岡山県
西粟倉村
にしあわくらそん
18歳、西粟倉からアメリカ へ。「小さな村で過ごした15年間があったからこそ、今の自分がある」
Date : 2025.08.12
長年西粟倉村で暮らしてきた一人の青年が、
2025年8月、夢を叶えるために村を発ちます。
2025年春に高校を卒業した、チャールズ広伸さんです。
村内のローカルベンチャーである「軒下図書館」のチャールズ・オリビエさん、裕美さんの長男でもあります。
はつらつと話し、気持ちよくコミュニケーションをとる好青年のチャールズさんですが、
その口から語られたものは、
「自然豊かな村で、悩みもなく育ちました!」という単純な物語ではありませんでした。
彼なりに悩み、もがき、そして前を向いたときのこと。
今胸に秘めている、覚悟。
正直に、ていねいに、語ってくれました。
応援をこめて、この物語を贈ります。ぜひ、触れてください。
ロンドン生まれ。3歳のときに家族4人で西粟倉へ
— チャールズさんは、3歳のときに日本へ来たそうですね。
チャールズ:はい。僕は、2006年にロンドンで生まれました。フランス人の父と日本人の母は、それぞれイギリスで働いていて出会ったんです。 母は西粟倉村から車で約1時間のところにある岡山県津山市の出身です。母方の曾祖父の家が西粟倉村にあったことから、2009年に父と母、当時3歳の僕と0歳の弟の4人で西粟倉村へ移住しました。 その家をリノベーションし、今もそこで暮らしています。
— チャールズさんは、約15年間も西粟倉村にいるんですね。お母様の裕美さんは、以前このメディア「Through Me」で取材させていただきました。村内で古民家B&B「軒下図書館」を経営していますが、その仕事から影響を受けたところはありますか?
チャールズ:母は、表に出て人と話すこと、人と繋がることに対してすごくポジティブです。とにかく人と出会って話して、つながっていくんです。初めて会った人でも、その後もしかすると奇跡的にまた繋がるかもしれませんし、実際に泊まりに来てくれたお客さんが僕が行きたかった大学の卒業生であることも数回あったので、大学の情報収集をする上ですごく助かりました。

— 春に高校を卒業したそうですね。
チャールズ:鳥取県にある青翔開智高等学校に通っていました。自宅のすぐ近くに西粟倉駅があって、汽車に乗って1時間半ぐらいかけて通学していました。ちなみに汽車とは、ディーゼルエンジンを搭載した気動車のことですが、村の人たちはみんな汽車と呼んでいます(笑)。一学年の人数が50人と比較的少なかったこと、先生との距離が近くてサポートが手厚いこと、英語に力を入れていることなどから、この高校に決めました。素敵なクラスメイトと先生たちに恵まれた、とても楽しい3年間でした。

(汽車での通学で毎日利用した駅)
— 県外の高校に行って、西粟倉の良さに気づいたことはありましたか。
チャールズ:実は高校生になって、主体的に自分から西粟倉と関わりを持つようになりました。土日は自宅にいて時間があり、自分に何ができるかなって考えたんです。僕には海外に進学するという目標があり、そのためには課外活動に取り組むことも大切だったので「この村に住んでいることを活用して、村で何か新しいものを生み出せないかな」と考えました。
そこで、西粟倉での芸術祭「森々燦々(しんしんさんさん)2024」にアート作品「色の違う歯車」を出したり、ダンスパーティーを開催したり、全国のスピーチコンテストやビジネスコンテストに応募したりしました。
ダンスパーティーを企画したきっかけは、高校1年生の夏に行ったイギリス短期留学での経験です。留学先の先生が発案して、週に3回ほど放課後に開催されました。僕はそんなにワイワイと騒ぐタイプではなく、最初は端っこでみんなが盛り上がっているのを見ていたんですけど、回数を重ねるうちに馴染めてきて、気づいたら自分も輪の中に入って、夢中になって踊ってましたね(笑)。
帰国後、新型コロナウイルスの感染症対策が5類になったときに ダンスパーティーを2回開催したんです。1回目は「あわくら会館」のホール、2回目は「BASE 101%」でやりました。

— 自分で企画して、人が来てくれたり感想を言ってくれたりするのって、嬉しいですよね。
チャールズ:1回目は僕が知っている人を中心に10数人、2回目は本格的にDJに入ってもらって50人 ほど来てくれました。自分のビジョンや取り組みに興味を持ったり、共感したりして来てくれたので、嬉しかったです。
コンテストでは、東京大学で行われた「未来と健康のための高校生ビジネスコンテスト」で4位、中高生向けの英語スピーチコンテスト「EFスピーチグランプリ」で2位をいただき、村の外に出て、全国を舞台にしても自分の力は通用するんだ、と自信がつきました。
疎外感をおぼえた子ども時代。高校に入り「自分から変わろう」と活動
— すごいですね! 先ほど「海外に進学する目標がある」というお話でしたが、今回それが実現されるんですね。
チャールズ:日々の学びや経験を通して将来対する考えは少しずつ変化しているので、将来の夢を一言で言い切るのは難しいです。ただ僕が今関心があるのは、世界の貧困状態にある子どもたちが教育を受けられるようにすることで、その実現のために将来は国際機関で働きたいと考えています。
社会的排除に苦しむ人を助けたいと思うようになったのは、自分の出自が関係しています。父がフランス人の黒人で、自分の肌の色も少し黒いですし、髪の毛も真っ直ぐではないので、目立つんですよね。それで小中学校の頃は人間関係がギクシャクしたことがあり、疎外感をおぼえながら学校に通っていました。それでも、どうやったら周囲に認められるんだろうか、好かれるんだろうかと必死に考えていました。
高校1年生のときにイギリスとフランスに2週間ずつ行き、高校2年生のときにインドに3ヶ月間、留学しました。これらの短期留学でさまざまな国籍を持つ人と交流し、少しずつ自分のアイデンティティを理解し始めたんです。
イギリスではいろいろな国から集まった同世代の人たちと過ごすなかで、自分と自分を囲む社会についてそれまでとは違う見方ができるようになりました。「日本の外に出ると僕の考えはこんなに変わるんだ」と実感し、海外の大学に行きたいと考えるようになったんです。
インドではいわゆる労働階級の人たちと一緒にボランティアをして、今でも根強く残るカースト制度を目の当たりにしました。さらに帰国して、黒人である父が言語や人種の面で苦労しているのを改めて感じました。そうやって、法律や制度の問題で、自分の力だけでは自分を守れないような立場にいる人をたくさん見てきて、そういう人たちを助けたいと思うようになったんです。
でも、そう決めたのは2024年 くらいです(笑)。その前は心理学や精神科学に興味がありました。苦しんでいる人を助けたいっていうところは一貫しているんですけど。

この夢を叶えるために、2025年8月にアメリカへ渡って寮に入り、9月からボウディン大学で政治と国際関係を学びます。給付型の奨学金を二ついただけることになり、実質無償で通うことができます。奨学金が決まらなかったら留学はしない覚悟で準備していたので、こういう形になってとてもうれしいです。
両親や学校の先生、知人に相談したり、海外留学を目指す人向けのコミュニティに参加したりして情報収集し、オンライン説明会やバーチャルツアーなどを経て、自分で受験する大学を選びました。アメリカにはリベラルアーツカレッジという、小規模で教授との距離が近い大学があって、その校風に惹かれて出願しました。
実はまだボウディン大学に実際に行ったことはなくて、アメリカへ行くのもほとんど初めてなんです。1歳の頃に渡米したことはあるらしいんですが、覚えていないので(笑)。
— 高校時代のお話がアクティブで華やかだったので、小中学校時代のお話は意外でした。話してくれてありがとうございます。
チャールズ: 僕が馴染めなかった原因は、おそらく本来人間に備わっている性質として仲間や友達が欲しいので、必死に好かれようとしていたからです。その結果、自分は他人からどう見えるのかを意識しすぎて、本来の自分を隠し、自分が誰か分からなくなっていたんだと思います。
海外で、「みんな本当に自分の意見や考えを持っていて、芯がすごくしっかりしているな」と感じた経験は大きかったです。みんな、何を言うときも自信を持っていて、恥ずかしがらずに堂々としている。失敗を恐れずに挑戦する。そういう姿を見て、「自分にしかない話し方、行動、雰囲気をどんどん出していかないと、本当の自分を分かってもらえない。偽りの自分を見せ続けても、人は共感してくれない。自分らしく振る舞おう」と振り切ることができましたね。

(自宅前からよく見た村の風景)
高校での活動や留学を通じて、いろいろな考え方を持った人と出会い、こんなに小さな村でも「おもしろい人たちがたくさんいる」と実感できました。小中学生の頃って行動範囲が決まりがちですよね。日々同じ人たちと会うので、考え方や価値観が限られていたんですが、今は視野が広がったことで西粟倉に対して全く違うイメージを持って過ごしています。今は、人それぞれの生き方、コミュニケーションの仕方、暮らし方を尊重した上で、お互いにうまく協働していきたいと思っています。
今思えば、西粟倉でやったダンスパーティーなどの活動は、大学入学のための課外活動だけではなく、「自分から変わろう」とした行為だったんです。自分だけではなく、同じような悩みを持っている人が世界にたくさんいるということも知ったので、いつかそういう人たちの力になりたいです。
自分から行動して学ぶことが一番の収穫になる
— 高校卒業後の西粟倉では、どんなふうに過ごしていたのですか。
チャールズ:フランス語や英語を勉強して、新生活の準備が中心です。ほかにはアルバイトをしたり、村内で 散歩をしたり、村内の小学生が運動遊びなどを行う地域クラブ「あわくらACPクラブ」のお手伝いもしています。
週末は津山から祖母が帰ってくるので、一緒に散歩するんです。夏は、自宅の前に大きい川があるので、そこで遊んでいましたね。

(あわくらACPクラブでのお手伝いの様子)
— 最後に、夢や進路に悩んでいる中高生へのアドバイスをお願いします。
チャールズ:小さい頃って、何が正しくて何をしたらいいのか、僕は分からなかったんですよ。中高時代は「これしようかな。やっぱりあれにしようかな」と悩みました。自分から行動して学ぶことが一番の収穫になるので、行動できる環境を整えることが大事だと思います 今いる場所から出て、新しい文化・人・価値観に触れてみると世界は思っているよりもずっと広いんだって気づいたり、世界の見方が変わったりするので、国外ではなくても、いつもとは違う環境に身を置くことを大切にしてほしいです。

(お父さんやお祖母さんが手入れされている家の草花)
特に西粟倉の子どもたちの多くは、村内に高校や大学がないため村を出ていくことになるので、自分はどういう人間なのか、何に興味・関心があるのかを理解した上で、ちゃんと旅立ってほしいなと思います。
海外の大学に入りたい人に伝えたいのは、国や大学によりますが、「成績や英語力だけではない」ということです。いろいろな経験を積み、自分のストーリーを持っている人が求められます。西粟倉の子であれば「村自体がすごくユニークなので、自分の魅力や価値、自分のストーリーをつくって挑んでください」と伝えたいですね。西粟倉って田舎ではありますけど、明らかに元気があって、それはすごいことだと感じています。
— 新生活や夢に向けた道、応援しています。
チャールズ:英語の授業にしっかりついていけるのかは心配なんですけど、いろいろな国から人が集まるので、一つひとつの新しい出会いがとても楽しみです。西粟倉のみなさん、いってきます。

村の人から「いってらっしゃい」
— チャールズさんの旅立ちに合わせて、「いってらっしゃい」のコメントを集めさせてもらいました。
| ひろ君へ
ひろ君が、受験勉強をしながら村でアルバイトをしていた時も、徒歩1分の距離(笑)をよっちゃんの通学に付き添い歩いている時も、その笑顔をひと目見るだけで、「今日も世界は大丈夫!」と、沢山の元気をもらっていました。Character is destiny. 毎日ひたすら行動を積み重ねて「奇跡」を起こしたその人間性こそが、これからも行先を照らし、ひろ君という人格に惹かれる多くの方々が、必ず支えてくれることを確信しています。私たちが見たことのない世界を切り拓き、希望を分けてくれて本当にありがとう! にしあわくらモンテッソーリ子どもの家 |
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手品をさらっと見せてくれたこと、印象的でした。 いつも笑顔でさわやか。いろんなことをパッとできてしまうように見えているけど、きっと見えていないところでたくさんの努力を積まれていると感じています。どこに生きても背筋を伸ばして颯爽としている姿を想像します。 自らの「軸」は他人の中にはありません。様々な環境でそぎ落とされたとしても、まだ残るものがきっと貴方の大事なものだと思います。よき旅路を願っております! 一般社団法人Nest |
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誰にでも明るくフランクに接することかできて、いろんなことに興味関心を持って学び、チャレンジできる広伸くん。 これからどんな場所に行っても、西粟倉でいろんなことに挑戦してきたように、たくさんの人と繋がりながら自分の世界を広げていくことができるんだろうな~。また帰ってきたときには広伸くんが見てきた世界を教えてください。 一般社団法人Nest |
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「一緒に何かやってみたい!」と情熱のあるメッセージをもらってから、ダンスパーティを企画したり、地域食堂でお互いのワクワクを話し合ったり、どれもとても素敵な思い出! 明るくて好奇心旺盛で、人知れず周りの機微も感じ取れる、そんな姿がとても印象的でした。アメリカでもたくさんの刺激を自分の糧にして、バイブスどんどんアゲていきましょう。 次に会うのは西粟倉か、はたまた世界のどこかかもしれないね! 一般社団法人Nest |
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| 広伸くんへ。
アルバイトをきっかけに出会えたことをとても嬉しく思っています。 株式会社エーゼログループ |
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気づけば、はや10年以上。 株式会社エーゼログループ |
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