北海道

厚真

あつま

札幌へも通える距離と、協力隊制度が移住の決め手。こだわりの卵を、お客さんに届け続けて。

携帯電話はほぼ圏外、お隣さんは1km先という厚真の山奥で、奥さんと猫と番犬たちと暮らしながら自然養鶏農園を営んでいる小林廉さん。地域おこし協力隊在任中の2013年に就農し、この4月で丸4年を迎えようとしています。販売している卵は1個50円とちょっとお高めながら、ガッチリとお客さんをつかみ、規模拡大を進めるほど順調なご様子。そんな小林さんに就農までの道のりと現在の暮らしぶりについてお話を聞きました。

僕たちのあたりまえを押しつけない飼い方

– 小林さんが実践されている自然農鶏とは、具体的にはどんな飼い方でしょうか。

小林:自然農鶏は、飼育下ではあるけれども、できるだけ「自然に近い状態」で飼おうという考え方です。鶏にとって「不自然なこと」はストレスにつながります。ストレスがあると病気になったり、他の鶏をつついていじめたり、思うように産卵しなくなります。鶏にとってのストレスを、あらゆる方向からいかに減らすか。それにつきると思います。

たとえばケージに閉じ込めるのではなく、地面に放して飼うこと(平飼い)で鶏は自由に動き回ることができます。そうすると彼らは本来の習性に沿った行動ができるんです。くちばしで地面をつついてエサを探したり、砂浴びをしたり、天気のいい日には日なたぼっこをしたり。オスとメスを一緒に飼っているので交尾もします。卵を産みたくなったら自分で産卵箱に入って卵を産みます。

反対に、つつく土がなければ隣にいる鶏をつつくかもしれません。動き回れるスペースがなければ運動不足で病気になるかもしれません。うちの場合は、病気になるリスクを減らしているので抗生物質を投与する必要がありません。

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エサは、ストレス軽減のため、鶏が本能的に欲する青草をたっぷりと与えます。うちの場合は、僕が自分で生の青草を刈り取ってバンバン鶏舎に放り込んでいます。何万羽も飼っている農場ではそうはいきません。これができるのも小規模養鶏のメリットでしょう。ただ逆に、青草を豊富に供給できないような環境だったら、そもそもここで養鶏を始めなかったかも。それぐらい青草というのは自分の中で大事な要素です。

養鶏場によってはすぐに産み始める月齢(4カ月)まで育った鶏を仕入れるケースもありますが、うちでは生後48時間以内の初生雛(しょせいびな)を買ってきます。生まれてからまだ何も食べたことのない、まったく餌付けされていないヒヨコです。

最初の3日間は玄米だけを与えます。玄米って小さな子どもはおなかをくだしちゃいますよね。実は消化に悪い食べものなんです。でも、この先何でも消化できるように、あえてこの段階で玄米を与えます。その後、青草が食べられるようになったら最初にクマザサを与えます。そこら中に一番生えていて、しかも最も消化が悪そうだからです。

– ヒヨコの頃から厳しく鍛えるんですね。

小林:そうです。スパルタです(笑)。ヒヨコのうちに与えなかったものは、大人になってから与えてもあまり食べません。だからヒヨコに野菜でも何でも与えておけば、大人になってから食うに困らなくなるんです。

青草のほかには麦や米ぬか、魚粉、ホタテ貝殻など道内で手に入るものを組み合わせて自家配合しています。実はこのエサは「卵をたくさん産ませるエサ」ではありません。なので一般的な鶏よりもうちは産卵数が少ないんです。でもこれも、ストレスを減らす方法を求めた結果ですから。

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厚真じゃなくても、どこでもよかった

– お話をうかがっていると自然養鶏に非常に強い思いを感じるわけですが、自然養鶏へのこだわりというのはずっと以前から持ち続けていたんですか?

小林:うーん。特にこれ(自然養鶏)がやりたかったわけではないんですよね。昔たまたま人に頼まれて自然養鶏の農家を手伝う機会があったから、いまこれをやっているだけで、それが違う職業だったらそっちで起業していたかもしれません。

二十代の半ばですが、それまで勤めていた飲食の会社を辞めて、アルバイトをしたり東南アジアに行ってみたりと、思うがまま生きていた時期がありました。そんなときに江別市で養鶏をやっている親戚から仕事を手伝ってほしいと頼まれて。そこがたまたま自然養鶏だったんです。1年ぐらい働いたあと、縁あって札幌にある別の自然養鶏農場でも1年近く働かせてもらいました。

27歳か28歳ぐらいの頃かな。「そろそろちゃんと(将来を見据えた仕事を)しなくちゃ」と思うようになりました。けれどもサラリーマンという選択肢はもともとない。じゃあ何をやろうかと考えていったときに、せっかく2年ぐらいの経験はあるわけだし、嫌いな仕事でもないので、養鶏をやってみようかなぁと。それでもやるからにはとことん打ち込みたい。そんな頃、自然養鶏界のレジェンドである中島正さんの本を何冊か読んで「これにしよう」と決めたんです。

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場所はどこでもよかったんです。「宅配」というのは最初から決めていて、マーケットは札幌圏で考えていたので、70km圏内で場所を探しました。札幌を中心に地図に円を描いて、その中にある市町村の役場に手当たり次第飛び込みました。だけど散々でしたね。なかなか相手にしてもらえない。いま思うと、当然なんです。普通の若者がやってきて「農家やりたいです、でもお金はありません」て言われても、お断りしますよね(笑)。

半ばあきらめかけた頃、ある役場の方から地域おこし協力隊という制度があることを教えてもらいました。2010年とか2011年あたりだから、まだ制度化されてそんなにたってなかった頃でしょう。インターネットで調べてみたら厚真町で募集をしていたんです。

– それで厚真だったんですね。

小林:ぎりぎり札幌から70km圏内です(笑)。なんとか受かって、2011年6月に厚真に来ました。新規就農にあたって農地を取得するためには、1〜2年間の農業研修を受ける必要があります。ところが町内には養鶏農家がない。だったら自分自身、自然養鶏というオーガニックなことをしようとしていたので、町内で自然栽培をしているお米農家にお世話になることになりました。

ラッキーだったのは受け入れ先も厚真に移住しての新規就農者だったことです。だから新規就農者の気持ちが痛いほど分かる。研修に入ってすぐに「早めに就農の準備を開始した方がいい」と言ってくださいました。それで農繁期以外はかなりの時間を準備に費やすことができました。

– 農地はすぐに見つかりましたか?

小林:なかなか大変でしたね。でも、役場の職員で集落アドバイザーという方がいて、よき相談相手となってくださいました。町内を走り回って気になる農地があればすぐに地主さんを調べて、橋渡しをしてくれました。ありがたかったですね。見ず知らずの僕がいきなり地主さんのところに行って「はじめまして」と言うのと、町内のいろいろな所に顔が利く集落アドバイザーさんを介しての「はじめまして」では、相手が受ける印象がだいぶ違います。お蔭でとてもいい地主さんとご縁がありました。

– 農地が見つかるのは2年目。そして協力隊3年目の2013年4月に新規就農を果たします。

小林: 3年目のこのタイミングで営農開始できたのはラッキーでした。だってヒナを仕入れても卵を産むまでの半年間は収入がなく、お金は出て行くばっかりですから。僕の場合は5月に鶏を仕入れて、ようやく販売できるようになったのはその年の11月でした。収入のない間も協力隊としてのお給料をいただける。これは本当に助かりました。

– 売り先はすぐに見つかりましたか?

小林:やっぱり最初の頃は苦労しましたね。札幌の知り合いに声を掛けたり、町内にポスティングしたり。商品はある意味勝手に生産されちゃうから、こっちで調整できるわけじゃない。余らせちゃったときには役場にも卵を持って行きましたよ。庁舎の渡り廊下に机を置いて、通る人、通る人に「買ってください」って(笑)。うん、そういう意味でも助けてもらいましたね。

– 販売方法について教えてください。

小林:すべて直売です。基本は宅配で、2年目からオンラインショップを通じて全国発送もしています。現在は宅配6に対して地方発送4という割合ですね。宅配は1週間のうち3日間行っています。月曜日と水曜日が江別・札幌、金曜日が厚真・苫小牧です。卵は、いつも冷蔵庫にあってもおかしくないものなので、毎週決まった数を配達しているお客さんが多いですね。

 

1個50円の卵は一体誰が買うのか?

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– 卵と言えばスーパーの特売品の代名詞みたいなもので、1パック98円というのもたまに見かけます。極端なことをいえば近所で1個10円で手に入るのが卵です。だけど小林さんの卵は1個50円。こうやって鶏舎を見たり、小林さんのお話を伺えば、それがまっとうな価格だというのは分かるのですが…。どのような方が小林さんの卵をお求めになるのですか? ものすごい富裕層の方なのでしょうか?

小林:そういう方も中にはいらっしゃるかもしれないけれど、多いのは、食の安全に対しての意識が高い方ですとか、小さなお子さんがいるご家庭ですね。ただ単純に「おいしいから」といって買ってくださるお客さんもたくさんいます。ほとんどが個人宅ですが、飲食店からの注文もありますね。

思うに、その方の所得うんぬんの話ではなくて「1個50円の卵を高いとは思わない」というか、1個50円の卵と1個10円の卵を「別もの」ととらえられる方が買ってくれるんじゃないでしょうか。だからこそ適当なことはできないという気持ちでやっています。

うちの場合はありがたいことに、理解のあるお客さんに恵まれています。皆さん、配達に行くと「いつも遠くから届けてくれてありがとう」とか、「美味しい卵を作ってくれてありがとう」って言ってくれるんです。配達の日に急に家を空けることになって迷惑を掛けたからと、翌週伺ったときにお菓子を持たせてくれるお客さんもいて。卵よりもずっと高価なお菓子ですよ。

僕は「買ってくれてありがとう」。お客さんは「作ってくれて、届けてくれてありがとう」。お互いに相手に対して感謝の気持ちを持っているなんて、通常の生産者と消費者ではあまり考えられない、とても気持ちの良い関係性だと思うんです。

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– それは本当に恵まれていますね。多くの場合、生産者はお客さんを選ぶことはできません。理解のあるお客さんに自分の商品を届けるというのはとても難しいことです。

小林:ありがたいことです。やっぱりお客さんの声をダイレクトに聞けることで、すごくやりがいにつながっています。自分が育てて作ったものを、自分の手で直接食べる人に手渡せる。しかも「おいしい」「ありがとう」の声が聞ける。「生産者っていいな」って思います。

– 「ありがとうの交歓関係」といったらいいのでしょうか。すごく恵まれた関係性だと思います。

 

振り返ったときに「あぁよかったな」と思う

– 「ありがとう」といえば、小林農園では卵のほかにスモークチキンも販売されていますね。卵を産み終えた親鶏を使うから「ありがとう!スモークチキン」。いいネーミングだと思います。

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小林:スモークチキンにしているのはうちにきておよそ1年半たった親鶏たちです。初生雛から半年間育てて成鶏になり、それから1年ぐらい卵を産みますが、この頃になるとだんだん産卵率が下がってきます。そのため群れの更新をします。一つの群れは100〜150羽です。昔はラーメン店が引き取って鶏ガラスープに使ってた、なんて話も聞きますが、いまはそうもいかないのでお金を払って業者に処理してもらうというのが一般的です。ただ、自分がヒナから育て、卵をたくさん産んでくれた鶏を最後まで看取りたいという気持ちがあるので、うちの場合は加工費用は掛かるけれど、剣淵町の燻製屋さんにお願いしてスモークチキンにしてもらっています。

「ありがとう!スモークチキン」はブロイラーのようなやわらかさは一切ありません。鶏舎の中を走り回っているのでめちゃめちゃ筋肉質です。たしかに肉は硬いですが、噛めば噛むほどうま味が出てきます。肉本来の味がするんです。スモーク香もけっこう強めなのでおつまみにはぴったりです。ほぐして料理に使うのもおすすめですよ。

– 卵はいかがですか?おすすめの料理はありますか。

小林:どんな料理にも合うとは思いますが、白身にすごく力があるので、加熱したときの白身のプリプリ感はぜひ味わってもらいたいですね。ゆで卵にしても、目玉焼きにしてもおいしいです。卵かけごはんも、もちろん旨いですよ。

– 小林さんご自身の毎日の生活について教えてください。

小林:朝は6時半頃鶏舎に行ってエサを与えます。配達の日は7時には出発。月曜日と金曜日は午後3時ぐらいに配達を終えて戻ってきます。水曜日は特にお客さんが多いエリアを回るので配達は夜までかかります。

配達の間は、手伝いに来てくれている弟がエサを与えたり、卵を磨きます。配達のない日はその作業を僕もやります。うちでは卵を水洗いしないで表面の汚れを一つずつサンドペーパーで落とします。これがけっこう時間がかかります。夏の場合は青草の刈り取りもやります。なんだかんだとやることはあって鶏舎での作業が終わるのはだいたい夜の7時ぐらい。それから注文の処理なんかのデスクワークですね。

– 厚真に移住してまもなく6年ですね。いかがですか? 厚真での暮らしは。

小林:コンビニもスーパーも近くにはないけど、環境的には何も不満はありません。屋外で作業をしているときなんかは、ふとした瞬間に「おれいま、スゲー良い所にいるな」って思うことがあるんです。

ただ一つ。この仕事のスタイルでは休みがほとんど取れないことが悩みです。仕事は嫌いじゃないけれど、仕事ばっかりの生活が長く続くとつらくなってきますね。だからいまは一人でも雇用できるよう、徐々に規模の拡大を進めています。まずはこの春をメドに卵の生産量を増やし、それを売り切るという状態にまで持って行きたい。次のステップを考えるのはそれからですね。

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小林さんのお話を伺っていて、この人は「まっとう」を大事にしている方なんだという印象を持ちました。鶏にとってのまっとうな暮らし、卵の価値に対してのまっとうな価格、そしてまっとうな仕事と生活のあり方。その結論が、自然養鶏であり、1個50円の卵であり、厚真へのEターンなのではないだろうかと。

けれども「まっとう」を追い求めているとはいえ、まったくといっていいほど小林さんにはリキみが感じられません。田舎暮らしがハッピーばかりじゃないことも、自然養鶏がパーフェクトじゃないことも受け入れた上で(実際思い通りにいかず壁にぶつかることも多いそう)、いまを飄々と生きていける。そんな強さと豊かさが小林さんにはありました。

【小林農園】

http://kobatama.com/

 

【厚真町の魅力をそのまんま伝える、コミュニティーサイト「あつまんま」】
http://atsumamma.jp/