鹿児島県
錦江町
きんこうちょう
まちのために大切なのは、人を育てること。そんな熱い思いをもった鹿児島県・錦江町の町長が仕掛け人となって、ローカルベンチャーを応援するチャレンジを始めます!
Date : 2023.09.21
鹿児島県大隅半島の南部にある錦江町(きんこうちょう)。
町長を務める新田(しんでん)敏郎さんの熱い思いをきっかけに、2023年度からこのまちで地域を舞台としたチャレンジを応援する「ローカルベンチャースクール」を始めとしたローカルベンチャー事業を始めます。タッグを組むのは、全国に先駆け、岡山県西粟倉村や北海道厚真町で「ローカルベンチャースクール」を実施してきた『エーゼログループ』です。
錦江町らしいローカルベンチャーとは何なのか。錦江町だからこそ実現できる、豊かな世界とはどのようなものか。
新田町長はもちろん、『エーゼログループ』の代表取締役CEOを務める牧も、まちの明るい未来を本気で願っています。スタートしたばかりの事業ではありますが、二人は何をイメージしているのでしょうか。
まちのことやローカルベンチャーへの思いを語ってもらいました。
人を育てることに情熱を持ち続けている町長
— 新田町長の経歴を拝見しました。現在は錦江町になっている旧・大根占町(おおねじめちょう)の出身で、1985年から大根占町役場に勤め、2005年の合併で錦江町になった後は錦江町の教育委員会や総務課などを経て、2021年から錦江町長になられたのですね。
新田:はい。
牧:僕からもご紹介すると、人やチームを育てることに並々ならぬ情熱を持ち続けていらっしゃる方です。例えば、役場職員をしながら、高校の野球部の監督もされていたんです。僕はそのお話を聞いて、特に子どもたちの成長への熱意と、一人ひとりへの信頼が強い方だと感じました。
— よかったら教えていただいてもいいですか?
新田:大したことではないんですけど、私の出身校は、錦江町の隣の南大隅町にある南大隅高校なんです。遊びに行ったとき、一緒に指導しませんかと誘われ、私は軽い気持ちで「じゃあOBだから引き受けましょうか」と(笑)。
1994年からコーチを3年、監督を7年させていただきました。野球は一人ひとりの特性がとても大事です。性格も含め、その子がチームにどう貢献できるのかを観察しながら、チームをつくっていきます。一つのことに夢中になっている人の姿は、私にとって大きなエネルギー源になりました。今は町役場におりますが、その点は変わらないと思っています。
牧:当時の町長が「いろいろやりたいようにやってみろ」と、若手職員だった新田さんの背中を押したそうです。それから「人を育てる」ことを中心に置かれているのだから、実はもうそこからローカルベンチャー事業は始まっていたのかもしれませんね。
— 新田町長が錦江町でローカルベンチャー事業を始めようと思った理由は何ですか?
新田:私どもは、幼児から中学生まで体系化したキャリア教育を進めてきております。小学生を対象に、将来なりたい職業で活躍している講師とオンラインで対話する「お仕事バイキング」や、大学生との交流を通して自分の夢を発見する「夢発見プログラム」を実施しています。
時代や環境の変化に対応しながら課題に気づき、解決に向けて新たに挑戦できる人材育成ができればと、2020年度からは中学生を対象に「アントレプレナーシップ教育(自らの力で仕事を生み出す能力支援)」も始めました。町内にサテライトオフィスを置く企業のご協力で、子どもたちは多様な働き方を学んでいます。そのとき、やはり今の子どもたちは地元の良さや地域の資源を知らない部分もあるだろうなと思ったんです。身近にいるキラキラした大人から感じる部分が少ないのではないかと。
新田:そんなことを考えていたとき、牧さんの著書『ローカルベンチャー』(木楽舎)にたまたま出会いました。西粟倉村の方々が協議会をつくって雇用を創出したり、牧さん自身が地域資源に目を向けて新たな産業を起こしたりして、地域で模索しているそのプロセスが、非常に新鮮でした。
一過性のものでなく、地域で確固たる土壌をつくるには時間が必要ですので、「ローカルベンチャー事業というものを早く始めたい!」と思いました。子どもたちに輝いている大人を見せるために、必要な事業だと。そこで同じく牧さんの本を読んだ部下が、まずは『エーゼログループ』の社外取締役でもある勝屋久さんに直撃したんです(笑)。
牧:ローカルベンチャースクールをずっと一緒につくってきた、僕らにとっても中心的な仲間です。錦江町のローカルベンチャースクールでもチーフメンターを担っていただきます。
新田:地域おこし協力隊や若手職員に対して、人生の目的や生き方についてアドバイスをいただきたいとアプローチしました。その後、牧さんも勝屋さんたちと一緒に錦江町へ来てくださったんですよね。
牧:えぇ。こちらは『エーゼロ』と『西粟倉・森の学校』を合併させ『エーゼログループ』としてスタートする準備を進め、「拠点を増やしていこう」と考えていたタイミングでした。錦江町を訪問させていただいて、新田町長のほか、中核を担っている素敵な職員の方々ともゆっくりお話をさせていただきました。
さまざまな産業や人がいる「多様性」は自慢できる
— 新田町長や錦江町にどのような印象をもちましたか?
牧:人を育てることにものすごい熱意を持つ、とっても純粋で誠実な町長さんで、それがすべての柱になっていると感じました。役場職員の方々もとても前向きで「なんとかしたい」という純粋な気持ちをお持ちだったので、「ここならきっといい仕事ができるのではないか。ぜひやらせていただきたい!」と思ったんです。
錦江町は、西側に海があって、川や山もあって自然豊かなところです。農業中心の町で、お茶畑が広がっていて畜産もある。僕らは「一次産業からしか地域の未来はつくれないのではないか」と考え、下手くそながらうなぎの養殖や農福連携事業をやってきていたので、これだけ元気な一次産業があることも魅力に感じましたね。「人と自然が長期的に共生していける地域を、どうつくって未来に残すか」を、会社としても大事なテーマにしているので、そういう意味でも非常に魅力的なフィールドです。
個人的には、自然好き・釣り好きとして、時間が許すならいろいろなところに行って、川に潜ったり海に行ったりもしながら楽しみたいなと思えるまちです。釣り竿を持って出かけたいなと(笑)。
— 町長から見た錦江町の魅力や可能性は、何ですか?
新田:人口約6500人の小さなまちです。海側の旧・大根占町と山側の旧・田代町が合併して錦江町になりましたが、海岸地帯と高原地帯で非常に高低差があるんですね。平均気温で3度も違いますので、まったく異なる農業が営まれています。畜産業や茶業、露地野菜など、少量多品目なんです。
新田:人の空気感も違います。海側の旧・大根占町は新しい事業に果敢にチャレンジされる方が多く、山側の旧・田代町は非常に温厚で、人に優しい特徴があります。さまざまな産業や人がいる「多様性」が、自慢できるところです。
また、錦江町の方々はものすごく優しいんですね。私どもは5年ほど前、幸福度調査をとり町民性をデータ化したんですけれども、「寛容性が高く人を受け入れる、または応援する土壌がある」という町民性が出ました。それを私は一番大事に思っています。
— 子どもの数などの状況はいかがですか。
新田:出生数は非常に少なく、町内に小学校が6校と中学校が2校あるものの小規模校が多いです。町内に高校はありません。だから子どもが錦江町を出ていくケースは、当然のごとくあるんだろうなと思います。
ただ、子どもたちが学ぶ環境を整えたいと思いまして、2023年4月から独自に「錦江町でんしろう奨学金制度」を始めました。通常の教育ローンより優遇される「錦江町でんしろう奨学ローン」や、でんしろう奨学ローンの返済完了分を助成する「奨学助成プログラム」などがあります。
まちのローカルベンチャーに伴走する職員を養成中
— さまざまな制度やプログラムなどを整えているんですね。錦江町のローカルベンチャー事業には、どのような期待を寄せていますか?
新田:既存産業に加えて、新しい産業が起こることはあるはずだと思っています。実際に、町内でこれまでにない産業が少しずつ生まれていて、可能性はもっとあるでしょうし。アイデアをどんどん実践する人材が育つことによって、まちの産業が強くなっていくので、自分が何をやりたいか考えながら進む人が増えるのがローカルベンチャー事業なのかなと思っています。
牧:どの地域でも、既存の産業がある程度現状維持もしくは少し縮み、雇用が減っていくなかで、雇用を生む新しい産業をつくらないといけない状況です。町長がおっしゃるような輝いている大人、真剣なチャレンジを始める人、魅力的な人などが町内に現れ、外からも入ってくるようになったとき、いろいろな反応が起きるものだと思います。
西粟倉村でローカルベンチャー事業を本格的に始めてから、Iターンが220名ほど生まれました。Uターンは今60名ぐらいで、Iターンが先行してからじわじわとUターンが増えていく傾向があります。時間はかかると思いますが、「ローカルベンチャー事業があったから、Uターンが増えたね」「うちの子どもも孫も帰ってこれた、よかった」と言ってもらえるような未来につなげていきたいです。
牧:ゆくゆくは、錦江町で生まれ育った子どもたちがベンチャー企業を立ち上げてくれたらいいですね。アントレプレナーシップ教育をすでに行っていらっしゃるので、より一層、起業家マインドをもって実践していく人が増えるよう、貢献できたらと思います。
新田:牧さんのお話を聞いて非常にワクワクしてきています(笑)。起業家マインドを定着させるのはきれいごとではないと思っているんですね。どなたかが起業するときや起業を模索するとき、私どももそれを支え、協働したいと思います。
伴走していけるよう、今役場職員が教育を受けています。15名の職員に地方創生推進班員という辞令を出しまして、「あなたたちは既存の仕事とは別に、こういったことも体験してみてね」と。今、自分の考えや発想を整理するための訓練をしてもらっています。その上で、どういうプログラムを実践したいか、より具現化し、実践していくというローカルベンチャーの流れを、職員版として研修しているところです。
— 環境を整える準備を始めているのですね。すでに「錦江町ローカルベンチャースクール」の募集が始まっているそうですが、どんな人に錦江町の仲間になってほしいですか?
新田:これまで地域おこし協力隊を採用する際に、自分ごととしてことを捉えて、自分の思いをしっかりと具現化し、実践することが一番大事だと感じていました。その人に思いがしっかりとあれば十分で、いろいろな挑戦を進めてくれればありがたいです。
牧:やってみてぶつかることや生まれる課題のなかに、地域の可能性があるので、そういう意味ではまだ始まっていないんですよね。新田町長は町民への愛情の強い方なので、その熱気を帯びたプログラムになっていくんじゃないかなという予感がしています。
地域の熱量を上げていくと、また熱量の高い人が入ってくるというシンプルな取り組みでもあるんですよね。火種になるような人が、人を引き寄せる。大きな火種となるのは新田町長なので、町長の思いがぐっと入り込んだプログラムにして、町長の思いを増幅させていけば、まちの未来をつくっていこうという人たちがきっと現れると思っています。
— 錦江町の未来が楽しみです。これからも注目しています。ありがとうございました。