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あつまちょう

“生きる力を育む”遊び場をまちのみんなでデザインする 「厚真冒険の杜プロジェクト」、始まる。

2019年4月、放課後児童クラブ(学童保育)の拠点となる

放課後子どもセンターが厚真町に誕生しました。

自然豊かなこのまちにふさわしく、木をふんだんに使った居心地のよい空間です。

今、ここを舞台に、子どもたちのための新しいプロジェクトが進行しています。

その名は「厚真冒険の杜(もり)プロジェクト」。

けん引役である教育委員会の宮下桂さんにお話を聞きました。

 

設計図なし、制約なし、納期なし。自分たちの手で、遊び場をつくる!

「冒険の杜プロジェクト」は、ひと言でいえば、新しい放課後子どもセンター園庭の「遊び場」づくりです。建物裏手の林(厚真中央小学校の学校林)を整備し、放課後の子どもたちの遊び場として開放します。

すべり台やジャングルジムといった既存の遊具を設置するのではなく、プロジェクトに関わるみんなでイチから遊び場を築きます。どこに何をつくり、どう遊ぶのかを自分たちで決めていくのがこのプロジェクトの特徴です。木にロープをくくりつけてターザンごっこをしてもいいし、ハンモックで昼寝してもいい。設計図なし、制約なし、納期もありません。

「いつまでも完成することのない、子どもと一緒に成長する遊び場なんです」と宮下さんは言います。

子どもたちの放課後を活用した社会教育事業に取り組む宮下桂さん

「遊具も自分たちで手づくりします。プロジェクトに参加する保護者や地域の方々がトンカンしながらブランコをつくったり、クライミングウオールをつくるんです。そう言うと、『素人がつくる遊具なんて危なくない?』と心配する親がいますが、むしろ逆です。

子どもたちが遊び方を知らない、遊び方に慣れていない、それどころか子どもの身体能力を超えた遊具をどこかから持ってきて置いたところでケガをするだけ。そうじゃなく、そこで遊ぶ子どもたちの姿を児童クラブの支援員や周りの大人たちがしっかりと見て、どこまでだったらやれるか、何が子どもの興味を引くかを考えながら、子どもたちと支援者の“掛け合い”を通して遊び場を形成していく。『子どもと一緒に成長する遊び場』とはそういう意味です。

 

もちろん、さまざまな学年の子どもが集まるわけだから、できることには個人差があります。でも、年齢の違う児童が一緒に遊ぶことで上の子は下の子の面倒を見るし、下の子は上の子をマネしながらできることの幅を広げていきます。

まるで僕らの子ども時代の“遊び集団”のように、異年齢の子ども同士でタテの人間関係を築き、小さな社会を形成し、遊びが生まれ、育まれていくんです。

 

子どもたちは遊びを通じて主体的に好きなことに挑戦します。成功するかどうか分からない、けど失敗しても大丈夫。いくらでも失敗していいよという環境を大人たちが保証する。冒険の杜は、安心して失敗できる場でもあるわけです。

ゆくゆくは、林の中にツリーハウスがいくつもできて、馬を飼って面倒をみたり、『今日は鶏をしめて食べよう』なんて言いながら火を焚くようになるかもしれない。そんな子どもたち、メチャメチャたのもしくないですか?」

宮下さんのイメージはグングン広がっていきます。

 

子どもたちに必要なのは「体験」よりも「経験」。

「厚真冒険の杜プロジェクト」の始まりは、全国で園庭整備を手がける「おおぞら教育研究所」木村歩美さんとの出会いがきっかけでした。

「子どもが自ら育つ園庭」の整備を全国で手がける木村歩美さん。

2016年に宮下さんは、木村さんらが講師を務めるセミナーに参加します。

そこで木村さんが実践する園庭整備の手法について知るわけですが、それはまさに宮下さんが長年求めていながら、そのカタチを得られずにいた社会教育の姿でした。

 

「僕は厚真町に来る前からキャンプや体験活動を通じた子どもたちの社会教育事業に取り組んできました。しかし、子どもたちは一度や二度のキャンプに参加したところで、『楽しかった』という思い出はつくれたとしても、『生きる力』を身につけるまでにはいたりません。何が足りないんだろうとずっと悩んできました。でも、木村さんの話を聞いてハッとしました。

木村さんは園庭づくりを通して、毎日の保育現場の中にさまざまな経験を繰り返し積みあげられる環境を構築していくことを大切にします。つまり、一時的な『体験』を提供する場ではなく、日常的な『経験』に落とし込むことが大事だったんです。厚真町に足りないのはコレだ!と思いました」。(宮下さん)

 

宮下さんはこの出会いを機に、「厚真冒険の杜プロジェクト」の構想を練り、予算獲得のための調整を重ねました。一方で、さまざまな園庭づくりのワークショップにも参加してノウハウを蓄積し、保育や社会教育に携わる人々とのネットワークを築いていきました。

その後、厚真町は正式に木村さんをアドバイザーとして迎え入れ、新しく建てる放課後子どもセンターの園庭として「冒険の杜」を整備するプランが具体化していきます。

そして、センター完成まであと半年に迫った2018年9月6日。厚真町を最大震度7の巨大地震が襲いました。

 

ハッピースターランドが時計の針を進めてくれた。

北海道胆振東部地震の発災後、町内の小中学校は避難所として活用されましたが、一方で、学校が休みになった子どもたちの居場所確保が問題になりました。

そこで厚真町教育委員会の斉藤烈さんが旗振り役となり、子どもたちを集めて「ハッピースターランド(ハピスタ)」を開設します。

首にさげたけん玉がトレードマーク。「けん玉・けんちゃん」こと斉藤烈さん。

ハピスタには学校のように予め決められた時間割もなければ、「これをしなさい」という先生もいません。子どもたち同士で「今日何やる?」から始まって、朝から夕方まで、川遊びをしたり、薪を集めて焚き火をしたり。スラックラインやけん玉、手づくりブランコで遊んだり。そんなことが学校再開前日の9月17日まで続きました。

 

ハピスタは子どもたちに大好評でしたが、感触を得たのは子どもたちだけではありません。

宮下さんは「僕らが思い描いていたロードマップを、ハピスタが2年ぐらい前倒ししてくれた」と言います。

ハピスタにはのべ300人がボランティアとして参加してくれました。

「プロジェクトを準備していたものの、実際にどうやって保護者の理解を得て、地域内外の協力者を集めるのかという仕組みづくりに関しては、どこから手をつけたらいいのか手探りの状態でした。

だってそうですよね。『放課後児童クラブの園庭で、子どもが火を焚いて遊ぶんです』なんて説明したところで保護者の理解を簡単に得られるものではないだろうし、『自分たちの手で遊具をつくりましょう』と言っても保護者以外の誰に声を掛けたらいいのかも分からない。

けれど、ハピスタはあらゆる手続きを飛び越えて、それらすべてが一気に実現できてしまった。それはある意味で、地震という非日常がなせることだったのかもしれません。

ハピスタを機に町内外から大学生をはじめたくさんのボランティアが駆けつけてくれました。その交流は今も続いています。『こうやればいいんだ』という実感を関係者みんなで共有できたのは大きな前進でした」。

 

そしてもう一つ、地震を機に実現したことがありました。それが「あつま子ども未来フォーラム」の開催です。

 

厚真を思う人とのつながりを大切に。

発災から数カ月たったある日、宮下さんは木村歩美さんに「新しい遊び場づくりが厚真町で始まることを町内外に発信できないだろうか」と相談を持ちかけます。この提案に木村さんは即、賛同。「ぜひやろう。発災1年の節目の日に、厚真町の未来を語る。スタートは町長からだ!」と、協力を約束してくれました。

 

2019年9月5日。北海道胆振東部地震から明日で1年を迎えるというその日に「あつま子ども未来フォーラム」は開催されました。

会場は放課後子どもセンター。SNSでの呼びかけに、町内の保育・教育関係者はもとより、札幌や旭川、占冠など、道内各地から保育に関心のある人々が集まりました。

 

第1部は「私たちの子ども時代」と題し、安平町・及川秀一郎町長と厚真町・宮坂尚市朗町長の対談が行われました。お二人とも子どもの頃は家族の中で役割を与えられ、家の仕事を手伝っていたそうです。お風呂を焚くといった単純な仕事の中に、楽しみを見出していたというエピソードが印象的でした。

お父さんが国鉄マンだったという安平町の及川秀一郎町長(右)と、厚真町の農家で育った宮坂尚市朗町長(中央)。

第2部のテーマは「子どもが育つ環境を考える」。さくらんぼ保育園(熊本市)の建川美徳園長とおいわけ子ども園(安平町)の山城義真園長によるトークが行われました。

さくらんぼ保育園は1〜5歳児の縦割りクラスによる異年齢保育を実践していますが、縦割りのコミュニティの中で上の子が下の子の面倒を見るという役割を、子どもたちが自然に身につけるといいます。

山城園長のおいわけ子ども園は、いわば「冒険の杜プロジェクト」の先進事例。2年半前から木村さんアドバイスのもと園庭整備に取り組んでいますが、「子どもがどんどん主体的に遊ぶようになった。こんなに変わるんだと日々実感している」といいます。

左から宮下さん、さくらんぼ保育園の建川美徳園長、おいわけ子ども園の山城義真園長。

おいわけ子ども園は2017年に園庭整備をスタート。(写真提供:おいわけ子ども園)

園庭で元気に遊ぶ子どもたち。(写真提供:おいわけ子ども園)

第3部では、参加者を巻き込んで第1部・第2部の振り返りを行いました。

木村さんは「人間の成長には時間・空間・仲間という3つの環境が大事」と話しました。

フォーラム主催者の一人である斉藤さんはまとめとして次のように語りました。

「震災から1年という今日、厚真の未来を考えるフォーラムを開催するとなったときに、どんな人が来てくれるんだろうかと、楽しみでもあり、正直心配でもありました。フタを開けたら本当にいろいろな地域からたくさんの方に来ていただき、うれしく思います。

僕は厚真のことは厚真の中で完結するべきだとは思っていません。厚真に心を寄せてくださる人がいるのなら、皆さまからの意見をたくさんいただいて、僕らにできないところは助けてもらいながら、厚真が育っていったらいいなと思っています。

今日こうして皆さまとのつながりができたことはとても大きな収穫で、こうしたつながりを広げていくことが、楽しい未来を築いていくことにつながります。

今日はそのスタートだと思っています。ここでできたつながりが、厚真でどう形になるのか。皆さまに背中を押していただきながら、一生懸命前を向いて進んで行けたらと思います」。

 

フォーラム終了後、「冒険の杜プロジェクト」の進捗状況を見せてもらいました。

プロジェクトの第1弾は、放課後子どもセンターのウッドデッキづくりです。ホールから外に出るためのテラスを、プロジェクトに参加するメンバーみんなの手でつくります。

7月15日に1回目のワークショップが行われ、児童の保護者をはじめ、児童クラブの支援員、町内で保育活動に関わる人たち、震災をきっかけにつながった大学生ボランティアなど総勢80人が集まり、コンクリート打ちっ放しの状態から下地となる木材を組んでいきました。

「冒険の杜プロジェクト」第一章となるウッドデッキづくりがついに始動。

プロがやれば数日で完成する作業かもしれません。2カ月が経過した時点でこの状態ですから、まだまだ先の道のりは長そうですが、「これでいい、これがいい」と宮下さんは言います。

「ウッドデッキづくりに80人も賛同者が集まってくれた。これは、やっぱり地震が一つのきっかけになっていると思います。

放課後児童クラブの支援員が主体的に環境づくりを進めることはもちろん大切だけれども、その一方で、こんなふうに地域の人たちと一緒になって、汗をかいたり、悩みを共有する場があるということが、地域の子育て環境の豊かさにつながっていくと思うんです。こうした空間や時間を、これからも大切にしていきます」。

 

「厚真冒険の杜プロジェクト」の進捗状況はFacebookページで見ることができます。

未来の子育て環境を自分たちの手で築く、厚真町の「冒険」にこれからもご注目ください。

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