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特集「SDGs×生きるを楽しむ2021」 5 教育委員会×Nest 「自分らしく生きる力を育む、新しい教育を生みだす挑戦」

2020年4月、西粟倉村で設立された『一般社団法人Nest(ネスト)』。

教育分野の新規団体だそうですが、村で何を担い、子どもたちにどう関わっていくのでしょうか。

村としての教育の方向性と合わせて、西粟倉村役場 教育委員会の主幹・榎原(えばら)まゆきさんと主事・白岩将伍さん、『一般社団法人Nest』の今井晴菜さんにお聞きしました。

西粟倉村の「SDGs×生きるを楽しむ」を伝える特集企画の、第5回の記事です。

 

0から1をつくるため、どうしたらいいかを学ぶ場

— はじめに『Nest』がどのような組織なのか、教えていただけますか。

榎原:西粟倉村には、小学校と中学校が1校ずつあるだけで高校がありません。そのため、中学卒業・高校入学の“15の春”を機に多くの子どもたちが村外へ出てしまいます。

そのときに胸を張って羽ばたけるよう、“15の春”までに村の自然や多様な大人の生き方に触れて、主体性や自分らしく生きる力を育めたら、と考えたんです。『Nest』は、その環境づくりを行う組織になります。

具体的に担うメインのプロジェクトが、「あわくらみらいアカデミー(以下、アカデミー)」です(参考記事はこちら)。これは、役場で結成された地方創生推進班で「中学生が村を離れて社会に巣立っても、やりたいことをして生きていく力を身につけてほしい」という願いから、2017年に誕生したものでした。

教育委員会で学校教育を担当し、二児の母でもある榎原さん

白岩:中学生が0から1をつくりだす経験をする場です。岡山県内で活動している『NPO法人だっぴ』と組んで実行委員会になっていただき、村の大人と子どもたちがフラットにテーマトークをしたり、子どもたちが話を聞いてみたい大人を招くイベントを開催しました。

2018年に行った「だっぴ」によるワークショップ

榎原:アカデミーは2年間、私と白岩をはじめとした地方創生推進班のメンバーを中心に運営していたのですが、役場だけの体制では運営がむずかしいため、『Nest』ができました。アカデミー業務だけではなく、学校教育のコーディネートや西粟倉村も参加している『さとのば大学』のコーディネート業務なども行う外部団体です。

白岩:自治体職員や学校の先生には、いつ異動になるかわからないというリスクがあります。地域で活動するうえで、村のことを継続的に知り深めていける体制が必要だと考えました。

教育委員会で社会教育・生涯学習を担当する白岩さん。1児の父です

子どもたちが輝く瞬間に立ち会える喜び

— 次は『Nest』の今井さんにお聞きします。今井さんはアカデミー業務で、具体的にどのようなことをされているのですか。

今井:事務局と、現場にも出るプレイヤーもしています。2020年には紙すきなどの講師をお招きして、子どもたちの視野を広げる活動をしました。村の子どもたちに、やってみたいことが「できた!」という経験を積んでほしいと思っています。

アカデミーの活動に共感し、2020年より『Nest』で活動し始めた今井さん

今井:先日、こんなことがありました。中学生の女子から「もうすぐ誕生日を迎える子がいるから、何かサプライズプレゼントをつくりたい」と相談され、みんなでいちご大福をつくることにしたんです。教育委員会に相談したら、村内のいちご農家さんを紹介してくださり、子どもたちがいちご狩りを体験することに。

収穫後、調理はあわくら会館で実施し、遊びに来ていた小学生にも「今日サプライズするから手伝ってな」と話して、小中学生11名で一緒につくったんです。子どもたちが自分で考えて主体的に動き、私はサポートにまわりました。その結果、サプライズは大成功。農家さんへの感謝なども感じてくれたようで、良かったなと思いました。

やってみたいことを実際にやったときの子どもたちは輝いています。私はその「できた!」というときの顔が大好きで、その場に立ち会えることもうれしいんです。アカデミーの活動をより分厚くしていきたいです。

みんなで収穫したいちごでお菓子づくり!

村内の講師を招いて、紙を自分でつくってみるワークショップを実施

— 学校でのコーディネート業務は、どのように行っているのですか。

今井:私を含めたコーディネーター2名が、小中学校に週3回入らせていただいています。小学校には「ふるさと元気学習」という取り組みがあり、地域の人に講師として授業をしてもらっています。中学校では、SDGsに関するワークショップ授業や、3年生の放課後自習のサポートなどを行っています。

例えば「ふるさと元気学習」では、社会科の授業に警察や伝統文化が登場することから、村の駐在所の方や粟倉神社の獅子舞の担い手の方に来ていただきました。直接お話を聞くことで、教科書とは違う、地元でのリアルな取り組みを届けられます。働いている人の思いなどを直接聞くと子どもたちは心を動かされるようで、その授業後、「駐在所で働きたい!」と言った子がいたほどでした。

英単語のnestには、「巣、安心できる場所、企みをする場」という意味があります。『Nest』は、育ってほしい子ども像をこう掲げています。「ね」は、真っ直ぐ太い幹になるため「根」(生き抜く力)を自由な方向に力強く伸ばす。「す」は、自分の「素」も他者の「素」も大切にできる。「と」は、さまざまな人たち「と」共に創る——。私は、近くで寄り添ってくれる人、という存在になれたらいいですね。

獅子舞の授業の様子

共に働く仲間や教育への思いがある起業家、募集!

— ところで、子どもが村で育つ良さは何だと感じていますか?

白岩:都会より子どもが少ないことで、例えば生徒会や委員会など、役割が一人ひとりに与えられているんです。子どもが多いと「あいつがやってくれたらいいや」と思う子がいるものですが、西粟倉ではみんながそれぞれ何かを担当しています。

また、子どもたちに考えさせることを先生たちが意識し、共有している点も良さの一つです。先生たちのこのスタンスがあるからこそ、子どもはチャレンジがしやすい環境にあるのでしょう。このスタンスは継続していきたいです。

榎原:子どもが苦手なことでも、できるように先生がもっていってくれますよね。先生どうしが共有して、(担任が)違うクラスの子どもであってもそれを分かってくれている安心感があります。

— そんな素敵な村に、いろいろな方が関わってくれるといいですね。今、募集している人や関わってほしい人はいますか?

今井:一緒に働く仲間を募集しています。子どもたちに正解を示すというよりも、誰がその子の“先生”になるかは分からないことを念頭に置きながら、多様性を大事に、その子らしさに寄り添って未来をつくっていける人だといいなと思っています。

白岩:多様な大人に関わることで子どもたちの人間性が形成されていくので、すでに村に来てくださっている関係人口の方はもちろん、いろいろな起業家の方たちに来ていただけたらいいなと思います。特に、教育への思いがある起業家の方、教育分野の経験が豊かな方は大歓迎です。

榎原:中学生では「職場体験」の授業があるので、子どもがなりたい職業の人と話ができる機会があったらいいなと思っています。

今井さんがバレンタインデーに実施した、チョコレートづくり体験

— 今後、やっていきたいことはあるのでしょうか。

今井:教育を目的にした移住の窓口としても機能していきたいと考えています。村には、モンテッソーリ教育を実践している教室英語教室、スポーツ少年団などがあり、それぞれ活発に活動されています。それらをまとめたプラットフォームを2021年度に始め、彼らの願いや言葉を発信する予定です。

白岩:多様な友達と一緒に学び合い、多様な感性を育てていくために、子どもたちの数は必要だと考えています。教育移住窓口は家族単位の取り組みなのですが、子どもだけで村に来る山村留学のような活動もしていきたいです。ただの山村留学ではなく、ローカルベンチャーイズムをもった子どもたちを育むような「百年の森林留学プログラム」を考えています。村の子どもたちも、きっといい影響を受けるでしょう。

— すばらしいですね。今『Nest』に期待していることはありますか?

白岩:学校も地域の一つだと思うんです。学校の中と外を分けるのではなく、地域の人が子どもたちをより良く育むことを惜しまない村を目指して、学校の要望を聞きながら地域を活用し、形にしていただけたら。

また、先生方にとっても『Nest』の存在が視野を広げるものであってほしいと思います。赴任してくる先生が多いので、地域を好きになれるようにコーディネートできたらいいなと。

榎原:成人式のために村に帰ってきた子たちと話をすると、うれしいことに、ほとんどが「西粟倉村が好き」と言ってくれるんです。子どもたちのなかに、そういう「好き」が育っていくといいなと願っています。