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先輩たちがいるから、初めての土地で起業しても孤独じゃない。西粟倉LVS2015採択者の帽子屋UKIYO・山口さんに聞く

第1回西粟倉ローカルベンチャースクールが開催されてから、1年。支援事業者に採択された方が、移住後どんな風に事業をしているのか、気になる方も多いのではないでしょうか。今回は、1年前に採択者となり、地域おこし協力隊(起業型)を活用しながらこども向けの帽子屋さんを営んでいる、山口千夏さんにお話を伺いました。ご結婚の直後、運命的にローカルベンチャーの存在を知り、応募したという山口さん。採択され、移住してからは、ご家族だけでなく西粟倉にいる事業家の仲間に支えられているという姿が見えてきました。

 

懐かしの校舎で生まれる、微笑みの帽子たち

– 今日はよろしくお願いします。山口さんが地域おこし協力隊に採択されてから、ちょうど1年くらいですよね。

山口:そうですね、早いですね。

– ここが、山口さんのアトリエですか?

山口:そうです。大体1週間のほとんど、ここで帽子を作ってます。

遠目でも分かる爽やかなピンク色に塗られた旧影石小学校の一角、以前は資料室だったらしい部屋に、山口さんのアトリエはありました。壁には歴代校長の写真が飾ってあり、自分が通った学校ではありませんが、なんだか懐かしさを感じます。山口さんが丹誠込めて作った帽子は、不思議な曲線を描いていたり、お目目がついていたりと、見ていて笑みが浮かんでくる、愛らしいデザインのものばかり。

山口:こんな帽子があったらいいなっていうのが、他になくて。だったら作っちゃおうと思って、作るようになったんですよね。

– かわいいですね。(試しに被らせてもらうも、頭に入らず。)そっか、お子さん向けの帽子でしたね。

山口:そうですね、主に子ども向けとして作ってます。でも西粟倉にきてからは、村内の大人の、しかも男性からもほしいって言っていただけるんです。なので、デザインはそのままで、サイズを大きくして作って。いつも被ってくれてる方もいて、そうすると「あれ、その帽子どこの?」みたいな話も生まれるみたいなので、ありがたいです。

自分だったらどの帽子がいいかしらと考えていると、ついつい時を忘れてしまいそう。別室にて、山口さんにお話を伺っていきます。

– 改めて、ローカルベンチャースクールからちょうど1年だと思いますが、ここまで西粟倉で事業をされてみて、いかがですか。

山口:細々ながらも、割と確実に前には進んでこれたかなと思っています。もともと実家のある福島県で帽子屋さんをやっていたんですが、2015年の12月にローカルベンチャースクールで採択されてから、いろいろな準備を経て、西粟倉へ移住してきたのは6月なんです。その後お店とECサイトとをオープンしたのが、8月上旬。そこから少しずつやってきたかんじですね。

– こちらで帽子を作りながら、実店舗で販売したり、ECサイトで注文を受けたり。それぞれ、どんな風に進んでこられたんですか。

山口:ここのお店にくるお客様は、今のところ、直接帽子屋を目当てにきてくださる方はあまりいないんですけど、村内にある宿泊施設元湯さんで知ってここまできました、という人はいますね。商品のターゲットは20代後半から30代ぐらいのお母さんで、「可愛い、子どもに被せたい」って思ってもらえるものを目指してるんですけど、まだその層のお客様が100%きてくれているわけではないです。

ECサイトは店舗オープンに合わせて、ホームページにオンラインストアをつける形で始めたんです。あと、ハンドメイドしたものを扱うような外部のECサイトにも載せてます。今はハンドメイドサイトの方が反響があって、見てくださっている方もターゲット通りの方が多い気はしますね。でも購入にまでつなげていくのは、これからかなという感じです。

– 事業は、完全にお一人でやられているんですか。

山口:もともと福島では妹と一緒に、帽子屋兼カフェという形でやっていたんです。私が移住するときにもお店は残してきていて、今でも妹に店長をやってもらっています。製作や季節ごとのカタログづくりなんかも手伝ってもらってますね。私は岡山から発信していって、彼女は彼女で東北から発信していければ、じわじわと来年には東京のファッション界に進出できるかもよ、なんて話してます。それも面白いねって。

– 事業を始められて数ヶ月、まさにじわじわと、確実に進まれているのですね。

 

審査員の心を打った帽子愛。その原点とは

– 山口さんは、西粟倉にくる前から帽子作りに携わってこられたそうですが、今の形で事業をするまでにはどんな想いがあったのですか。

山口:帽子って、特に被らなくてもいいものだし、服とは違って、なければならないものでもないですよね。もしかしたらこの先に帽子が無くなっちゃうかもしれないって思ったときに、子どもたちが帽子を好きになってくれたら、大きくなっても帽子を被ってくれる人が増えるかもしれないって。それで、子どもが帽子好きになるきっかけになるようなものを作ろうと思うようになりました。

– お話を伺っていても、帽子への並々ならぬ愛情を感じるのですが、帽子に思い入れを持ったきっかけはあったのでしょうか。

山口:きっかけは小学生の頃、頭に怪我をした時だったと思います。5、6年生のちょうど思春期始まりぐらいだったので、頭にネットを被っている状態がものすごく恥ずかしくて嫌だったんです。家族旅行を予定してたんですけど、行きたくないってふさぎ込んでいた時に、母が「これ被ってみなよ」って私に帽子を渡してきて。それを被ったら、もう断然気持ちが変わったんです。外に出られるっていうだけじゃなくて、帽子かわいいねって褒められたりして、ネガティブな気持ちがハッピーに変わった瞬間でした。

– その体験が心のどこかに残っていて、原動力になっているんですね。なんだか腑に落ちた気がします。それが、やがてお仕事にもつながっていくと。

山口:はい、そこから学生時代にいわゆる帽子ブームみたいなのがあって、帽子をファッションに取り入れることに楽しさを感じて。それが、職業にしようと思った直接のきっかけですね。

帽子専門の会社に就職して10年くらいお世話になってるんですけど、初めは販売員としてでした。当時は帽子づくりの基礎知識がなかったので、教室に通い始めて。販売員で少しずつ成果を出しながら「デザインやりたい」って言い続けていたんです。そうしたらいろいろなタイミングが重なって、ある時「やってみないか」とチャンスをもらえました。プライベートブランドを任せてもらって、5、6年くらいはやりましたね。

– 山口さんの帽子への熱意が伝わったのと、運も重なったんですね。福島でお店をやられるきっかけは、どんなところにあったんでしょう。

山口:働き始めて10年目くらい経っていたときで、30過ぎたら実家に帰りたいって気持ちもあったので、福島に帰りました。それで妹といっしょに、帽子屋兼カフェを始めて。2年くらいはそのお店でやっていました。そのころ、以前からの知り合いで、西粟倉で仕事をしていた今の主人と、結婚することになったんです。

– 西粟倉と福島とではかなり遠距離ですが、ご結婚される時は、すぐに移住しようと決めていたんですか。

山口:いえ、いずれ西粟倉に来ようという想いはあったんですけど、福島のお店もある程度安定させたいから、当初すぐには行けないと思っていたんです。移住して新たにお店を作る資金もなかったですし、帽子屋を諦めたくはなかったので。

そうしたら、入籍したのと同時期に、主人がローカルベンチャースクールのことを教えてくれたんです。「ローカルベンチャースクールで採択されたら、今すぐ移住しても帽子屋を続けられるかもしれないよ」って言われて。それはいい、って食いつきましたね。

– それで、ローカルベンチャースクールに参加されたんですね。実際に参加されてみて、驚いた事などはありましたか。

山口:そもそも、この村自体95パーセントが森林で、林業やりたいって言ってるならわかるけど、全然関係ないことをやりたいって言ってる私でも採択されるんだ、って思いましたね。役場の方とかが私のやりたいことを始めから面白がってくれたというか、もう初回の懇親会のときから、帽子屋できたらいいなとか、楽しみにしてますよ、とか言ってくれて。なんてすごい村なんだって思っていました。

– まさに山口さんの熱意が、1人1人の想いを聞きたいというローカルベンチャースクールの審査員の心に刺さったのでしょうね。

 

多くの支えのおかげで、移住後も元気

– 福島でもお店をやられていたそうですが、その時と今とで、心境の変化はありましたか。

山口:福島で事業を始めたばかりのときは、オープン景気で今より売り上げは取れていたんですけど、妙に不安だったり、勢いで開けちゃったけどこれでいいのか、みたいな時期もあったんですよ。でも、今はそういうのも乗り越えることができました。

– こちらにきて、初めての土地だから不安が増したということはあまりなさそうですね。

山口:ローカルベンチャースクールの後も、牧さん始め、エーゼロ(エーゼロ株式会社)の方には月1面談して頂いて。事業の進捗を報告したりとか、生活の小さいこととかまで全部相談に乗ってくれるので、すごくありがたいんです。ローカルベンチャースクールのときに「帽子屋面白いじゃん」って言ったきり野放しにするんじゃなく、しっかり相談に乗るところは乗ってくれて、励ましてくれて。

あとは、同じ村内にいるablabo.さんやうららさんには、本当にいろいろ相談に乗ってもらっていますね。ちょっと悩んだり、どうだろうって思うことがあったら、割とお2人にどう思う?って聞いています。

– “油”に魅せられて、ご自身でしぼるところから商品開発までされている「ablabo.(あぶらぼ)」の大林由佳さんと、同じ旧影石小学校の建物で日本酒専門店「酒うらら」を運営されている道前理緒さん。お2人とも同世代なんですね。何か1つのものに魅せられて、生業にまでしてしまうところは、3人の共通点のようにみえます。

山口:「この職業以外は考えられない」っていうのは、共通ワードだと思いますね。うららさん(酒うらら店主道前さん)からは、引っ越してきた初日に「大丈夫だよ、あんたは大丈夫。考えるより動きな」みたいな感じで言ってもらって。すごく励まされました。

新婚で移住してきてはいるものの、一人で家にいる時間もありますし、職場では基本一人なんですよね。下手したら孤独で変になりそうな時間もあるんですが、私が今こうして元気でやっていられるのは、旦那さんの存在はもちろん、結構家族以外の方々の支えによるところも大きくて。元湯に行ったりすると、いろんな移住者の方が集まっていて、飲んでたら混ぜてもらったり。ありがたいです。この村は同い年の若い人が増えてるから、孤独を感じるような村じゃないって思います。

– 同世代の方や、自分を受け入れてくれる方が近くにいるのは、安心しますね。

山口:あとこの村に来て思ったのは、他の移住者の方が事例を積み上げてきたからこそ、帽子屋が受け入れられたんだなっていうことで。何度もお名前を出しちゃいますけど、事業の先輩であるうららさんとablabo.さんの存在は、私の中で大きいです。彼女たちが頑張ったから私が地域おこし協力隊制度を活用させてもらってるんだっていう、道筋のようなものをすごく感じますね。

これからもじわじわとやっていきたい

– 山口さんのお話からは、日々一歩一歩進んでここまで来られていて、いい感触で事業を進められていると感じますが、実際のところはどうですか。

山口:やりたいことはまっすぐに、ブレずにやれているとは思います。ただまだ生活できるレベルまで売り上げを立てられていないので、来年度はちゃんと自分が食べられる分くらいには売上を伸ばしたいです。協力隊の制度ってすごくありがたい反面、誤解を恐れずに言えば、最大で3年間は普通にがんばらなくてもお金が入ってくる状況になるので、恐ろしいって気持ちもあって。目標はちゃんと立てて守っていかないとと思っています。

あとは、ローカルベンチャースクールに参加したとき、村の幼稚園帽をやったらいいんじゃないって話があったんです。まだ話は進んでいないんですが、まずお子さんに喜んで被ってもらえるようなきっかけを何かこちらから提供できたらいいなとは思っていますね。

– そういった、地元の方との交流みたいなものは、今持たれているんですか。

山口:村の行事には極力出るようにしたり、夏祭りではちょっとお手伝いさせてもらったりはしてきました。今回、店のことを村内の広報誌に載せていただいているので、それをきっかけに地元の方ともっと触れ合えたらいいなと思います。あとは村の方に向けて、帽子作りの簡単なワークショップの提案をしてもいいのかなとも思って。そうやってこれからお付き合いを濃くしていきたいですね。

– ワークショップで自分も帽子づくりに関われたら、面白そうですね。

山口:先日も広島県の尾道でワークショップをやってきたんですけど、意外といい反応をいただけたんです。今回の尾道は、ablabo.さんとうららさんが以前講義をされていたところがあって、そこで私の話をしてもらったところから興味を持ってもらって、お誘いいただいたんですよ。

– お2人の力は、いろいろと大きいのですね。

山口:大きいですね。私の中ではかなり大きな存在かな。私はじわじわタイプなので、そうやって皆さんの力もお借りしながら、少しずつ積み重ねていって、来年は目標を達成できるようにしたいですね。

– 新しいことを始める時って、心のゆとりを持つこともすごく大事だと思うので、協力隊制度をうまく心のゆとりにつなげながら、事業の基盤を作っていけたらいいですよね。これからも、応援しています。

帽子屋UKIYO
住所   :〒707-0503
岡山県英田郡西粟倉村大字影石 895 ( 旧影石小学校内2.5 階 )
定休日  :月・木・不定休
営業時間 :11:00〜17:00

ホームページ  http://ukiyoboushi.net/
オンラインストア  https://ukiyoboushi.thebase.in//

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