奈良県

大和高原

やまとこうげん

スーパーマンはいらない。地域の誰もが活躍できる産業づくりを目指して。(後編)

奈良県で無肥料・無農薬のお茶づくりを営んでいる健一自然農園。後編では、代表の伊川さんがお茶づくりを目指したきっかけとともに、耕作放棄地から未来を変えていく、伊川さんのビジョンについてお聞きしました。

前編:茶畑は地域を循環させる小さな森。お茶とともにある、伊川さんの生き方とは。

 

草履に学ラン、学生カバンに草花を詰めて通った高校時代

奈良で無肥料・無農薬のお茶作りを行う健一自然農園。代表の伊川健一さんがお茶の道を進むきっかけとの出会いは、まだ10代の頃でした。

「当時は、地球の環境保全や砂漠の緑化などに関心があったけど、日本はこれだけ緑が豊かなのに、山や農地や食を大切にしなくなっちゃっていて、そんな日本人なんか知らんわ!ていう感じでした。高校1年の時に、自然農法を提唱する福岡正信さんを特集するテレビ番組を観て、ものすごい衝撃を受けて。それから色々調べて、自然農を教える川口由一さんの赤目自然農塾が自宅から通える距離にあったので入塾し、毎月通って基礎を学びました。

 

茶葉を我が子のように愛でる伊川さん

当時は、草履を履いて学ランで高校に通っていました。カバンには植物を詰めて、風変わりですよね。笑。周りに共通の話ができる友達はほぼいなかったけど、たまに先生から農業の相談を受けることがありましたね(笑)」

高校卒業後、世界に出るかもっと山奥に篭るかなど少し悩みましたが、一番手近な里山の残る大和高原の地で、農地を借り農家になりました。取材中、茶畑の横にツタが生い茂って放置されている草むらを見つけると

 

はじめに借りた茶畑は、こんなに荒れた土地だったという

「こんなぼうぼうの草木が絡まった荒れた茶畑を37ヘクタール借りたのが始 まりでした。当時はランボーのように、一人でひたすら毎朝5時から夕陽が落ちるまで開墾して草引きして。そしたら、ある日地域のおじさんが『兄ちゃんこんな事続けてたら死ぬで。こんな大変なところ、それならうちの茶畑を使ってよ』と、茶畑を提供してくれて。本気さが伝わったんでしょうね。それから少しずつ茶畑が増えていきました。」

伊川さんの情熱と親しみやすい人柄は、地域の人々から信頼を得て、徐々に茶畑の範囲も広がっていくことに。意思の強さがあれば、大変なことも苦労といとわず、想いがあれば、周囲も共感し信頼につながる。苦労したことについては、

 

ツタの這う荒れた茶畑でも、良くみると新芽が育っていることがわかる

「お茶の加工を委託するのにまとまった資金が必要で、初期投資の時期は厳しかったですね。他にも考えれば色々あったのかもしれない。でも、脳を働かせるよりも目の前のことをやるしかなくて。理屈なんてないんです。荒れた茶畑もやってやってやり続けた先に、すごい綺麗なお茶がでてきます。自然は死んでいなくて、人間が手入れしてくれるのを待ってるんです」

 

耕作放棄地から未来を変える。この時代スーパーマンはいらない

お茶づくりを続けて17年。伊川さんは今、お茶を通じた未来の地域社会を描いています。

 

「日本の耕作放棄地は42万ヘクタールで、そのうち茶畑は1万ヘクタールあります。日本中の42万ヘクタールの土地は放置され農薬も撒かれていない、浄化された資源ともいえる。僕はそこから日本の未来を変えたいんです」 茶畑の耕作放棄地を活用した、循環した地域づくりをめざしています。

「今でこそ10ヘクタールの茶園を栽培し、岐阜や他の地域で農法を伝えはじめていますが、預からせていただいているのは、どれももとは誰かの茶畑でそのバトンを一旦僕たちが受け取っている状態。ゼロから始めるよりも、全国の耕作放棄地1万ヘクタールをマネタイズして、未来に受け継ぐ発想を持つことで、加速度的によくなると思います。茶畑は何十年も育ち毎年新芽も出ます。茎は三年晩茶にもできるし1年目から現金収入も可能。地域の高齢者の働く場も生まれます。

耕作放棄地を活用したお茶づくりを、各地域で小さくても循環させていくこと それが、未来の地域社会を変えるために、自分ができる役割。地域にスーパーマンを探すんじゃなくて、重要なのは、その地域で暮らす一人ひとりが活躍できる産業づくりではないでしょうか」

 

“高齢化は課題ではないです”。そう言いきる伊川さん。過疎化や耕作放棄地、雇用など、課題とされるものを可能性としてつなげるビジョンは、16 年実証し積み重ねてきた説得力があります。
そして、お茶づくりによる地域内循環には、森林の活用も視野に入れています。

「最近は、木材を活用するバイオマスにも注目しています。大型発電が注目されていますが、シンプルに熱源利用する薪や炭を使った製茶は、自然エネルギーを高い効率で活用できるシステム。日本の製茶機は大型化して、製茶工程で1kg製品を仕上げるのに約1Lの重油が必要なんです。それを山間部の間伐材を燃料に使いバイオマスエネルギーを使用した製茶加工ができれば、化石燃料を使わず、木材の活用につながります。このプロジェクトを今、企業・大学と連携して進めています。」

 

人は自然の一部。生態系を循環させる1:2:2:5の法則

奈良の山奥でお茶を生産する中で、日本の変化と役割について、どのように感じているのでしょうか。

 

調和する世界が求められる今だからこそ、できることがあると語る伊川さん

「日本は今、暮らしも変化して、コンセプト自体変わってきていると感じます。”自然の調和する世界がちょうどいい”。そういう感覚を人々が求めている時代です。僕は持続可能な調和する地域の土地利用を、1対2対2対5の比率と仮定してみています。1:ひとが住み暮らす土地や道路など。2:そこに住む人々の食料や建材やエネルギーを得る土地。2:お茶や香辛料、薬草といった流通価値の高い外貨を得ながら外とつながるために活かす土地。5:大気、水が生まれ多様な動植物と共有する土地。人間の手がほとんど入らない場所です。

これからは、首都圏で働く人々が一週間自然の豊かな地域で過ごして、病気になりにくいように睡眠や健康をマネジメントしていくことも大事です。健康に生きるために自然はきってもきれない存在。本来人は自然の一部です。こういう動きが、里山を守り、水を守り、空気を守っていくことにつながる。全員が自給自足するということではなく、今使っていない中山間地や森をきちんと手入れして、動物と共生できるビジョンを作り、日本が本来、日本の民が行ってきたSATOYAMAの暮らしを社会として実行すれば、世界の人々は必ず学びにやってくるはずです」

日本は、高齢化して文化も失われる経験をしているからこそ、地方で解決できる手法を体現化して、世界の山積する課題へ知恵を共有していくべきと語る伊川さん。

「東洋の精神性のリーダーとしても、調和した世界の素敵さや、幸せを実感できるサステナブルな感覚をリーディングしていける存在になっていく役割を持っていると思います」

 

ギフトのバトンを受けている今、日本には森も水も残っている。

 

「今の時代って、ギフトですよ。世界からもまだ信頼され、日本経済もまだ強いし、志を立てる若者が少ない分、生き方を定められた人にきちんとチャンスがやってくる。そういう社会を、僕らは過去からバトンを受け取っている。JPOPで例えるなら大サビを歌える。この世界を本当に美しく豊かな社会にできる!そこにチャレンジできるステージにいるんです」

ギフトの時代の今、伊川さんは、世界を俯瞰して日本の現状をこう捉えます。

「googleアースで日本の緑を見たときに、中国やアフリカのような砂漠化した状態ではなく、間伐されずボロボロだけど、森も水も残ってる。日本でできなくてどこでやるの、と思いますよ。伝統も技術も歴史もある恵まれた日本で、自然調和の社会を作っていく。それを様々な地域や人、企業などとも連携して形にして証明していきたいですね」

伊川さんから語られるのは、どれも未来へのプラスの発想。みなぎるエネルギーと説得力、そして周囲をワクワクさせる魅力に満ちていました。
最後に、お茶づくりでの喜びを聞いてみました。

「そうですね、たくさんありすぎて。あえて選ぶと、1つは、描いてきた夢が現実化してきていること。2つ目は、スタッフやお手伝いしてくれる人たちが生き生き働いて、人もお茶も成長していることを肌で感じることですね。そして何より、3つ目は、お茶を飲んだ方から美味しいと言っていただける。その3つですかね!」

まるで会話するように茶葉を愛で、お茶から未来をつくる構想を情熱を持って語ってくれた伊川さん。丹精込めて作られた健一自然農園のお茶の美味しさが証明する、伊川さんが目指す未来に、期待が高まります。

健一自然農園

http://www.kencha.jp/

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