岡山県
西粟倉
にしあわくら
地域の願いからビジネスをどうつくる?-「村民が困りごとを解決し合うストア」のアイデアと、西粟倉村の試行錯誤。
Date : 2022.03.12
岡山県・西粟倉村で、新たなビジネスの種が生まれました。
それは、村民どうしで困りごとを解決するためのマッチングをする「ヘルプストア」。
もともと複数の人の心にあった“ある思い”が、2021年春から始まった「TAKIBIプログラム」の「TAKIBIキャンプ」を経てビジネスアイデアとして形になったようです。
ストアとしてオープンするのはまだ少し先のようですが、少しずつ動き出しています。
「TAKIBIキャンプ」に参加した『(株)西粟倉・森の学校』の羽田(はだ)知弘さんと、西粟倉村役場 保健福祉課の井上大輔さんが、「ヘルプストア」の経緯や村の未来に対する考えを率直に語ってくれました。
村の人たちの困りごとを解決できたらいいのではないか
— まずどのような立場でお仕事をしているか、教えていただけますか。
羽田:僕は村の材木屋さんとして創業12年目を迎える会社『西粟倉・森の学校』の営業部長兼、2022年3月に西粟倉村にグランドオープンするお店『BASE 101% -NISHIAWAKURA-』の全体責任者を務めています。
— どのようなお店なのでしょうか?
羽田:“人と自然の可能性発掘基地”として、村にあるものを活かして、人が集まる場所をつくりたいと思っています。具体的にはレストランやカフェであり、いちご摘みができるところでもあり、DIY用の木材販売も行います。
羽田:僕はこのお店でやりたいことがあるんです。背景として、西粟倉村には「家庭菜園以上、専業農家以下」の農家さんが多いんですよ。その人たちが余った野菜を畑に捨ててしまったり、畑に残ったものが鹿に食べられてしまったりしている一方で、村内のお店や村民の「野菜を買いたい」というニーズはある。西粟倉村産の野菜がうまく流通していない問題がありました。
今後耕作放棄地が増えると予測されるなか、役場もこの問題の解決に取り組みたいと考えていたようで、1年半ほど前に「お店をつくるならその解決に向けたことをやりませんか」というお話をいただいたんです。まずはお店を成り立たせてから、やっていこうと考えていました。
羽田:だからよそ者向けの施設ではなく、村の人たちが野菜を出したり、遊びに来たり、井戸端会議をしたりする場所にしたいんです。村の人たちに愛される施設にしたいと考えたとき、ただ飲食ができるお店にするのは違うだろう、と。
そこで村の人たちの困りごとを解決できたらいいのではないかと考え、そのプランが頭にある状態で今回「TAKIBIキャンプ」に参加しました。
— 井上さんも教えていただけますか。
井上:僕は西粟倉村役場の保健福祉課で、介護保険など地域福祉を担当しています。
困りごとの解決については、僕も日頃から感じていたことがあります。西粟倉村は人口構成が独特で、日本全体では高齢化率が今後どんどん高くなる中、2025年が西粟倉村の高齢化率のピークだと予測されています。今85歳以上の方はめちゃくちゃ多くて、村の歴史上でも、今後100年でも今が一番多いんですよね。でも75歳から84歳はすごく少なくて、60歳から74歳がまた多く、その下は少ない。10年後に、60代が今より50%くらい減ってしまうんですね。
井上:そうすると、これまで自然に村民どうしが助け合えていたのにできなくなるとか、今助けている側の世代が年をとったら人手がいなくて困るという状態が生まれてくるだろうと思って。特に、Iターンの人も含めた若い世代と村のおじいさん・おばあさんの関わりしろをどれだけ増やせるかが、これから大事だなと思っていました。
「TAKIBIキャンプ」を経て、正式な仕組みづくりに向けて動き出した
— 二人ともそういった考えがあって「TAKIBIキャンプ」に参加して、「村民の困りごとの解決をしたい」というアイデアの話になったんですね。「TAKIBIキャンプ」は、地域の願いを集めて願いをビジネスアイデアに変えるための、二泊三日のキャンプだそうですね。
羽田:チームごとにディスカッションをする時間があって、僕と(井上)大輔さんは同じチームで、みんなでその話をしました。例えば、「秋になると庭の柿の木に実がいっぱいなる。放置しておくと熊が来るし、柿の実を採りたいけど採れない。実をあげるから採ってほしい」と思っている高齢者が村にはたくさんいます。
そこで、干し柿をつくりたい若い人と柿の木をもっているおじいさんのマッチングができればハッピーだよね、と。誰かの困った声と「それだったら助けたい」という声をマッチングさせる「ヘルプストア」の企画が生まれました。ヘルプをする側の報酬は、野菜などのモノであってもいいし、お金の場合もあってもいいと考えています。
羽田:僕は正直に言って「TAKIBIキャンプ」に参加しなかったとしても、先ほど話した野菜の流通には取り組んだと思うんです。でも、うちの会社だけでやっていたら、「野菜を売る場所をつくろう」という話にしかならなかったと思います。
「TAKIBIキャンプ」に参加して、そのアイデアが「ヘルプストア」という企画として形になりました。参加していた役場の人から、今後の村の人口構成の資料や、村民の年収に関する資料を見せていただいて、大きい話ができましたね。
井上:「TAKIBIキャンプ」で全く新しい企画が生まれたのではなく、こういう流れになるかなとは思っていました。羽田くんや他のメンバーと「村がこういう世界になったらハッピーな人が増える」「移住したけど友達ができないという若い人も減るんじゃないか」といった話を共有できてよかったです。Iターンなどで祖父母が近くにいない子どももいますから、そういう子に「おじいさん、おばあさん」って呼べるような人ができたらいいなって思います。
「ヘルプストア」って、シェアリングエコノミーの拠点なのかなと。僕はもし「TAKIBIキャンプ」がなかったら、社会福祉協議会(以下、社協)がシェアリングエコノミー的な役割を担ってくれたらいいなと思っていました。でも「TAKIBIキャンプ」を経たことで、『西粟倉・森の学校』が担うということが村としても公式に正式化されました。小さな村なので、社協との役割分担などを含めて今後いろいろ考えていく必要はありますが。
羽田:地域には、このまま人口が減少するなかで村に必要な機能を誰が担うのかという問いがありますよね。事業化するにはマーケットが小さいし、仕組みにするには手間がかかりすぎるけれど、困りごとはある。最適なバランスを目指して、民間がやったほうがいいこともあるんだと思います。
「助けて」と言いやすい地域をつくるための、見える化
— 既に村にある、公の機能と重なるところはないのでしょうか。
羽田:ボランティアセンターでは除雪などで人が稼働していますけど、「ヘルプストア」でもっと見える化することで、「実はこれに困っている」という人も、「手伝うよ」という人も増えると思うんです。
井上:困っている人を有償ボランティアの方が助けるという仕組みは社協がやっていますが、利用者は限られていたりと限界がみえていて、民間が本気でやる、この流れのほうが現状では可能性を感じています。
過去のシルバー人材センターの売上から考えても潜在ニーズはもっとたくさんあるはずで、今は個人と個人の関係性で自然と助け合いをやっていたり、我慢している人がいると想像するけど、もっとオープンにすれば「それくらいならやるよ」って人がいる。「困っている」や「貸してほしい」とかがオープンデータ化されることで助かる人、助けることで喜ぶ人がいると思います。
羽田:「ヘルプストア」でお小遣いを稼ぐ学生がいてもいいし、「誰かの手助けになればそれでええんや」という人がいてもいい。誰かの「助けて」という声と「よっしゃ、任せて」と手伝う人たちが村にあふれているって、いいなと思うんです。そんな未来や、「助けて」って言いやすい社会や地域をつくるための、見える化です。
井上:「ヘルプストア」を『西粟倉・森の学校』さんが本気でやるんだったら、社協や地域包括支援センターとの接続が大切だなと思いました。ゼロイチフェーズでしっかりつくって、そこに関わるプレイヤーが増えてきたら、村が一気に変わると思います。
ウェルビーイングを起点に潜在価値を引き出し合う「行政3.0」
— 現在は準備を進めているところですか?
羽田:今は『BASE 101%』のオープン準備のほうに注力していますが、「ヘルプストア」の準備としては、困りごとを物として見える化するために、缶の形にしてスタンドに置こうかなと。例えば「2時間、子守りをしてほしい」「耕運機を半日貸してほしい」などの困りごとを書いた缶です。缶の値段や缶のフタを締めるマシンを調べているところです。
羽田:でも、誰が中心になって進めていくのか、僕がボールを持っていいのかなど、これから話し合わないといけないこともあります。
井上:みんなで試行錯誤しているというか(苦笑)。「TAKIBIプログラム」は1億円の事業をつくって村に雇用を生むためのプログラムですけど、人口約1400人の村で高齢者福祉に関わることで1億円の事業を生む仕組みをつくるって、どう考えてもやっぱり“発明”なんで。
西粟倉村が次のフェーズに足を一歩踏み出せるかどうか、今そういったところにいると思うんですよね。生みの苦しみって、いつでもこんなものだとは思います。今では評価をされているローカルベンチャー事業の一歩目として「ローカルベンチャースクール」を始めたときだって、1500人の村(2015年当時の人口)で起業する人が継続的に生まれることはムリだって言われていたし、民間の方と一緒に事業をつくっていくことに当初はいろいろな声があったけど、結果と外部評価により雰囲気もガラッと変わってきました。
なんとなく今、当時と同じ感覚を感じていて、やっとこのヤマに登れそうになったなと思っているんですよ。おそらく2、3年で村の福祉や人に関わる構造がガラッと変わる。ちょっとずつ芽が出始めているかなと思っています。そんなスタートを感じる「TAKIBIキャンプ」でした。
羽田:今は種火ですよね、焚き火になる手前(笑)。
井上:うん。地域の保健福祉領域以外のケア機能をどんどん増やして、結果、みんながハッピーになり、その結果健康寿命も延びている、そんな流れがつくりたいです。
— 試行錯誤しながらも「進んでいこう」と前を向いている人たちがいる村ですね。
井上:西粟倉村は百年の森林事業とローカルベンチャー事業の切り口で、行政と民間の協働が自然となっている「行政2.0」と呼べる状態にあると考えていますが、「この次は何だろう」と思うんです。なんとなく、村として「生きるを楽しむ」という社会関係資本のビジョンを掲げたからには、ウェルビーイングを起点にやっている事業を変容させ、民間とも事業を生み出し、潜在価値を引き出し合う。僕はそれこそが「行政3.0」だと思うんですよね。
羽田:互助が広がっていって、最終的にはみんなが勝手に助け合って「ヘルプストア」の役割が要らなくなることが大事。
井上:そうそう、ゆくゆくは「ヘルプストア」を通さずに、自然に声を掛け合う関係性が生まれるといいなと思います。
— お二人、ありがとうございました!
村の中にある願いを起点に、どうやって1億円以上のビジネスを創出していくのか、「TAKIBIプログラム」として試行錯誤の段階です。村内外の人に関わっていただき、皆でより良いプログラムへと育てていきたいと考えています。都市部の企業で働いている人や地域の仕事づくりにチャレンジしてみたい学生など、プロボノやインターンなどで関わってみませんか?興味のある方は「TAKIBIプログラム」運営事務局までご連絡ください。西粟倉村の挑戦はこれからも続いていきます!