一杯のスープが教えてくれた、想いと温かさが伝わる瞬間。「おさじ」の桝岡桃子さんが挑んだ自分との戦い。

マスコミ系制作会社での勤務やMBA取得、海外生活に出産、育児など、公私ともにさまざまな経験を経て西粟倉に来られた桝岡桃子さん。2019年の6月より、起業を支援するプログラム「西粟倉ローカルライフラボ(以下LLL)」に参加し、自分が本当にやりたいことを突き詰めてこられました。
そして、2020年1月に行われたプログラムのステップアップとなる認定審査会を見事通過。
ここにいたるまでの経緯とこれから実現してゆく商品や場づくりについてお話をお伺いしました。

 

 

100人にスープを配ることで、動き出したもの。

 

―現在の取り組みについて教えてください。

 

桝岡:毎日忙しく暮らしている人たち、特に小さい子どもを持つお母さんたちに、ホッと一息ついてもらえるような場所を作りたくて、西粟倉の自然の中にカフェを開こうと思っています。
でも、今はまだお店がないので、野菜のスープやスイーツ、パンなどを手作りして、移動販売を行っています。

 

―なぜ、野菜のスープなのでしょうか。

 

桝岡:私は2018年の10月にエントリーして、ローカルライフラボ生(LLL生)の一人に選ばれました。前職の都合もあって、活動は他のLLL生より数カ月遅れてのスタートでした。当初考えていた事業は、農業を中心としたものでした。
根っこにある「お母さんたちがホッとできる場所」をつくりたいという思いは同じでしたが、もっと大きな絵を描いていたのです。

その構想を他のLLL生やメンターの前でプレゼンする機会がやってきました。
ところがそこで「伝わらない、さっぱりわからない」と言われてしまったんです。そう指摘されても、最初は「なんでわかってくれないんだろう」という気持ちでいっぱいでした。そして、どうすれば伝わるんだろうとあれこれ悩んだりもしました。

でも、そのうちに「口で言ってるだけじゃだめだ」と気づいて、一人でもやれることを考えてとにかく動いてみようと思いました。そして、たどり着いたのが野菜のスープだったんです。ホッとする場所の代わりに、温かくてやさしいスープでホッとするひとときを届けるところからスタートしようと思ったのです。

 

―どのようなスープですか。

 

桝岡:かぼちゃスープやさつまいもを使った焼き芋スープといった、季節の野菜スープです。お母さんと一緒に赤ちゃんも飲めるように、とてもシンプルな材料でつくっていて、素材の味をしっかり感じてもらえるスープだと思います。
今はまだ地元産以外の野菜も多く使っていますが、地元の農家さんとのつながりを育てて、顔が見える野菜を使えるようにしたいと思っています。

 

―移動販売がはじまった経緯は?

 

桝岡:最初はとにかくみなさんに知ってもらいたくて、試飲用のスープを作って名刺代わりに配りはじめました。
そして、ひと月ほどの間に100人以上に試飲してもらうことができました。一緒にアンケートをお願いして、スープの感想やカフェについての意見もたくさんいただきました。

 

―そのことがきっかけで、桝岡さんの活動が動き出したそうですね。

 

桝岡:そうですね。本当にスイッチが入ったように感じました。

たとえば、同じLLL生で、お母さんと赤ちゃんの産前産後のケアをされている助産師の猪田さんがさっそく動いてくれて、村の子育て支援拠点「つどいの広場Bambi」での販売が実現しました。エーゼロのオフィスでも定期的に販売させてもらえるようになりました。

さらに、地域で数多くのイベントに参加されている大茅のご夫婦と知り合ったのをきっかけに、イベントでの販売にも取り組みました。またスープの販売とは別に、幼稚園と児童発達支援施設で、肉まんづくりのワークショップも行いました。

 

 

―大きな変化ですね。

 

桝岡:今までは自分の思いが伝わらないと悩んでいたけれど、手を動かしてみたらどんどん道が開けてきて、みんなが背中を押してくれはじめたことがうれしい驚きでした。

口で説明するよりも、一杯のスープを飲んでもらうほうが伝わるんだということがよくわかったし、伝わらなかったのは自分が動いていなかったからだと痛感しました。

そうした学びによって、当初の農業を中心としたプランを立て直し、現在のカフェ構想を固めることもできたのです。

 

―とても素敵だし、伝わるプランだと思います。

 

桝岡:もうひとつ、私にとって大きな意味のある出会いがありました。
それは、鳥取・智頭町で山菜料理を提供している「みたき園」という名店の、女将さんと若女将とのご縁ができたことでした。

「お母さんたちがホッとできるようなカフェを開こうと取り組んでいる」という話をしたら、「じゃあ、うちにいらっしゃい」と言ってくださって、みたき園に併設されているカフェで、修行をさせてもらえることになったのです。

 

―出会うべき人に出会えた感じですね。

 

桝岡:そうなんです。みたき園はただの飲食施設ではなく、滝があり、移築した古民家があり、散歩道があって、ノスタルジックな世界が広がっているとても素敵な場所です。その中にあるカフェは、私が思い描いている理想のカフェに近いものでした。

そこで仕込みからオープンしてクローズするまでの業務全般を約3ヶ月間経験させてもらえたことは、飲食業の経験に乏しい私にとって、本当に幸運なことでした。大勢のお客さんにあわてることもありましたが、なんとか一人でお店を回していけるようになり、今後の自信にもつながりました。

そして何よりも、みたき園の魅力を大切に守り続けようという、女将さん若女将の強い思いに触れられたことが、私にとって大きな糧になったと思っています。

みたき園、小鳥のcafeクインスでの様子

手当たり次第の挑戦の先に見えた、移住という選択肢。

 

―西粟倉に来る前は、どんなことをしていたのですか。

 

桝岡:アメリカの大学で舞台芸術を専攻し学位を取った後、帰国してマスコミ系の制作会社に入り、コピーライターとしてラジオ番組の原稿やメールマガジンの記事を書く仕事に携わりました。その後、転職して新しい仕事をしながら、オンラインで学べる海外の大学院に入り、3年がかりでMBAを取得しました。アーティストとして活動している友人の事務所で、彼女の作品を世に出すための海外マーケティングに携わったこともありました。第一子が生まれたのはこの頃です。

夫の海外赴任が決まって南アフリカに生活拠点を移し、海外生活の中で第二子が生まれました。4年間の任が解かれて東京に戻って来てから西粟倉に来るまでは、小さい頃にやっていたバレエと英語の教室を開き、子どもたちに教えていました。

また、すきま時間にヘッドスパの学校に通い、その後は自宅でサロンを不定期開催していました。動機は、道具が何もなくても自分の手だけで人をリラックスさせて眠りに導くことができるから。そして、不眠、眼精疲労、うつ、過労等の現代病にヘッドスパは効果的だと思ったからです。そのころからお母さんたちの疲れを取りたい気持ちがあったのかもしれません。

 

―すごく積極的にいろんなことにチャレンジされていますね。

 

桝岡:そうですね(笑)。興味を持ったことを、手当たり次第にやってきた感じです。こんなふうに、いろんなことに手を出す自分がずっと嫌だったのですが、帰国後はこんな自分でもいいと素直に受け入れることができました。

そうしたらすごく楽になって、ますますやりたいことが増えました。

 

―なんだか、田舎暮らしとは正反対のような生活が思い浮かびますが、なぜ移住しようと思ったのですか。

 

桝岡:南アフリカで私たちが住んでいたのは、にぎやかで便利な大都会であると同時に、豊かな自然にも恵まれた町でした。木々に囲まれた家での暮らしが気に入って、楽しい毎日を送っていたんです。

でも、東京に戻ってくると生活がガラリと変わって、夫も私も子どもたちも、全員がそれぞれに忙しくなっていきました。まるで忙しくしなくちゃいけないように、子どもたちにはたくさん習い事をさせ、自分も仕事やお付き合いに追われていました。

 

―都会の便利さゆえに、忙しくないと不安になるというか。

 

桝岡:そうなんです。でもある時、家の中に会話がなくても何ごともなく一日が過ぎていくことに気づいてハッとしました。このままでは夫と2人の娘の距離がどんどん離れていくという危機感を感じたのです。

そして、こんな毎日よりも、少し不便なぐらいの田舎で、何かを一緒につくったり、支え合ったりして、苦しいことも楽しいことも家族で共有しながら生きていきたいと思うようになって、移住という道を選びました。

 

―なぜ西粟倉村だったのでしょうか。

 

桝岡:移住フェアなどにも参加して、夫の出身地に近い瀬戸内を中心に候補地を探していました。
西粟倉村に決めたのは、候補地をいくつかに絞り込んで、夫のやりたいことや子どもたちの教育環境、上下水道などのインフラ、四季の気候などをチャートにして比較したら、西粟倉村が一番バランスがよかったからです。

 

 

お母さんへの強い想い

 

―桝岡さんの取り組みの根底には「小さい子どもを育てるお母さん」への思いがあります。それはどこから生まれたのでしょうか。

 

桝岡:南アフリカから帰国した後、私たち家族は東京で暮らしはじめました。まわりにはお父さんがサラリーマンで、子どもが2・3人いるような子育てファミリーがたくさんいました。

私は近くに実家があって気軽に子どもを預けることができたのですが、ほとんどのお母さんはそれができなくて、家事と育児のすべてを一人でがんばっていたのです。でも彼女たちは「専業主婦だから当然」「子育ては楽しいから」と、けっして不満を言いませんでした。

 

―一人で子育てをしていると、つらいこともいっぱいあるはずなのに。

 

桝岡:がんばりすぎているのに、本人はそれに気付いてなくて、ある日パンクしてしまうんです。実際に心が病んでしまった人もいて、本当に胸が痛みました。助けてと言える相手がいない。自分の弱さを見せられない。パンク予備軍の人たちはたくさんいると感じました。

そんなお母さんたちのために何かしたい、それが私の原動力になっていると思います。

 

―現在の取り組みも、忙しいお母さんたちに代わってスープやおやつを手作りすることで、お母さんにゆとりを提供したいという思いがあるのですね。

 

桝岡:そうです。スープやおやつを手作りしたくても、忙しくてできない。そんなお母さんたちにも利用してほしいです。離乳食に苦労している人も多いと思います。私もその一人でしたが、子どもが思うように食べてくれなくて落ち込んだりしていました。近い将来、そんな離乳食づくりのお手伝いもできたらいいなと思っています。

事実、「つどいの広場Bambi」では、お子さんとお母さんが一緒にスープを楽しんでいる風景があります。「うちの子、このスープなら飲むのよ」と言ってもらえたときは、本当にうれしかったです。

 

―今までいろんなことにチャレンジしてこられたことが、実を結んでいるようですね。

 

桝岡:今こうして振り返ってみると、帰国後の活動は、子ども、教育、癒しが中心になっていたようです。
そして西粟倉では、移動販売で子どもとお母さんに「食」を提供し、ワークショップでは「食」の大切さや「食」に触れる経験を提供し、カフェでは「食」の場所で癒しを提供するという具合に、3つの点が「食」という線でつながった気がしています。

 

―「おさじ」という名前で活動されていますが、どんな意味が込められているのでしょうか。

 

桝岡:おさじとはスプーンのことです。一杯のスープから始まったので、スープをすくうスプーンをイメージしました。
子どもが離乳食で一番最初に口に入れるのもおさじですし、お母さんの沈んだ心をすくい上げるような、そんな思いも込めました。

 

「おさじ」がめざすもの

 

―LLL生としての活動を経て、今回無事に西粟倉村の認定事業者として採択されました。今後の目標を教えてください。

 

桝岡:今、ふるさと納税の返礼品にというお話をいただいているので、それを実現するのが直近の目標です。
そして、やはり早くベースとなる場所を確保したい。小さい赤ちゃん連れのお母さんたちに「また戻って来たいな」
「ああ、ここ来ると落ち着くんだよね」って、言ってもらえるようなカフェを早く作りたいです。
離乳食としての展開も含めて、スープの販売にも力を注いでいきます。
お客さんに来てもらえる場所も作るし、私からスープをお届けする販路も作って、双方向でつながれるようにしたいです。

 

―事業展開にも加速度がついてきましたね。

 

何か壁が立ちはだかるたびに、いつも誰かが手を差しのべてくれている気がします。
何もない私を、その道の経験者たちが補ってくれるのです。そんな方たちの期待を裏切らずに、ひとつひとつ丁寧に仕事をし、自分の事業をきちんと形にしていきたいです。
そして、移住者ならではの視点を生かして、村外から人を呼び込むことにも取り組んでいきたい。

自分だけではなくみんなで手をつないで、まわりの町や村の人たちとも力を合わせて進んでいこうと思っています。

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