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西粟倉で起業しませんか:のんびりした田舎は幻想?共働きの移住ファミリーの育児をちょっと楽にしたい

「仕事と子育ての両立は、地域の方が難しいのかも」。意外かもしれないそんな問題提起をしているのは、西粟倉村役場職員として日々働く横江優子さん。神奈川県庁の臨時職員を辞めて、西粟倉村に移住して8年。現在2歳半の娘さんを育てる一児の母でもあります。大きな反響があった「村の洗濯屋」のアイデア提案者でもある横江さんは、「頑張っているお母さんたちをサポートする仕組みを村内につくりたい」と語ります。知るひとぞ知る「移住者の子育て・家事事情」から、地域の特性を活かすサポートの可能性を探ります。

 

「のんびりした田舎時間」は幻想だった

– 都会からの移住者でもあり、村の百年の森林構想を担う職員でもあり、一児の母でもある横江さん。そもそも移住先として西粟倉を選ばれたのはどんなことがきっかけでしたか?

横江:神奈川県庁の林業の臨時職に長く就いていたんですが、これからどうしようかと悩んでいて。そんな時に、林業専門のニュース冊子で牧さん(エーゼロ株式会社代表取締役)が当時立ち上げられた会社のことを知ったんです。「こんな会社が世の中にできたんだ」とびっくりしました。木を切らないけれど、山に深く関わっていく会社だったので、チェーンソーを持てない私でも関われるイメージが湧いて。ちょうど募集していた“田舎で働き隊”の制度を利用して、実際に西粟倉を訪ねました。

– 西粟倉への移住はすぐに決められたとか。

 

横江:確か西粟倉を知ったのが2009年2月で、2009年5月には移住しています。ただ、声をかけていただいたのが村の行政職員の求人だったんです。臨時職を続けていく中で世界が狭いような気がしたし、「行政にはもう二度と入らないぞ」って思っていたので、正直迷いました。でも、「百年の森林構想」のフロー図を見せてもらって、行政でもこんな面白い仕組みの中に入れるんだと思って。結局は3日くらいで決めちゃいました。

– その後、1年先に移住し、就職されていた方と“田舎で働き隊”を通じて知り合い、結婚されて、今は元気盛りの2歳半の娘さんを育てながら、西粟倉村役場のお仕事をされています。正直なところ、育児・家事と仕事の両立はとても大変だと思うのですが、横江さんはどう工夫されていますか?

横江:仕事は残業なしの定時でやらせてもらっています。娘はまだ小さいので託児所に預けていて、就業後に迎えに行く形です。月8,000円なので、都会に比べてリーズナブルで助かっていますね。第三子とかは無料になるみたいで、村としても力を入れて子育てがしやすいようにしてくださってます。買い物は、週末にまとめ買いが多いですね。車で片道30分から1時間くらいかけて、鳥取や兵庫の方に出たりもします。他にも生協で注文したり、日用品で欲しいものはネットで頼んだり、用途に合わせて使い分けています。

仕事をしつつも、頭の片隅にはいつも子どものことがありますね。明日のお弁当、買い物、洗濯、掃除をこのタイミングでして、ここにこれをはめて、この時間は仕事があるからここをこうして、みたいなのを組み立てて生活をしています。のんびりとした田舎時間みたいなものは幻想ですよね(笑)。小さい家族にとっては。
 

家事と仕事の両立は難しい?移住夫婦ならではの悩み

– 横江さんは、今年のローカルベンチャースクールの起業テーマとして「村の洗濯屋」としてカフェ付きコインランドリーを提案されています。地域は土地があって干す場所に困らないイメージがありましたが、山に囲まれた西粟倉はそもそも日照時間が短いときいて、なるほどと納得しました。

横江:その土地の特徴ごとに生活の悩みはありそうですよね。西粟倉は山が高いからお昼まで陽が入らない、午後3時以降は寒くなることもよくある。なので、洗濯物が乾かないんです。共働きだと限られた時間を狙って干すことは難しい。日没後は、洗濯物が湿ったり、虫が入ってくるから取り込めなかったり、移住者の住居はサンルームが付いていなかったり……。みんな、日々工夫されていると思います。奥さんが頑張っていたりとか(笑)。

– 「村の洗濯屋」は、実は数あるテーマの中でも最も注目されていて、他の中山間地域の方からの反応もありました。みんな何かしら家事や子育ての負担で困っているんだろうなと。
 

横江:西粟倉の女性も、移住してきた方々はほぼ共働きです。子どもを託児所に預けないお母さんも、珍しいくらい。移住者ならではの悩みでもあるんですが、移住者同士の夫婦だと、どちらの実家も遠いんですよ。子どもや自分が病気で倒れたり、大変な状況でも、なかなか手伝いに来てもらうことが難しい。夫婦、特にお母さんに負担がのしかかってしまうんですよね。旦那さんも頑張っているご家族はたくさんあるんですが、悪気はなくても絶対お母さんのウエイトが大きい。子育てしながらの家事は、どうしても母親主導になっちゃうというか。

西粟倉の出生率は「1.47」と極端に低くはないけれど、前途洋々な数字でもありません。移住者は増えているんですが、起業されていたりバリバリ働かれている方が多い。家庭に時間をたっぷり使えているかというとそうじゃないだろうなと。核家族でも子どもが小さくて忙しい時期は一時的だと思うんですが、その一番ハードな時期をもうちょっと楽に過ごせるようになったら、地域のお母さんはもっと自由になるし、もっと村の居心地がよくなるんじゃないか。そういうことをずっと考えています。

– 都会であれば多数ある選択肢から家事代行サービスを利用することもできますが、中山間地域ではそれも難しい。お金だけで解決するだけでなく、村ならでは、その土地ならではの仕組みがあるとお母さんたちの大きな助けになりそうです。

横江:地域にもいくつか仕組みはあって、西粟倉でもボランティア制度を導入し始めています。といっても、ワンコインでちょっとした困りごとを助けてくれるボランティアを募集していますが、なかなか集まらない。お隣の8,000人規模の町だと、ちょっとしたイベントでも意欲的なボランティアがたくさん集まるんですね。そもそも西粟倉は住民数が少ないし、みんなそれぞれ役割があって忙しい。年配の世代の方たちは、子育てや家事や農作業を両立されてきていますし、若い世代が手伝いを必要としている理由が、よくわからないのかもしれないなと。年上世代にどうアプローチするのかも大事だと思います。

– 例えば、制度を通さず、近所づきあいのように地縁を頼るというのは難しいのでしょうか?

横江: 移住者同士で結婚していると、なかなか言いにくさがあることは確かですね。もちろん地元の方々はウェルカムって言ってくださるんですが、まずは自分たちでなんとかしようと考えちゃう。都会育ち特有なのかもしれませんが、私たちは電車の中で他人と一緒になっても耐えられる生活をしてきていますよね。距離は近いけど気持ちは遠い。村の人たちは気持ちの距離がものすごく近いんです。なかなかそれに慣れないというか、都会の人は追い込まれないと頼れない。移住して8年目にもなるので、不器用だなあとも思うんですけどね。
 

頑張るお母さんが「ちょっと力を抜ける」仕組みづくり

– 子育てに苦労する背景の中で、移住者向けの子育てサポートのサービスが新しく生まれたら…と考えられたのですよね。「カフェ付きコインランドリー」は、そもそもどんなところから着想を得たのでしょうか?
 

横江:カフェがもともと好きというのもありますが、やはり日々時間がないというのが大きいですね。隣の美作市までコインランドリーを利用しに行くことがあるんですが、洗濯物はばっちり乾いても、1時間半の待ち時間を有効活用できる場所がなくて。村に洗濯もできてカフェを兼ねているスペースができたら、その時間は子どもと遊べるなあと。

普段だと、帰宅後ご飯を作って子どもに食べさせて、お風呂入れて寝かして、そこから洗濯の処理をして、食器の片付けをする。核家族は夫が帰ってこなかったら全部一人にかかってきますし、精神的ゆとりをなかなか持てないんです。洗濯やカフェの機能が村にできたらお母さんたちも助かるし、独居のおじいさんやおばあさんがご飯を作るのがちょっと億劫というときでも、温かいものを食べてもらえる。カフェのごはんや洗濯物をデリバリーしてくれたら体調が悪い時なども助かる、というところから考えていました。

– アイディア次第で、子育て中のお母さんの負担を減らすだけでなく、その場を利用する多世代の人たちのちょっとした困りごとを解決できるということですね。地域の交流はもちろん大切だけど、サービスという形になると忙しくて余裕がない時でも頼りにしやすい。

横江:地域に入って地域の方に頼るのは前提ですが、「ちょっと今は余裕がない」ときを助けてくれるサービスがあるといいなと思います。西粟倉は空気も水もお米もおいしいし、いいころがいっぱいあるのに、あくせくしてたら何も味わえない。真面目な人ほどしんどくなっちゃうと思うので、ちょっと意図的に力を抜ける、頼ることができる仕組みのニーズはあるんじゃないかな。

洗濯は家事の中でもマシンで一番解決できそうなことだったので、あくまで一例として提案しました。でも別にコインランドリーじゃなくてもいいし、「子育てや生活の支えになるこんな仕組みがあるよ」と提案をもらいたい。私も産休中は社会から置いていかれている感覚もありましたし、復帰後も仕事と子育てのバランスに悩んでいます。そういう地域の女性や家庭を支える仕組みがあればいいなと思っています。
 

– 西粟倉村は「ローカルベンチャーの村」というイメージが強いですが、横江さんのような日々の生活に根付いた視点で村に必要なものを提案することは、これからの村にとっても非常に大事だと感じています。

横江:確かに西粟倉にはスーパーマンみたいな人たちが多そうに見えますね(笑)。ただ、自分の幸せを確保できなかったら、世の中の幸せも考えられないんじゃないかなと。私自身はとても平凡なので、自分の足元が安定しないと他のことは考えられなくなるんです。

私が携わってる百年の森林事業は「小さな経済を実現しよう」がコンセプトで、お金は外に出すんじゃなく、村の中で落として循環させていこうと考えています。自分の生活をよくするために外にお金を払うことはナンセンス。村の皆でWin-Winになっていきたい。洗濯に限らず、村の中にもっとサービスや機能が充実してきたら家族の忙しさも減って子どもを増やせるし、そこで働く人も増えていく。実は単純なことなんだと思っています。

西粟倉ローカルベンチャースクール2016

http://guruguru.jp/nishihour/lvs