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変化を続ける新潟の裏側にある 「つなぎ役」という存在(前編)

小学2年生の子をもつ母でありながら、地元の新潟でさまざまな人や地域を巻き込み、食を楽しむ仕組みを提案し続けるプランニングディレクターの山倉あゆみさん。「三条スパイス研究所」のディレクターも務めるなど、新潟の食シーンに価値と変化をもたらすキーパーソンとして、行政や生産者から次々と声がかかっています。前編では、山倉さんが関わることで生まれた地域の変化や新たな動きを追っていきます。

 

新潟の食シーンを楽しく自由に変革中!

「あゆみさん」と言うと、新潟で食に関わる人たちの間ではよく知られた存在。でも彼女の仕事を説明しようとすると、これがなかなか難しい。それは山倉さんの役割が“表からは見えにくい”ものだから。彼女は自身の仕事について「媒介者」と表現します。つまり、多様な人たちと関わりながら、それぞれをつなぎ合わせて新たな世界観をつくり出し、ものごとの価値を最大化する裏方の役目を担っているのです。

大きなプロジェクトを抱えて多忙な中でも、ふんわりとした空気をまとい、常に笑顔を絶やさない山倉さん。でもそのエネルギーやパワーは男譲り。このギャップと本質を見抜いた言動の数々が関わる人々の心を動かしています。

 

ここ最近は、「新潟で盛り上がっている取り組みの裏には山倉さんの存在がある」と勘付いた人や地域から声がかかり、新たなプロジェクトに参加したり、講演したりすることも増えてきました。山倉さんが加わると、停滞していたプロジェクトが生き生きとまわり出す、そのことに感度の高い人たちが気づき始めています。

もともとパティシエの山倉さんが、食とまちづくりに関わる活動を始めて約10年。2010年8月、県内で活躍する3人の料理人で結成したケータリングチーム「DAIDOCO」の活動を開始し、2013年には自らをプランナーと称して、「DAIDOCO」も含めたトータルブランディングにおけるプロデューサー業をスタート。県内各地で食農プランナー、コミュニティーデザインを軸にしたまちづくりのディレクターとして活動するほか、現在は、観光庁認定の「観光地域づくりマネージャー」として 2015年に観光圏整備実施計画認定地域になった新潟市と佐渡市に関わるなど、食以外のジャンルでも観光、ものづくり、場づくりとさまざまなまちのプロジェクトに関わっています。

 

血縁では守れない場所を多くの人の手で生かしていく

山倉さんが活動する舞台の一つが、新潟市の西の果て、西蒲区。岩室温泉周辺の旧西蒲原郡、通称「にしかんエリア」と呼ばれる地域です。海、山、川、そして潟と呼ばれる沼地とそれを埋め立ててできた土地からなる特徴的な地形は、さまざまな土質や水質を生み出し、多様な個性を持った農作物を育んでいます。

 

人や地域のさまざまな物語が詰まったKOKAJIYAの古民家

「私たちは食材や環境含め、コンパクトに多様性を感じられるこの地域にポテンシャルを感じていました。そんな中、あるご縁で関わることになったプロジェクトをきっかけに、地域づくりの担い手としての意識が確実に芽生えました」という山倉さん。そのプロジェクトによって生まれた場所が、新潟市唯一の温泉街、岩室温泉の中心地にあるレストラン「灯りの食邸 KOKAJIYA」です。ここはケータリングチームDAIDOCO のシェフ、熊倉誠之助さんとともに手がけた代表的なプロジェクトの一つ。築120年ほどの古民家を改装して2013年9月にオープンしました。

 

「ここに住んでいたおばあちゃんが施設に入るタイミングで地元のNPOが借り上げ、公民館のような形で運営していました。でも公共的な使い方だけでは、維持管理に必要な費用を確保することはできず、継続性がない。他の古民家と同じように取り壊しになるかもしれないという話が出ていました。ここを管理運営し、維持していくには資金源だけでなく固い意志も必要。本当はケータリングというスタイルを通して、まだまだやれることもあると思っていたし、このタイミングで飲食店のプロデュースをする気はなかったのですが、知らないうちに『DAIDOCO』メンバーの熊倉シェフが『やる!』と手を挙げちゃって。それで私もディレクターとして入ることになりました。そんな始まりでしたが、やってみることで表現の幅は広がり、さまざまな方と協働できたのも事実。大きさや立場は関係なく、”何事もやってみる、関わってみる” といういいきっかけになりました」

 

「KOKAJIYA」の空間を案内する山倉さん

「血縁だけでは守れないような場所を、多くの人の手で生かしていくこと」をテーマに掲げ、山倉さんはこの場所を県内のクリエイターに自分の表現でしつらえてもらおうと提案。新潟で活動する約30人ものクリエイターが、家具、照明、器、中庭など各パーツを担当し、それぞれの表現を施しました。その一つひとつにつくり手の思いやストーリーが感じられます。

「血縁だけだと誰にも語られないようなこの場所のストーリーが、このレストランを通していろんな人に伝わっていく。それによって、『自分の身の回りにも温度を失ってしまったものがあるかもしれない』と、その価値を見つめ直すきっかけになればと思っています」

「KOKAJIYA」のオープンをきっかけに、この場所を通して新潟の範囲を超えた情報の拡散が始まり、今では自分たちの想像以上の変化が起こり始めています。

「今までこの街に出会ったことのなかった若い人たちがエリアの魅力に気づいて、この地域を舞台に音楽や町歩きのイベントを行ったり、新たに事業を起こそうとしたり。この自然発生のように見える状況は、見えないところで外と中が承認し合う関係性の賜物だと思っています。まずは、そこまでの現象を起こすことが私たちの仕事かもしれないと思い始めました」。

「DAIDOCO」の 3人のメンバーのうち、山倉さんを含む二人は Uターンで、もう一人は東京からのIターン。それぞれ“外の目線”をそなえていることが、新潟の魅力をていねいに拾い上げ、その価値を高めることにつながっています。

 

自分たちが守ってきた農業景観を未来につなぐ

「新潟は手の届くところに何でもあって、とても穏やかな場所。感覚的にはすごく裕福なので問題点が見えづらい。だからいろんなことが後回しになっちゃうんです。そこが一番の問題ですね」

今日本の農家の平均年齢は 66.8歳。急速に進む高齢化に向けて、にしかんエリアの若手農業者たちが結束。食や農業の未来を考え、その楽しさを発信していく「FARM FRAG」というチームを発足しました。山倉さんはその仕掛け人の一人であり、プロデューサーという立場でこの取り組みに関わっています。

 

平日にも関わらず、多くの地元の人で賑わう「そら野テラス」

メンバーの一人である地元出身の藤田友和さんは、2016年4月に農業と食の発信基地「そら野テラス」をオープン。稲作といちご農家を
営む藤田さんらは、農業のかたわら、敷地内の小さな小屋で直売所を運営していましたが、マルシェ、カフェ、農業体験できるハウスを併設した複合施設としてリニューアルしました。

「オープンの一年前に藤田さんから、自分たちが守ってきた農業を外に向けてどう発信すればいいのか、そこをサポートしてほしいとご相談があり、オープンまでのスタートアッププランナーとして参加しました。5年以上の歳月をかけて温めてきたこの取り組みに関わらせてもらうことの大きさを感じながら、読み取りの作業を始めると、彼らが考え出した『そらと野のおすそわけ』というキャッチコピーの裏側に、大事な意味と温かさがあることに気づきました。『そら野テラス』のカフェから見える風景は遠く先まで電線が見当たりません。それは、彼らが農業を続けてきたからこそ守られていた”故郷の風景”。もし、彼らが農業をやめてしまえば、すぐに失われてしまう農業景観です。それを、『自分たちが守ってきたんだぞ』と言うのではなく、『おすそわけ』というすごくやさしい言葉で表現している。きっと彼らはずっとそういう気持ちでやってきたのでしょう。そのニュアンスが伝わってほしいなと思っています」

 

「そら野テラス」のカフェから見渡せる一面田んぼの景色

農家が一軒やめるごとに、“故郷の風景”である農業景観は少しずつ失われていく。「自分たちの守ってきた農地や食文化が孫の世代にもつながるように、今やらないといけないことをやろう」と決意して、藤田さんはこの取り組みを始めたのです。

「単に商品が売れたらいいという意識ではなく、自分たちで未来につなごうという強い気持ちがあったからこそ、私もこのプロジェクトをしっかりと発信できました」

藤田さんには、「高齢者がリタイアした後に、若い世代が農地を引き継いでいけるような仕組みをつくりたい」という思いがあります。
「『FARM FRAG』はこうした見えにくい地域の危機感を共有できるチームになりつつあります。藤田さんも一人でこんな重荷を背負うのは大変。でも『一人じゃない』と思えた時に強くなれるんです」

 

「そら野テラス」藤田さん

 

商品だけでなく、生産者本人のスタイリングもトータルで

養蜂家の草野竜也さんも「FARM FRAG」のメンバーの一人。2011 年に祖父が行っていた養蜂業を引き継ぎ、ミツバチの飼育から蜂蜜の採集、販売まで、すべてを一人で手がけてきました。そして2016 年、自身が30歳になったのをきっかけに、活動のリブランディングを山倉さんに依頼し、「草野養蜂」という屋号を「はちみつ草野」にリニューアル。再始動を果たしました。

 

山倉さんがプロデュースした「はちみつ草野」のパッケージ

「このエリアで神童と呼ばれていたほど頭のいい彼は、大学でロボット工学を学んだ理系男子。養蜂の世界においても、彼なりの理系メソッドを持っています。これまでたった一人、農産物の販売として手探りでやってきた取り組みを、『FARM FRAG』の結成をきっかけにしっかりとリブランディングしたいと決心し、ゆだねてくれました。詳しく話を聞いてみると、彼の蜂蜜は国産非加熱のローハニーであることが判明。それは国内の流通量全体の3%に満たないほどの希少価値の高いものでした。希少なものだからこそ、ちゃんとした形で伝えていかねばならない。深い理解と危機感を共有する共感性に満ちたプロジェクトになりました。」

 

「はちみつ草野」のラボでお話を聞かせていただいた草野さん

ミツバチは植物の花粉交配を担う“自然の循環”には欠かせない存在。ところが、近年は世界各地でその数が減少しています。そこで、「ミツバチと養蜂の価値を伝え、未来へつなぐ」というコンセプトを打ち立て、その思いを「いのち、しぜん、めぐる。」という端的なコピーで表現。これによって、環境や食に対する意識の高い首都圏の料理人など新たな顧客層の開拓に成功し、現在は東京のレストランで草野さんの蜂蜜を使ったスイーツが提供されています。

「東京・代々木上原の『Gris』というレストランを始め、地元の新潟まで草野くんの蜂蜜を使ったメニュー提供をする店はどんどん増えています。サステナブルな食の未来に、意識的に関わる感度の高いシェフを中心に、私たちのコンセプトを料理を通して世間に伝えてくれるそんな協働作業が自然と生まれたのです。共感を持って紹介してくれる人を通して、ネットでの販売数も販売スピードも徐々に加速していきました」

シェフ自身が「この取り組みに参加している」という意識を持って積極的に関わってくれる。これはまさに共感を呼ぶコンセプトが功を奏したと言えるでしょう。

白のつなぎがよく似合う精悍でさわやかな印象の草野さんですが、「じつは草野くん自身のブランディングこそ、今回の一番の戦略でした」と山倉さんはこっそり教えてくれました。「『はちみつ草野』の世界観にあわせて、彼の見た目の印象から変えたい」という山倉さんの提案で、眼鏡をコンタクトに、作業着から白のつなぎに変更。その許容範囲の広さはプランニングディレクターという肩書きでは収まりません。

「蜂蜜ってどういう過程でつくられているのか、多くの人は知らないんです。でも今回山倉さんにプロデュースしてもらったことで、裏側にあるストーリーを商品と一緒に届けられるようになったことがうれしいですね」(草野さん)

新潟の食シーンに新たな風を巻き起こしている「DAIDOCO」や「FARM FRAG」の取り組み。こうした一見華々しく見える動きの裏には、「山倉さん」という人と地域を束ねる「つなぎ役」の存在がありました。後編では、子育てと仕事を両立しながら、未来に向けた新たな生き方をめざす山倉さんの暮らしぶりや、仕事の哲学に迫ります。

後編:自分の枠を取っ払ってこそ、見出した 「つなぎ役」という生き方

DAIDOCO

http://daidoco.net/

灯りの食邸 KOKAJIYA

http://daidoco.net/kokajiya/

そら野テラス

http://sola-terra.jp/

はちみつ草野

http://mitsukusa.com

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