「百年の森林管理センター(仮)に託す夢」林野庁からの出向任期を終えた、長井美緒さん(私と百森 vol .7)

ローカルベンチャースクールの募集に伴い、「百年の森林構想」への熱い想いを語って下さった長井美緒さん。林野庁から西粟倉村役場産業観光課へ出向し、3年間西粟倉の林業と苦楽を共にしてきました。
 先だって「百年の森林管理センター(仮)(以下、百森センター)」の人員募集には、長井さんの想いに賛同した中井照大郎さんと田畑直さんの2人組が名乗りを挙げ、この春から西粟倉暮らしをスタート。しかし、時同じくして長井さんの任期も終わりを告げることになりました。「2人が来たから安心」と笑顔の長井さんですが、置き土産をしてくれませんか?と再びのインタビューを申し込みました。

「私と百森」特集コンテンツ一覧

 

森が好き、森で働く人が好き

– 前回させていただいたインタビューで、長井さんの山好きはとてもよく分かったのですが、西粟倉を去るタイミングで、もう一度ちゃんとお話を聞きにきました。
長井:山が好きというか、林業が好きですね。

– なるほど。そのものというより、仕事として森と関わっている「業」に思い入れがあるんですね。
長井:そうです。そのことに気づいたのは、たぶん大学に入ってからです。その前は、きこりになりたいと思っていたんです。今も、最終的にはきこりを目指していますが(笑)。

– 今は、きこりにたどり着く過程なんですね。
長井:はい。きこりじゃなかなか食べられないですしね。だけど晩年は、自分が思い描くように木を伐って生きていきたいです。

– そもそも、林業が好きだと思ったのはどうしてですか。
長井:鳥取大学時代に、地元の林業家のもとでバイトをしたり、話を聞いたり遊びに行ったり、お泊まりさせてもらったりした経験が大きいです。そのときは特に意識しませんでしたが、振り返ってみると、木をとりまく環境、地域のコミュニティー、生活そのものといったものに目が向くようになっていました。
私の親はサラリーマンで自給自足とは程遠い生活を送ってきたので、林業を営んでいる人たちの生活を見て、やっぱりこれだなって思ったんです。自ら生活をつくりあげている感じに憧れもあった気がします。
大学時代もずっと、自分のことを人嫌いだと思ってたんですけど、実は人好きだったんですよね。一生懸命山のことをやっているおじさんたちやその営みがとても好きなことに改めて気づいた時、まわりには「みんな知ってたよ」って言われましたけど(笑)。

– 周りから見たら好きな気持ちはバレバレだったんですね。
長井:田舎が好き=人が好きじゃないと思い込んでいたんです。だけど、山に生きる人が、生態系の一部として暮している感じがよかったんですよね。
山菜がたくさん茂っていたら、その場で自分で木の皮を剥いで背負子をつくってしまう人たちがいる。道具がなくてもその場でつくれる感じにしびれるんです。

– 人好き、林業好きに気づいた長井さんは、鳥取大学卒業後は北海道大学の修士課程に進学しました。それはどうしてですか。
長井:大学で林業を学んだはいいけれど、まだまだ山のことを分かっていないと感じていたからです。だから、なるべく山の中だけにいたいと思って北大に進み、ほとんどを演習林で過ごしました。

– ほとんどを山で過ごすってなんかすごいサバイバルなイメージが…
長井:どうせ人にもほとんど会わないし、研究に忙しくてバイトもできないから、私、坊主でした。

– え!丸坊主!?
長井:そうですね。北海道の笹は2mくらいあるので、背が高くってそこを分け入って移動しているから、「丸坊主の小動物がいる」なんて言われていました(笑)。

– そして林野庁に就職。改めて、林業一筋ですね。
長井:山に関わって、しかもちゃんと収入を得るとなると選択肢はだいぶ少ないんです。森林組合に就職という口も、当時はそんなになかったです。

– 逆に今はあるんですか。
長井:相対的に女性の採用は増えているんじゃないですかね。私のときは就職氷河期だったし、まだ「林業女子」という言葉がなかった頃です。

 

官から民へ?はるばる西粟倉に来て出会ったこと

– 東北での森林管理署などの勤務を経て、2014年に役場への出向というかたちで西粟倉にいらっしゃいました。
長井:たまたま西粟倉を知り、林野庁から出向というポストがあると聞いて、希望を出したんです。「山の集約化」ということには興味があったけれど、国の機関で働いていると、民有林の林業を知ることが難しいので、現場に身を投じてみたかったのです。

– ほかにも、西粟倉村にやってきてチャレンジしてみたいことがあったのですか。
長井:それまでは国有林にずっと携わってきたので、民有林の実情を知りたいと思っていました。地域で仲良くなるおじさんと話していると、山の生態や技術的な話は理解できても、民有林の林業の仕組みについては分からなかったり。たとえ「林野庁が悪いよね」って言われても、何が悪いのが、それとも誤解なのかの判断もできなくて、漠然とした反応しかできませんでした。
まず本当のことを知って、それから自分がどうしたいかとか考えたいと思いました。

– 西粟倉での3年間を振り返ると、どんな日々でしたか。
長井:やりたいことをやらせていただけた3年間でした。本当に充実していて、辛いこともいっぱいあったし、楽しいこともいっぱいありました。「やりきった」とは、ちょっと言えないですけど。

– 「良かったこと」を挙げるとどんなことがありましたか。
長井: 3年目でいろいろと分かってきて、やりたいことの種まきができたことが大きいですね。たとえば、中井さん、田畑さんの2人が来てくれた話もそうです。百森センター構想を自分のなかで温めているだけでなく、周囲にも認知され始めたことや、レーザー航測で資源の解析ができたことも大きいですね。

– 種まきをしていくなかで、改めて長井さんが課題だと感じたことについて聞かせてくださいますか。
長井:百森が有名になったのって「仕組み」ありきなのです。それをもっと、実際の現場の「林業」ありきにしていきたいですね。まずは仕組みをつくるのが大変で、そこにひっぱられてなんとかやってきた現実もあるのですが…。施業者の方、預けて下さる方両方と、丁寧にコミュニケーションをとりながら、みんなが納得する施業でいい森をつくっていくことに注力することが、今後目指すべきことだと思います。

– 反対派といわれる人にも話を聞きに行きましたが、単純な「反対」って聞かないんです。山主さんは、ああだこうだ言いつつも、その中でも良い点を見つけようとしたり、見出したりしてますよね。「誰かはやらなくちゃいけない」と口々におっしゃって、みなさん、重要性も感じておられました。
長井:本当にありがたい話ですね。だからこそ、山主さんたちに、百森に預けて良かったって言ってもらえないのは、仕事としてなかなか辛いし、逆にそこがしっかりしていれば、契約も取りやすくなっていく気がしています。
「仕事を絶やさないこと」が先行しているので、雇用は維持しつつも、仕事の質も安定化させていくところまで持っていけなかったのが、私の心残りですね。

– 「百年の森林構想」ははじまりから8年経ちましたが、これまでいろいろな話を聞いてきて、うまく噛み合ってない部分もあることが分かってきました。
長井:横江さんがよく視察の方に向けて言っているのは、「百森のような仕組みを立ち上げるなら、計画を練ってある程度事業をする場所をつくってからのほうが、絶対にいい」ということ。それは本当にそうなんです。
ただ、見切り発車で勢いよくスタートしたから百森がある、という面もあるので難しいところなんですが、立ち止まることが許されないのは辛いですね。
まず足元を固めて2、3年分事業をする場所をストックして、それからやれたら何と幸せなことかとは思いますが(笑)。

– 課題は、百森センターに引き継がれるわけですね。改めて、百森センターの構想について教えていただけますか。
長井:現在、百森自体の運営をしているのは役場で、施業するのは森林組合、材を売ったりファンづくりを担うのが森の学校。三者で成り立っています。ただ、公的な立場の役場と組合員のための森林組合、そして森の学校は株式会社で、意見のすり合わせのハードルがすごく高いんです。
役場は担当者が変わりやすいという短所もありますし、百年の森林構想に特化したセンターをつくれば、生え抜きの人が育って、林業全般としてマネジメントができるのではないか、という構想です。とはいえ全部これから。名前も募集中です。
できれば、いつかは補助金をもらわない経営ができたらいいですね。それはまだ、目標というより夢ですが…。

– 補助金の事務的な手続きが滞ると、施業ができない状況もあるそうですね。
長井:それもありますが、「好きな山のかたち」をつくっていけない欠点もあるんです。補助金の事業だと、補助金をもらうための条件に合わせた一律の作業になりますから。

– 森に関する哲学や価値観は人それぞれなので、ひとつの仕組みに当てはめていくと、矛盾が出てきてしまうのですね。
長井:山主さんの要望を全部聞くわけにいかないにしても、もうちょっと聞いてあげることができるといいですよね。
西粟倉の山は、いわゆる「林業地」じゃない。吉野や天竜といった、ブランドでもないし、日本の、本当に普通の戦後の山のありふれた姿というか…

– 典型的な姿なんですね。
長井:そうなんです。だからこそ可能性を感じていて、ここでそれがちゃんとできれば、たぶん日本の大半の山をきれいにできるはず。逆にいえば、これだけ理解があるところでできなかったらきっと他でもできない。責任があるし、楽しいミッションだと思いますよ。

 

林業の「時流」に乗る?乗らない?

– 長井さんの熱い思いに触れてやってきた2人に、なにか託すとしたらどんなことですか。
長井:今の時流だけとらわれるんじゃなくて、百年先を見た山のことも、ビジネスのことも、折衷しながらの百森センターをつくってほしいです。

 2人は特に、林業を知らずに、でも林業におもしろみを感じて来てくれた人だから、その感覚ってすごく大事。引き継ぎでちょっと話をしてるだけでも、思うんですよ。私にはないビジネス感覚がちゃんとあるから、そこは失わずに、とはいえやっぱり林業って地に足の付いたものなので、バランスを見ながらやってほしいなっていうのは思いますね。

– 反対に、地域の林業関係者や山主さんに、言いたいことはありますか。
長井:1本1本の木を大切にする気持ちは大事にしてほしいけれど、時代の変化による現実的な対応も理解もしてほしいですね。
私も、林業が好きでこの世界に入っているから、いい山とかいい物に対しての価値観もすごく分かるし、それがずっと続いてほしい。「1本切ったら1200万の値がついて、それで1年食べられる」みたいな暮らしが繋がっていくことも尊いと思っています。もちろん、現実でそんなことはほぼないのですが…。
でも、たとえば法隆寺や名古屋城を改築するときに木がなくて、すごく探し回るんですよね。皆さん。国宝級のものに使う木を育てる意識で育てている人がいないと、供給もできない。それで結局、輸入して賄うことには複雑な思いがあります。本当は、国内にも適した木があるかもしれない。百森だったら、小さい規模でさまざまな分野のニーズに合わせた提案ができるかもしれません。木を求めている人たちにどんなアプローチの仕方があるかは、まだ課題ですね。

 

人と森の距離を縮める

– 2人に伝えたいことが「時流に流されずに」で、山主さんには「時流をちょっと知ってほしい」っていうのが、なんだかおもしろいですね。林業における今の「時流」ってなんでしょう。
長井:いろいろありますが、たとえば、太くて大きい木が昔は絶対的に価値があったのですが、今はそうじゃないです。真っすぐな木の価値が高いことは当分の間は変わらないので、そこを目指すのは間違ってないんですが、太い木には価値がつきにくい。
だから、太い木を育てようとする人はあまりいません。だけど、神社仏閣の建て替えをすれとなれば、すごく太くて長い木材が必要になります。いざ、そうなると国内に適切な材がなくて探し回っている状態です。

– なるほど。先日お話をうかがった新田さんは素晴らしいですね。神社仏閣用をターゲットにしていて、確かに出せる人がそんなにいないのなら…
長井:そう思います。でも、それをアピールしないと「ここにあるぞ」ってことを分かってもらえない。新田さんのような森林づくりを把握しておくのも、百森センターの役目ではないでしょうか。大きなロットには対応できませんが、村内の森林の状況を把握していれば、小ロットの個別のニーズに応えることができるはず。
あとは西粟倉村内で、公共建築などの需要が見込めるので、きちっと対応していくのと、 どうしても悪い山もたくさんあるので、そこから出る材のはけ口も確保していくことが大事です。どういう木材にしろ、西粟倉村という小さい単位で管理するなら、無理なく回していく可能性があると考えています。
西粟倉の山が「ありふれた山」だからこそ、できることを探していけるといいですね。

– ありふれているっていうのは、逆にいえば全国各地に広がる可能性がある。
長井:はい。森林のことを相談するのに、役場に行けばいいのか、森林組合に行けばいいのか、村内の人でも迷っている状況もありますから、「百年の森林構想」の認知度を高めていくのがまずは大事かもしれませんね。
百森センターは、情報が集約される場所になって、なによりも村人の期待に応える存在になっていってほしいと願っています。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

– さて、みなさんに聞いてるんですが、百年の森林構想が採択された年から50年後、2058年の未来像を教えてください。
長井:言葉にはうまくできないんですが、イメージのなかにはゾーニングのできた山があります。人口は少なくても活気がある西粟倉村があって、ゾーニングできた山があって、みんながもっと山に親しんでいる村だといいなって思いますね。

– ゾーニングとは、どのようなことですか?
長井:生産をする山、天然林として放っておく山…と役割を決めていくことです。生産をする山でも、大きい木を生産する場所、薪を生産する場所とさらに細分化した役割を与えます。景観も含めて、仕分けをしていくんです。みなさんがよく言う「きのこの取れる山」もあるといいですねぇ。一般の人がたくさん入れる気持ちのいい場所を、手がけていけたらいいなと夢見ています。

メールマガジン

いきるが、ひろがる。Through Me Magazine をお届けします。