岡山県

西粟倉

にしあわくら

やりたい事業にチャレンジしませんか?夢を叶えるため西粟倉村の「起業型地域おこし協力隊」になった二人に聞いた、起業3〜4年目の正直なお話。

地域で活動をする「地域おこし協力隊」には、自分のやりたい事業を実現できる「起業型」という制度があります。
これを導入して受け入れているのが、岡山県・西粟倉村です。

夏と冬の2回、募集が行われています。

そこで起業型地域おこし協力隊として活動している、染織作家の野田沙織さんと、動物介在教育事業をしている青木潤一さんに起業や現在の仕事、暮らしにまつわるお話をお聞きしました。

すでに夢があり、どう実現しようか悩んでいる人や「いつか起業したい」とビジネスに関心をもっている人などにすすめたい、起業家のリアルで正直なお話です。

 

一から起業するのは大変だけど「この仕組みならできるかもしれない」

— まずはそれぞれ事業の内容について、教えてください。

野田:藍染めと手織りの「SAOL(サオル)」というブランドを立ち上げ、運営しています。藍を栽培して蒅(すくも)という染料のもとをつくり、主に綿の糸を藍染めし、手織りをして、商品をつくっています。またウール製の商品は、通常はニット工場などで廃棄処分されているメリノウールなどの残糸(ざんし)を利用して、手織りをしています。

手織りは、ノッティングという伝統技法を使って、丈夫で長く使える敷物をつくっています。これまでは椅子用の敷物がメインだったのですが、2023年からはラグなどの大きなものもオーダーメイドで制作できるようになりました。

野田 沙織さん

青木:Social Animal Bond(ソーシャルアニマルボンド)』の代表として、動物介在教育事業をしています。動物介在教育とは、学校や子どもたちの学びの場に、訓練されたスクールドッグと呼ばれる犬を介在させる活動です。犬のお世話をしたり、癒してもらったりと学校での犬との関わりを通して、日本中の小中高生を元気にできればと考えています。

また、コミュニケーションのとり方、命とはどういうものなのかを伝え、他者理解を深める授業プログラムも行っています。現在は犬が3頭いて、西粟倉村のほか、岡山県美作市、鳥取県鳥取市でも活動しています。

青木 潤一さん

— 西粟倉村に移住し、起業したのはどういう経緯だったのですか。 

野田:私は以前、東京の商社で働いていました。東日本大震災をきっかけに食や暮らしのことを見直すようになり、この先どうやって生きていきたいか考えた末に、いつか田舎で暮らしたいと漠然と思い始めました。でも、私は田舎に縁がなくて、旅行で行くくらいだったんです。

何年もかけて考えているうちに、藍染めに出会いました。大量生産の世界とかけはなれた、ひとつのものを時間をかけてつくる手仕事の世界に魅了されて、週末に藍染め教室へ通う生活を5年ほど続け、「ものづくりをしながら田舎で生活したい」と決意を固め、仕事を辞めました。岡山県倉敷市に染織を一から教えてくれるところがあり、2018年4月に移住し、住み込みで1年間勉強しました。 

ここで手織りの世界にもはまってしまいました。沙織という自分の名前との縁も感じましたね。はじめはむずかしくて、思うようにできず「向いてない!」と思ったんですが、その分できたときは感動して、うれしくて…。織っているときの気持ちよさと、作品ができたときの愛おしさにも魅せられました。

その後、西粟倉村に遊びに来たときに、起業して支援を受けられる「起業型地域おこし協力隊」の存在を知ったんです。実は、染織の先生には「これで食べていくことはできないから、趣味で続けなさい」と言われていたんですが、私は「やってみないと分からない」と思ってしまったんですよね(笑)。逆にその言葉で「やってみよう!」と。だからといって起業するのは不安だと悩んでいたとき、西粟倉村でのフィールドワークに参加して「この仕組みならできるかもしれない!」と思い、すぐに応募して、2020年4月に着任しました。同時に個人事業を始めています。

青木:私は西粟倉村へ来る前は15年間、京都で私立学校の教師をしていました。一年目に担任をした中学3年のクラスには、不登校の生徒がいたんです。その子と話をすると少しずつ心が通じ、登校できるようになって、卒業式にも参加できました。その後、私の結婚式にも同僚が企画したサプライズゲストとして来てくれたんですね。「子どもって、安心できる居場所があれば、自ら道を切り開ける力が備わっているんだな」と感銘を受けました。でも、その子は進学した高校では居場所を見つけられず、退学してしまいました。

それで悶々としていた頃に知ったのが、動物介在教育だったんです。スクールドッグのおかげで居場所ができたり、友達思いになったりした生徒がいると知り、2018年にスーちゃんという犬を迎え入れ、勤務校で個人活動を始めました。しばらくして、ある生徒の自殺未遂が起こりました。救急車で運ばれて命は無事だったのですが、学校に復帰しても居場所は見つかりませんでした。そんななかで生徒に寄り添ってくれたのがスクールドッグのスーちゃんです。卒業のとき「自分の命を救ってくれた」とまで言ってくれ、その言葉が起業するきっかけになりました。

この活動をもっと広げたい。そう考えたのですが、ノウハウはないし、そもそも教師で起業する人はいない。悩んでいたとき、あるテレビ番組で西粟倉村の特集をしていて、起業家が集まる村だと知りました。すぐにネットで調べて村役場に電話をしたら、「一度見に来られますか?」と言われて。役場のフットワークが軽いなと感じましたね。

早速訪れて、そこで役場の方から聞いたのが「起業型地域おこし協力隊」の制度だったんです。「おもしろそうだな」と思い、一年間通って村の雰囲気を知り、気に入りました。特にいいなと感じたのは「百年の森林(もり)構想」。私の考える教育観と通じるところがあるなと思ったんです。家族も賛成してくれて家族4人で移住し、2021年4月に着任しました。私が当時オーバーワークで子どもとうまく向き合えていなかったので、家族は「いい機会だ」と感じてくれたのだと思います。

スクールドック活動の訪問活動の様子

生徒や教育関係者に向けて講演や講義を行うことも

事業がどれくらい進んだかを報告し、アドバイスをもらえる

— 現在、西粟倉村での暮らしや事業についてどんなことを感じていますか。 

野田:自然が多く豊かですね。なんといっても水がおいしいです。藍染めには自然水が必須なんですが、今住んでいる家には山の水が引かれていて、藍染めにも使っています。畑で藍を育てていますが、耕作放棄地があるので、畑を借りるのもスムーズでした。

村の方たちは移住者の存在に慣れていて、近すぎず遠すぎない、いい距離感で接してくださるので楽だなと感じています。また、村にいろいろな才能をもっている人がいるので、やりたいことがあるときに仲間が集まりやすいのも利点だと思います。

野田さんの藍畑の様子。裏には美しい川が流れる

青木:そうそう、村の方たちは「新しい人」の存在に慣れていらっしゃると思います。だから、いい距離感で接してくださるのだと感じています。個人的には活動しやすいです。その一方で、住んでいる地区ではイベントが多く密接なお付き合いがあるので、バランスがいいなと感じています。

子育てでは、子どもの学校のクラスは少人数なんですが、私は「そのほうがいいな」と。少ないからこそ、生徒一人ひとりをよく見てくれているなと感じます。

青木さんの住む地区では、有志の住民で公園の整備等の地域活動を行っている

— 「起業型地域おこし協力隊」の制度はどう感じていますか。

野田:事業のサポート講義や研修があり、事業がどれくらい進んだか、定期的に報告してアドバイスをいただけて心強いです。また、村には起業家や自営業者が多いので、仲間がいる心強さもあります。悩みを共有できる場所ってとても大切で、そういう話ができる相手がいっぱいいるのはこの村の良さの一つですね。

青木:私は、西粟倉村の「起業型地域おこし協力隊」はその枠組みが非常に柔軟だと感じています。今は、西粟倉村を中心にしながらも他のまちでも活動させてもらっていますし、ほかの自治体に比べて縛りなどがゆるやかで、やりやすいと感じています。

事業のサポート研修の様子

「任期が終わっても、アルバイトをしてでもこの事業を広めたい」と思う

— 移住や起業をする上で大切なことは何だと思いますか。 

野田:大事なのは、「これで食べていくんだ」という覚悟だと思います。私は先生の言葉に反発して始めたわりに、「だめだったらやめればいいや」という気楽な姿勢でもあったので、なかなか覚悟をもてず苦しかったです。最初はお客さんがいませんし、サポート講義でメンターに「本当にやりたいの?」「趣味ではだめなの?」と問われて「自分は求められていないんじゃないか」と…。

でも、頑張って動いた結果、商品が売れたり、お客さんが少しずつ増えたりして「やれるかも!」という瞬間が生まれ、それを積み重ねてきました。今は「簡単にやめてはいけない」と、つくる責任・売る責任を感じています。一番難しいけど大切なのは続けることですね。この仕事一本で食べていけるかまだ分からないけど、できる限り続けたいです。

青木:覚悟は、大事ですね。私は、そもそも3年間でこの事業を成立させるのは難しいと考えているんです。それでも私は「たとえ任期が終わっても、アルバイトをしてでもこの事業を広めたい」と思っています。それくらいに思えるかは大事です。
(編集部注:お二人の場合は新型コロナウイルスの感染拡大期間から活動しているため、国の特例により任期が2年延長され、計5年間が任期になっています)

— 事業で食べていく・続ける覚悟をもち、村に住む強みも活かすことですね。

青木:あとは、地域に住むのって、都会以上にコミュニケーションが重視されると思います。人が少ないから、一人ひとりの動きが目立っちゃうんです。しっかりと地域の方とコミュニケーションをとることはとても大切だと考えています。

野田:その通りですね!本当にコミュニケーションをとることが大切だと思います。私が来た当初はコロナ禍で、人と出会うことができず、県外に出ることが制限されていたので実家に帰ることもできず「私、本当に一人なんだ」と孤独を感じてしんどかったです。コロナが落ち着いてきた頃、移住者のコミュニティに積極的に顔を出すようにしましたが、頑張って馴染もうとし過ぎると、それもしんどくて。さらに、山陰に近い気候の村なので冬は曇っていることが多く、積雪が多いときには家から出られず、精神的にやられることがあるので、気分転換が必要です。

青木:「地域の暮らしって、こうだろう」と勝手な理想をもち過ぎないことも大事かもしれません。村の方たちは「新しい人」の存在に慣れているとさっき言いましたけど、その一方で「3年経ったら村からいなくなるんでしょう」といった率直な意見をいただくこともあります 。

 

— そういう正直な声もお届けできると、検討中の方が参考にできると思います。 

野田:いいことだけを伝えて、せっかく来てくれた方が「イメージと全然違う」と感じたら、つらいなと…。

青木:そうですね。実は私自身「あれもこれもしてくれる」と思っていた部分もあって、一年目に考えを切り替えたんです。サポートをしていただいているからこそ、「こうしません?」と提案する側にまわろう、と。提案すれば、新しいものに真摯に向き合ってくれる誠実さもあって、そこもありがたいなと感じています。

 

事業を広げていき、いずれは「空間」を手がけることができたら

— 最後に、目標を教えてください。

野田:これまでできなかった大きい敷物づくりに挑戦し始めた段階なので、もっと商品の幅を広げられそうです。天然素材にこだわってつくっているのですが、これからカシミアや麻なども使ってみたいですね。

また、いつか自分が日常で使っている暮らしの道具を紹介するお店を開けたらいいなと考えています。使い勝手が良くて佇まいも美しいものを集めているので。

青木:2022年に『一般社団法人 日本スクールドッグ協会』を立ち上げました。会員を募ったり、資格を付与する活動をしたりして全国各地に広げていきたいです。また、今いる犬たちは盲導犬のキャリアチェンジの子たちで、しつけられているので吠えたり噛んだりしません。

保護犬にも人を怖がらない子がいるので、今後はそういう子も迎えたいなと考えています。また、いつかは引退犬が余生を安心して過ごせる老犬ホームをつくれたら。動物の福祉や、共生できるような空間も考えていきたいです。

青木さんの事業で現在活動中のスクールドックのうちの1匹、スーちゃん

— ご活動、応援しています。ありがとうございました。

■西粟倉村 起業型地域おこし協力隊募集について

【エントリー締切】令和5年11月20日(月)17:00(必着)

西粟倉村起業型地域おこし協力隊募集公式サイト
西粟倉村役場ホームページ
DRIVEキャリア

■SAOL(野田沙織さん/染織家)

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■Social Animal Bond(青木潤一さん/動物介在教育事業)

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