役場らしくない役場へ。 西粟倉村地方創生推進班の活動を振り返って

「役場」にはどういうイメージを持たれるでしょうか?

住民の方の生活を支える膨大な事務手続きをしている、職員の方々はとても真面目できっちりしている‥等々でしょうか。これらのことは、役場の地域を支える機能、職員の資質としてとても重要です。

ただ西粟倉村役場はそういった守りを固めるだけでなく、村そのものが元気に残っていくために積極的に挑戦し変化し続けることを選んだ組織です。
その姿は「役場らしくない役場」と表現したくなるほどです。

挑戦し変化し続ける役場になるために役場が取り組んだのが、平成29年(2017年)から4年間実施された「地方創生推進班」の活動です。
これは総勢約40名の役場正職員の中から辞令が出された合計16名からなる、課を横断したチーム「地方創生推進班」による西粟倉村の地方創生の取組みです。

地方創生推進班の4年間の活動を、役場担当者であった上山隆浩さん(地方創生推進室 地方創生特任参事)と萩原勇一さん(産業観光課 課長)、講師を務めていただいた松﨑光弘さん(株式会社知識創発研究所代表取締役CRO)、そして事務局を担当していた牧(エーゼロ株式会社 代表取締役)に振り返っていただきました。

 

一人ひとりの役場職員のチャレンジを通して、創発的自治体へ

「地方創生推進班の活動」。

地方創生推進班の活動には、村の方針を示すキャッチコピーの検討会「グランドデザインワーキング」と、村の方針を体現するプロジェクト立案と仮説検証をする「テーマワーキング」という活動がありました。
その結果、「グランドデザインワーキング」の活動からは「生きるを楽しむ」というキャッチコピー、「テーマワーキング」からは合計15の事業が生まれ、うち6事業は自走し始めた段階にあります。

 

4年間、大事にされたキーワードは「創発的戦略」です。
創発的戦略とは、大きな旗(ビジョンとゴール)とそこに至るステップを定めて計画を立てて進むと同時に、計画外のことについても一定期間仮説検証を実施し、そこでわかったことから次なるステップを定め直しながら進む、変化や方向転換を前向きに捉え柔軟に戦略を変えていく戦略実行の手法です。
「テーマワーキング」ではこの考え方に基づき、推進班メンバーには事業の立案(プロジェクト立案)・実行が求められました。
この手法による経験を通し、推進班メンバーは村の挑戦をプロデュースできる「プロデューサー型公務員」になること、そして新たなチャレンジが増え、村が地域全体で創発的戦略に取り組む「創発的自治体」に向かうことが最終目標です。

 

 

-4年間の事業を振り返ってみていかがでしょうか?

松﨑さん(以下敬称略))当初、カオスから秩序を生み出さなきゃいけないという状況でした。これは「複雑適応系」という私の専門分野にマッチしていて、緻密な計画に基づいて業務が進められるべき役場で、新しいチャレンジの結果を取り入れて戦略を変えていくなどということに取り組むこと自体面白く、テーマワーキング講師のお話をいただいてから二つ返事で引き受けました。
初年度からなるべく個人的な視点で旗を見ると何が見えてくるか、どんな未来にしたいか、そのために何をしなければいけないかを考えて、この村の中に実装しましょうという流れで進めました。

 

萩原さん(以下敬称略))役場職員は補助事業の制度を作ったり、補助金を使って事業を作ったりすることにはイメージは湧くけれど、これが必要と着眼を持ってやるということに慣れていないんですよね。
とても難しかったですが、行政職員がこれまでやってきていないプロセスを経験できました。

 

産業観光課 課長 萩原勇一さん

上山さん(以下敬称略))地方創生が叫ばれるまでは県、市町村では標準的な政策を求められてきました。隣町とうちの村の政策はさほど変わらないものが必要とされ、これは住民の方々にとってはどこに住んでいても同じサービスを受けられるというもので悪いものではありません。
だから、行政としては標準的ではない地域独自の制度が取り組みを生み出すことは慣れてないんです。独自のものを作るということはファイナンスや仕組みも違う中で考えて動いていくことになります。これはなかなか難しい。テーマワーキングはそういった慣れないことに挑戦していました。
自分自身の視点で事業を検討し、お金、庁内のコンセンサス、体制づくりを考えトライ・アンド・エラーを繰り返した経験は大きなものでした。

 

初年度の推進班メンバー

牧)プロジェクトの立ち上がり方も新しく、また職員の皆さんの仕事の仕方の変革、そして役場が組織として変革する痛みも伴ったチャレンジだったのではないでしょうか。

 

上山)そうですね、公務員になる人の中には、公務員になること自体が目的だという人たちもいます。そういう人たちは公務員になれたことで目的を達成された状態になってしまい、次、何をするかという話になった時に動けず戸惑ってしまいます。
それが事業で何かを達成することが目的になると一人ひとりが主体的に動き出していけます。
しかし、事業が目的になる人間に変化していくには組織としてきっかけを提供していく必要があります。テーマワーキングはそのきっかけとして重要だったと思います。

 

地方創生推進室 地方創生特任参事 上山隆浩さん

-松﨑さんから見て、推進班の皆さんはどのような変化をされたように見えますか?

松﨑)私はこの4年間、皆さんをペテンにかけ続けていたと思います。(笑)
気がついたらやる羽目になり、また気がついたら終わってからも関わりと責任を持たないといけない。
そうしてペテンにかけられながらも、推進班の皆さんは、こんなものだと決められていた行政の枠の境界を、必要に応じて拡げたり狭めたりしながら、一番適切な状態を作ることができる行政職員になれたのだと思います。
私はこうした皆さんを「変異体」と敬意を込めて呼ばせてもらっています。

テーマワーキングでは、メンバーに外からの情報やエネルギーを入れて、一人ひとりのメンバーにも推進班全体にもゆらぎを起こしました。知らない情報や新しい視点、考え方といったものを投入することで、今までの考え方では対応できない「しんどい状態」を意図的に作りました。その「しんどい状態」を越えて次をつかみにいく、これを繰り返していただきました。

世の中はどんどん変化していきます。しかもどのような変化が起こるかは予測できません。
予測できない世の中の変化に対してうまく対応して生きていくには、人も組織も「変われる能力」を持つことが必要です。
この「変われる能力」は、テーマワーキングのようにゆらぎを受けながら、決めて動いて進んでいく過程を経験することで身についていきます。

 

株式会社知識創発研究所代表取締役CRO 松崎光弘さん

キャッチコピー「生きるを楽しむ」の誕生

-事務局を務めたエーゼロとして印象的だったことはありますか?

牧)最初はグランドデザインワーキングで全体的な計画のためにも、個人単位で計画を出すためにも、ビジョンを早く明らかにしていかなければいけないと緊張感がありましたね。
テーマワーキングでは個人の視点を起点にはじまり、村民の幸福に資することが自分たちのミッションだというところに立ち戻り、そして推進班みなさんの中にある、深いところにある想いを探る対話を重ねていく中で「生きるを楽しむ」という言葉に昇華していきました。
そして「生きるを楽しむ」という言葉に定まると、それに沿ってどんなチャレンジができるか、もう一段、それぞれのプロジェクトやチャレンジの意味づけが定まっていったプロセスは印象的でした。

 

 

今では、「生きるを楽しむ」という言葉を推進班の皆さんが、自分たちが作った言葉として名刺や役場の封筒、自然にいろいろなところに使っています。
この「生きるを楽しむ」という言葉が生まれ広がったプロセスは携わっていて感動し幸福感がありました。

 

エーゼロ株式会社 代表取締役 牧 大介

「生きるを楽しむ」は英語版も作ったことで、「百年の森林構想」の先にそれぞれの人生を輝かせましょう、未来を作っていきましょうと整理できましたし、SDGsの文脈でも自然資本があって、社会関係資本があって、その上に経済が成立していくという構造を表現出来たと思います。

 

チームで取り組んだ意味

-テーマワーキングでは4年間で15のプロジェクトが立ち上がっていますが、どれもチームで取り組まれています。このチームで取り組んだ背景は何かあったのでしょうか?

松﨑)チームで取り組んだ意図としては、自己言及型コミュニケーションを生み出すこと、そして他者への信頼を醸成することのふたつがありました。
自己言及型コミュニケーションとは、自分の考えをいったん外に出して(外化)、それを聞いた人から返ってくる反応から、もう一度自分で意見を修正する(内化)というものです。
「壁打ち」と言うとわかりやすいでしょうか。
また、このプロセスを自分だけで進めずに他者に頼ることで、他者への信頼が醸成されていくことになります。ワークの多くの時間は「壁打ち」に費やしました。
実際には「壁打ち」と言わずに、壁側の人がもっと積極的に情報を返せるように、「おせっかい」という言葉を使っていましたね。

 

地方創生推進班 テーマワーキングの様子

「おせっかい」を通して「この人はたくさん知識や経験があるからこの人の意見は取り入れるべきだ」とか「とりあえず話を聞いてみよう」といった信頼関係が強化されます。そして自分で処理できる範囲を上回った情報処理ができるようになります。
平たく言えば、「人の力を借りた方が結果がいいと腹落ちできている状態」を生み出すことにも繋がります。

 

上山)チームで取り組む感覚が身についてきたことは大事なポイントでした。
以前は一人が一事業を担当し、一人親方状態でした。ストレスもプレッシャーもやりがいも一人で受け止める状態です。
テーマワーキングを通じて今は3・4人を一組として取り組むスキームができはじめています。
チームで議論し、ストレスも嬉しさも分かち合える、そして支え合える。そういう仕組みができるようになっていることは大きな変化だと思います。
ただ、課題として事業スピードがあります。トライアンドエラーの回転スピードを上げるには外部からリソースを集めて走らせることが必要です。この仕組みが役場内であと少しでできそうです。

 

 

萩原)推進班のプロジェクトでも外部人材を入れることが議論され、そこには地域おこし協力隊制度の活用がよく挙がりました。しかし、ここは注意したいところだと思っています。
人が入れば何とかなることはなく、何の役割かを明確にして責任を取らなければいけません。
プロデューサー型公務員として、人をどうプロデュースできるかは能力として必要と思っています。

 

牧)移住してきてくれる人に対して責任が取れるかというのは健全な感覚だと思います。
地域おこし協力隊制度が始まった当初、その責任の重さに役場は積極的に進めたくないと言われていたことを思い出します。
でも初代協力隊員の皆さんが活躍して定着する中で、地域の理解や活用場面も増えてきています。
今本当に必要なのは、その人の人生に責任が取れるのかという健全な問いを持ちながら、それでもそこを引き受けてやるということだと思います。
採用、育成の難しさや大変さと、でも難しく大変だからこそ喜びも覚えて組織として成長していく段階に村全体で進んでいるのかと思います。

責任を持つことで幸せになれる。

―地方創生推進班の活動は昨年度いっぱいで一旦の終了を迎えています。

4年間の活動を経てこれからの役場、職員の皆さん、そして西粟倉全体がどういう村になっていく期待がありますか?

上山)私は村全体で「生きるを楽しむ」に向かっていく期待があります。
それを考えた時、民間の会社は働いている方々の幸せを語ることはありますが、役場職員は公僕と言われることがあるように、地域の皆さんの幸せのために存在していて職員の幸せはなかなか語られません。
しかし、「生きるを楽しむ」は公務員にもあり、自治体職員がいかに幸せに仕事をするか、生活するかは、これから先大切なことだと感じています。
今回の推進班のテーマワーキングでは、村民の方々の幸せを達成する前提で自分がやりたい事業で結果を出す、それが仕事をしていることの幸せにつながることを実感できたのではないかと思います。

 

 

牧)私は役場の人が生き生き仕事をしているからいい地域になって、いい人が集まって、だからこそ、全村民がお互いの「生きるを楽しむ」を大事にしていくということが起こると思っています。
だけど、これが実際難しいこともわかります。

 

萩原)実際、その難しさは役場職員の入れ替わりにも現れています。
私はこのことは役場だけでなく地域全体で人材を育てていく必要を示していると感じています。
今現在、村出身の優秀な子どもたちがたくさんいます。この子達がしっかりUターンして働きたいと思えるような、役場も含めて魅力的な職場が存在する状況をどう作るか、地域で活躍する人たちを地域で生み出していける環境をどう作るか、そういったことを考えています。

 

牧)ローカルベンチャーというチャレンジは個を起点にして動きが生まれ、そこからおもしろいものが出てきた時にその流れを育てていくものでした。
長い時間かけて作られた政治社会経済に対して、推進班の取り組みやローカルベンチャー事業を5年間かけて、移住者が増え、変異体が増える状況を作って、揺さぶりをかけてきたのだと思います。
揺さぶられて柔らかくなったところから、ここからどうするかを考えるのが今だと思います。
今年からは役場とご一緒してTAKIBIという、地域に必要なテーマとリソースを地域側がプロデュースしてそこに人を募っていくプロジェクトに移行します。これを通じて本格的にUターンが入ることを目指すことにもなると思っています。
村にいる人たちの思いを積み重ねながら増幅していく事業の構造は、この5年間の土台があるからできるのだと感じています。

 

 

松﨑)TAKIBIは先程出た「責任」を負うトレーニングとしていい機会だと思うので役場の皆さん、特に元推進班の皆さんに関わっていただきたいです。
事業にそれぞれの専門分野でゆらぎを与えてもらうプロセスから自分が手伝える部分、影響力を及ぼせる部分を持つ、これが「責任」です。
責任を持つことで人は幸せになれると思います。

 

 

牧)今の話を聞いていて思い出したことですが、「生きるを楽しむ」に対して「この言葉は重い」と言われた方がいました。
「生きるを楽しむ」という言葉は、誰かに幸せにしてもらうのではなく、自分で決めて責任を負うことの積み重ねが前提の言葉です。
「生きるを楽しむ」ためのプロジェクトは、推進班の方々にとっては、より仕事を楽しむために自分で提案し、決めて、背負うことになります。これはとても重く、その時のその人の状態として苦しい人もいたかもしれません。
また、俯瞰してみると、過疎地の中で「国が言うとおりにやってきたのに、こんなにも山村が疲弊している」「国のせいでひどくなっている」と思っている地域は、そう思うことこそ過疎の根本的な問題だと感じています。
西粟倉は他責にしない村、自ら決めて動く村になっていくためのテーマワーキングだったのではと感じます。

 

上山)今役場内では、こんなことをしたい、こんな地域にしていきたいという声が次々出てきています。
自分たちがこうやりたいと決めたことを、国や県、民間の方々と一緒にどんどんやっていけばいいと思います。
自分たちで決めてやる、その訓練している4年間だったと思います。

 

-ありがとうございました。推進班の活動は終わりましたが、この活動を基盤に村が挑戦を続け、創発的自治体に向かっていくことを感じました。

●松﨑さんが地方創生推進班の活動をレポートにまとめられています。関心のある方は是非ご一読ください。

複雑適応系マネジメントから見た西粟倉村地方創生推進班の活動と今後

 

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