていました。

そして2日目と3日目はヒアリングとワークショップを実施。この2日間を通して、西粟倉の現状と可能性、また参加者の方々の知識や経験を掛け合わせて、村での新しい取り組みや事業が生まれるなら何かについて考えていきました。ヒアリングやワークショップは「農林業」「福祉・子育て」「人材育成」の3つにテーマを分けて行いました。それぞれのテーマで実施されたヒアリングや、ワークショップの一部を紹介しておきます。

「農林業」

植林現場から、切り出した木材が置かれている土場、そして製材所、と産業の川上から川下までを一貫した、現場訪問を実施。95%森林に囲まれている事実や、村の主産業である林業を実感していただきました。一方、平地な農地がなく、農業にとっては圧倒的に不利な状況も目の当たりにしました。

しかし発想を転換し「山があるなら山で出来る農業をやればいいじゃないか!」と、日本全国の中山間地域の農業が抱える課題にも波及するテーマを西粟倉で挑戦したいと盛り上がりました。話はそこにとどまらず、今回参加された農業分野での事業をされているマイファームさん、坂ノ途中さんとエーゼロとで研究活動を続けてみようという話まで出て、具体的なアクションに繋がるかもしれません。

「福祉・子育て」

役場や教育委員会の方々へのヒアリングでは、西粟倉の少人数をデメリットにしない教育や、「学力」をつけるだけでなくいかにして「生きる力」をつけていくか、それら現場の声を聞く中で「これは日本の先端の教育現場になる!」と感動の声が漏れていました。

議論では病児保育事業をされているノーベルさんがこのチームに入られていたこともあり、また働くお母さんが大きな戦力となっている企業が増えつつある西粟倉の現状から、病児保育を村で事業展開する可能性を探っていきます。しかし「病児保育だけでなく声がかけやすい関係性が形成されることがとても重要なのではないか」と話は広がり、結果、病児保育だけでなく育児や高齢者福祉に関わるサービスを複合的に行う、コミュニティの中核機能を担う「場」づくりの必要性に行きつきました。

「人材育成」

このチームが一番印象に残ったのは、役場の方が口にした「リスクを取る」という言葉。その「リスク」が指すのは予算ということではなくて、「新しいことに挑戦する」ということです。新しいことに失敗はつきものですが、その失敗が本人やその他の人の次の新しい挑戦を止めてしまうことにならないように、覚悟ある挑戦は役場が全力で支えます。「役場がリスクを取る」なんて、聞いたことがないとその場にいた全員でどよめきが起こっていました。

またUターン者を意識した中で、ブレーンヒューマニティさんが実施している、ワークキャンプを西粟倉でも出来ないかと話が出ておりました。ワークキャンプは、大学生が企画運営しておりこれに西粟倉出身の大学生が参画し、また参加者も都市部からと村内からも参加出来れば双方にとってとても大きな出会いと学びなのではと期待も膨らみました。

 

インパクトラボ合宿が示してくれたもの

2泊3日インパクトラボ合宿のヒアリングとワークショップを通じて化学変化のような出来事が次々と起きました。小さな可能性でも、そこに想いや力を注ごうとする人にとって、西粟倉はうってつけの研究開発地であることを今回感じました。「こんなことがあればいいのに」「これはやってみたい」と、次々と浮かんでくるアイデア。「それやれますよ!」「やってみてほしい!」と呼応する村の人たちからの共感や応援の声。そんな場面をこの3日間で何度も見ることとなり、実感したことです。
 

併せて、そのアイデアを出したのが、これまで未来を描き実現させてきた社会起業家の方々であることも大きな意味を持っていると思います。創業期を越えようとする段階の起業家から見ても、更に挑んでいける可能性を持った村である。それは、ローカルベンチャーの集積地となってきている西粟倉村が更に一段上がり、ますます面白い展開に突入していくことを指していると思います。

また、ヒアリングに同行して話を伺う中で、改めて見えてきた村の強みがありました。それは、不利だとか不可能だとしても、まずただの「状況」として捉え、受け止める強さ、そして「じゃあどうするのか」と可能性を探し挑み続ける強さです。例えば、間伐材は価値が低い、それなら価値をつけられるような間伐材ありきの商品開発や営業販売をしたこともそのひとつです。
 

山の管理を役場が一元管理しようとしても地権者が1,300人と多く、村外にも分散していてまとめるには何十年もかかる…普通だったら諦めてしまうところです。そこで、「いや、何十年か費やせば一元化が叶うなら何十年かけてみよう」と役場が指揮をとる、百年の森林構想もそうです。こうした考え方や行動があるからこそ、村は常に変化し続けられるのだと思います。

そして、インパクトラボ合宿は私たちに気づきだけなく、宿題も与えてくれました。今回、村内外問わず、この村に関心がある人たちが集い考えることで、「西粟倉」が多くの人にとっての、それぞれの形での居場所になり得るような感覚がありました。

西粟倉には、まださまざまな課題があります。人口減少が進んでいることもそのひとつ。国立社会保障・人口問題研究所(H25・3)による人口推移と詳細推計では、平成27年度は村の人口は1,442人と予測されていたにも関わらず、実際は1,530人と、様々な取り組みが効果を示し人口減少のスピードは緩やかになっています。しかし、人が増えているわけではありません。

 

 国立社会保障・人口問題研究所(H25・3)

また、移住者を多く受け入れるなど、人口増加を目指すには、村内の宅地不足というハードルもあります。そんな今の村の状況と、村外の方と今回過ごした時間や、前述したような面白い化学反応を照らし合わせると、人口とは何だろうと問いかけられているように思います。人口とは住んでいるということだけに限らず、そこに西粟倉が示せる新しい村の未来の形がなにかあるな。そんな風に感じます。答えはまだ見つかりませんが模索し、考え続けていかなければならないことだと思います。
 

外から見た、「西粟倉村」とは

今回、参加者の方々にアンケートもとらせていただきました。一部抜粋したものを転載させていただきます。皆さんの目に写る西粟倉を言葉にしたいただくことで気づくことが本当に多く、大変ありがたいメッセージでした。

***

・役場の動きがとてもはやい事、起業家にとってとても心強いと思います。
森だけでなく、物づくりや人づくりなど様々なニーズがある、近くに大都市がない。この村ならではのベンチャー企業を求める素地があると思いました。
(株式会社Kaien / 代表取締役 鈴木慶太さま)
 

・素晴らしい時間でした。この機会を作ってくれたA0、村のみなさん、ETIC.のstaffに心から感謝です。オオサンショウウオに出会えたこと、初めて揺れる電車であわくら温泉駅まで来たことで出会った風景。西宮から来たのですが、この距離で、時間で、こんな楽しい素晴らしい場所があることに感激しました。また、オオサンショウウオが多くいることを知っている牧さん他、数人の人以外は意外とオオサンショウウオがたくさんいるとは知らない方も多く、同じように見ている風景も人によって見え方が違うと気づきました。自分も自分の住むエリアや周囲に関してきっと見えているものと見えていないものがあると思います。

何より、教育委員会の方との対話は衝撃的でした。考えていること、目指すもの、学力以上のものを目指していること、教員の研修など、今、世界教育やリーダー育成のフロンティアと同様のことを自ら切り開こうとしていて感激しました。
今後、再訪の際には、現場を是非お邪魔させて頂きたいです。また、自分も関わっている海士町や島根県の高校や教育の魅力化プロジェクトの連携、Local Venture Schoolや協力隊などの人材育成を通じた西粟倉での新しい未来にご一緒できたら幸いです。うなぎおいしかったー!!
(イノラボ 井上英之さま)

・いざ移住しようと思うと、仕事のこと、住まいのこと、家族のこと、さまざまなハードルがあって相当な覚悟がなければ飛び込んではいけない――と思われがちですが、西粟倉には、「悩みながら模索しながらだっていいんだよ」という懐の深さがあるように感じられました。それは同じように悩みながら進んできた人たちのロールモデルが存在すること、人と人との関係を取り持ってくれる役場の皆さんの果たす役割が大きいようでした。
(株式会社マイファーム 木本一花さま)

・起業する代表って孤独だという話をよく聞くんですが、西粟倉はひとりじゃないなと。村の人、役場の人、エーゼロさん、応援してくれる環境や「助けて!」と言える土壌があるのは、本当に背中を押してくれる要素だと思いました。役場の人、村の人みんなが想いを持って大きな共通ビジョンを持ってらして、こんな村があるんだ!!と驚きました。何をやるかも大事ですが、誰とやるか。ステキな村の皆さんの存在が何よりの価値だとも感じました。(特定非営利活動法人ノーベル 吉田綾さま)
 

・山があって川があって植物があって動物がいて優しい人たちがいる。学校では学べないことが西粟倉ではたくさん学べるということを一番感じました。ここまで真剣になって村のことを考えている役場の人は見たことがないし、一緒になって何かをやろうとしてくれる人がいることが衝撃的でした。高校進学=村から出るという構図は仕方がない部分かもしれませんが、高校を卒業して、大学を卒業して、「村に戻ってきたい」と思える村になってもらいたいと思いましたし、自分も力になりたいと思いました。

また、多くの大学生や若手の社会人にこの村のことを知ってもらってこの村で何かを始めてもらいたいとも思いました。大学を卒業して大企業に行きたいと切望する人は多いですが、そこになにか大きな意図があるとも思わないし、もっと自分の力でできることをやってほしいと思いました。そういうことが自由にできる環境もあってすごくいい村だと感じました。
(特定非営利活動法人ブレーンヒューマニティー 片岡一樹さま)

・西粟倉のことを今まで話に聞いたり読んだりして理解していたと思っていたけれども、一度来て思うのは、来る前の理解はほんの数%くらいだということです。興味のある人はとにかく一度来たらいい、それくらい特色ある場だと感じました。また原生林が多くのことを語っていたことも新鮮な発見でした。牧さんガイダンスのおかげで森林の営みを垣間見ることができ、森にも社会があるのだということ、それはどこか人間の社会にも似ていることに触れることにできました。 西粟倉にIターンが集まるのは先人がいるからだと思っていましたが、他の要因が大きいのではないかと今は思います。
(NPO法人ETIC. 本木裕子さま)

・様々な面で、自分のこれまでの頭の中を一歩超えた考え方に出会いました。森の学校ではmarket-inを超えたproduct-outを感じました。2日目夜の起業家、役場の方の懇親会では、元々この地域にゆかりのないIターン者がここに移住してここで思い切りやりたいことをやることで地域に対する愛着や当事者意識が育まれていく様子を目の当たりにできました。
3日目のセッションでは役場の白籏さん、大輔さんのお話から、村、地域に対する強くて深い愛を感じました。そしてそれが揺るぎないからこそ移住者に思い切り事業に取り組ませてあげられる環境を惜しみなく提供できているのだなと感じました。こういう、本当の「好きなこと」や本当の「地域に対する愛」が西粟倉の魅力の根本にあるのだと感じました。ありがとうございました。
(NPO 法人クロスフィールズ 中山慎太郎さま)
 

・キャリアや暮らしを外に探してしまう事もあるけど、おそらくどこに行ってもプラマイ(+-)はあるし、多様な価値観・考え方の中で自分の理想は自分たちで描いていくとより深く・楽しいモノになっていくと思う。そういう意味で西粟倉は豊かな自然や想い/やる気がある方が多く…でもまだスペースがあり、様々な可能性や想いを実現するのにチャレンジしやすい/しがいがある場だと感じました。今いる人達と新しいエネルギーが一緒になって新たな価値/生き方を模索し続けるラーニング/チャレンジフィールドとしていいなーと。今回のような機会、ローカルベンチャー、インターンの機会など、まずは触れるきっかけ、しばらく滞在しチャレンジできる場を作る中でどんどん人が行き来し新しいモノが生まれる予感がします。
(三代裕子さま)

・西粟倉の一番好きなところは、「遠慮がいらない」ところです。普段の生活では、本質にせまった意見は伝わらなかったり、「わかってるけどさぁ」という反応が多いのに、ここでは本音で意見を伝え合える感覚がありました。特に役場の方々が自分事として働かれていることを「それって当たり前じゃないの?」とおっしゃっていたのには驚きました。
まっすぐな想いを大切にできる風土がある西粟倉は、ただの起業家を生む場所ではなく、自分らしさに気づけて大切にした事業を生む人が生まれる場所なんだなと感じました。「事業を興すなら西粟倉で」ということが個人的にとてもしっくりきています。西粟倉の人と森が投げかけてくれた「もっとど真ん中のチャレンジをしてもいいんだよ」、「時間をかけてもいいんだよ」という選択肢をもって東京に帰ります。
(高橋玄太郎さま)

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今回は社会起業家の方に村を訪れていただきましたが、現在、西粟倉ではこの村を拠点に新しいチャレンジをしたい起業家を求めて、ローカルベンチャースクールのエントリーを10/8まで受け付けています。(西粟倉ローカルベンチャースクールのページはこちら

「西粟倉のことを今まで話に聞いたり読んだりして理解していたと思っていたけど、一度来て思うのは、来る前の理解はほんの数%くらいだということ」。こう感想にもいただいたように、西粟倉村をあまり知らない中で事業計画を立てることは大変難しいことです。計画を練り上げていくには事業拠点となる西粟倉村に来てみた上で、そこで暮らす人たちや共通の関心を持つ人たちと共に意見交換、議論することが不可欠だと考えています。

なので、完璧なプランを求めているわけではありません。ただ、エントリー時の書類作成で「これがしたい」「なぜこれをやりたいのか」という熱い想いを明確にしていただくことは、とても重要だと思います。そして合宿にて、西粟倉での未来をより具体的に描き、どう実現させていくか一緒に考えていきましょう。

ローカルベンチャースクール、今後予定していくツアーや視察等を通じて、西粟倉に訪れていただける機会をとても楽しみにしております。
 

西粟倉ローカルベンチャースクール2016

http://guruguru.jp/nishihour/lvs