新潟県

三条市

さんじょうし

高齢者と若者の感性が響きあう舞台「三条スパイス研究所+ステージえんがわ」(後編)

「三条市から新たな日本の『スパイス文化』を発信しよう」と動き始めた「三条スパイス研究所」。後編は、コンセプトが反映された空間づくりや「ステージえんがわ」の交流広場と「三条スパイス研究所」の有機的につながった取り組み、ここで働く若きスタッフの思いにまで迫ります。

前編:世代を超えて、人が出会い、つながる公共施設「三条スパイス研究所+ステージえんがわ」
 

一人のおじいちゃんの好奇心を、自然に受け継いでいく

絶大な人気を誇る山崎さんのウコンを求めているのは高齢者がほとんど。この状況を知った山倉さんは、ウコンが将来的に需要も供給も先細りしていく農作物だと感じました。

「高齢の方が好奇心だけでつくり上げたウコンは、世界的にも健康によいものとして研究が進む重要な農作物でした。そのことを、私たちはもっと知るべきだなと思いました。ウコンだけでなく、健やかに暮らしていくための食の知恵は、私たちが知らないだけで、すぐ足元にもっと転がっているかもしれない。おじいちゃんのウコンをスパイス料理として、若い世代にもおいしい、楽しい、新しいという気持ちで気軽に食べてもらうことで、健康的なスパイス料理への興味が持てたり、お年寄りが支えてきた地域の豊かな食生活に気がついてもらいたい。また、山崎さんのウコンづくりが、もっとたくさんの人の好奇心によって必要とされ、つくられ続け、世界を変えていくとしたら、こんなにすごいことはないんじゃないかなと思いました」

 

三条ステージえんがわ敷地内で栽培されているウコン。まさに次世代にウコン栽培を継承する取り組みです。

三条スパイス研究所の建物の隣にある畑では、山崎さんから譲り受けた種芋を植え、つくり方を教わりながら、ウコンの栽培もスタートしました。カレーに使われるスパイスとして有名なターメリックは、ウコンの根茎を乾燥 させてパウダーにしたもの。「ここは世界で唯一のターメリック畑が見えるスパイス料理店かもしれないですね」と山倉さんは自信に満ちた表情で話します。

「三条スパイス研究所」では、スパイスを単なる香辛料だけでなく、「異なるものをミックスして新しい何かを生み出していくこと」と捉えています。暖簾に配されたロゴマークがイメージしているのは、「すり鉢の底」。すり鉢の中ですり合わされた多種多様なスパイスをここに集まる人々や事柄になぞらえ、混ざり合うことで香り立ち、にじみ出し、それぞれの風味を発揮して、いつしか自然と一つの味になっていく。この場所を拠点に行うまちづくりは、そんな取り組みでありたいという思いが込められています。

 

基本メニューも、トレーに盛られたごはんと旬の野菜を使用したスパイスおかずにカレーをかけて、混ぜながら味の調合を楽しむ「ミクスチャースタイル」のワンプレート。三条産のスパイスはもちろん、伊藤シェフ直伝の世界のスパイスミックスのほか、打ち豆、切り干し大根など新潟伝統の保存食も使用され、子どもから高齢者まで食べやすいやさしい味わいが特徴です。

 

お米の産地で提供するお米料理は新潟産のものだけでなく、世界一美味しいと言われるバスマティライスを使ったものもある。インドではハレの日に食べるスパイス炊き込みご飯のビリヤニは、新潟人にも是非試してほしい、新しい米料理です

「開店当初は『もう歳だし、自分がおいしいと思ったものしか食べたくないのだよ』と言ってたおじいちゃんたちが、今ではものすごく楽しそうにスパイス料理を食べてます。『新しいよね、この味』って」(山倉さん)

 

異なるものをミックスして、新しい味わいを生み出す

この空間に身を置くと、まだオープンして一年半とは思えないほど、長くそこにあったかのような懐かしい感覚を覚えます。内装のコーディネートを担ったのは、隣の燕市でカフェ「ツバメコーヒー」を運営する田中辰幸さん。「地域の場所をともに考える人材が、地域の中からもっと生まれてほしい」という山倉さんの願いから実現しました。

 

三条スパイス研究所の内装コーディネートを担当した、ツバメコーヒーの田中辰幸さん (左)

「空間づくりのポイントは、ご高齢の方と遠方の感度の高い方、どちらにもいいと思ってもらえること。この二つって大抵矛盾するんですが、相反するものをどう接続させるかが大切かと思って。そこで、民芸的な愛着の感じられるものを中心に、お年寄りに親しみを感じてもらいつつ若い世代には新しいものとして捉えてもらえるようなしつらえをしました」(田中さん)

置いてある椅子は一つひとつすべて異なり、それぞれの形に合わせて地元の布作家がつくった、まるで膝当てのかようなカバーが掛けられています。これは古くなったものを大切に使い続ける工夫であり、当たり前にやってきたはずの暮らしの知恵。新旧を織りまぜた空間は、高齢者と若者がともにある地域そのものにも見えてきます。

 

カトラリーやプレートも、職人の技術が活かされた三条産のものをセレクトしています。

カトラリーや器などのテーブルウェアも、燕三条製のものに地域外のものを組み合わせて コーディネート。スパイスの考え方は空間にも反映され、異なるものをミックスすることで新しい味わいを生んでいるのです。

こうしたクリエイターのこだわりや思いの実現は、行政側の努力なくしては成し得ませんでした。現場レべルで共有しているイメージを、いかに市の上層部に理解してもらうか。そこは苦労の連続でした。

「クリエイターのみなさんが、これだけ三条市のために考えてくださっている中で、担当である私の段階で『NO』とは言わないと決めていました。どうしたら実現できるかをみなさんと一緒に考えながら、資料に落とし込み、そこに込められた思いを上司に伝えることに徹しました」(三方さん)

前例のない取り組みがここまでの完成度を持って実現できたのは、クリエイターと行政が一緒になって、何を目的にどんな場所をつくるのかを考え、その手段を“公 共施設”という枠にとらわれずに探求してこれたからこそ。行政と民間という壁さえも超えて、いい塩梅にミックスし、互いが互いをうまく生かしあう。そこに未 来につながるまちづくりのパートナーとしての信頼関係が育まれていったのです。

 

ここは、あくまで「ステージえんがわ」が主役

この建物には、高齢者に気軽に立ち寄ってもらえるような仕掛けがあちこちにあります。両側には全長80m、総勢199.5人が腰掛けられるえんがわが設けられ、誰が思い思いの時間を過ごせます。また内と外の隔たりがないよう、建物の壁はガラス張りに。外から中の様子が見えることで、通りすがりの人も中に入って来やすいよう配慮されています。

「最初は遠くから様子を見ているだけでも、徐々に近づいて来て、会話をするようになって最終的には中に入ってくる。例えば、『何をやっているのかな?』と外に出て来て誰かと会話をするだけでも、きっと健康寿命は延びるでしょう。その一歩を踏み出せるきっかけになればと思っています」(山倉さん)

 

ステージえんがわの入り口に設置されている「えんがわカレンダー」。近日中に開催されるイべントや教室が一目でわかるので、散歩中に立ち寄ってスケジュールをチェックする利用者も多いそうです。

「ステージえんかわ」の交流広場では、市民から寄付されたグランドピアノの生演奏をバックにみんなで歌を歌う「うたごえ喫茶」、65 歳以上で結成された劇団の公開練習、将棋好きが集まる「あおぞら縁台将棋」などを定期的に実施。毎週金曜に行われる地元で人気のパーソナリティー「さとちん」によるFMラジオの公開生放送では、多い時は100人もの高齢者が集まり、流れる曲にあわせて、立ち上がって踊り 出す人が出るほどの盛り上がりを見せています。

一方、「三条スパイス研究所」も、すぐ隣で2と7のつく日に開催される朝市にあわせて、和食を中心としたワンコインの「あさイチごはん」を提供したり、料理のワークショップを開催したり。高齢者をはじめ、地域の人たちが参加できる場をたくさんつくりながら、「ステージえんがわ」の交流広場と有機的につながった取り組みを展開しています。
ここでは若いスタッフが楽しそうに働いている姿も印象的で、常連さんの顔と名前を覚えて「◯◯さん」と呼びかけるのは当たり前。こんな小さなことが高齢者には日々の張り合いになります。

 

三条スパイス研究所の食を担うシェフの岩田靖彦さん。

そのうちの一人が、東京から家族で移住してきたシェフの岩田靖彦さん。これまで日本料理店や焼鳥屋で修業を重ね、スパイス料理は未経験でしたが、やっていくうちにそのおもしろさにハマっていきました。

「ここで働いてよかったのは、地域の人たちとのつながりができたこと。最初は知り合いもいなかったのですが、ここで働き始めてからはさみしくないですね。おじいちゃん、おばあちゃんはもちろん、子どもたちや県外から来られた方、外国の方々にも自ら積極的に声をかけています。そうすることで、ここを自分と同じように一つの居場所として利用する人が自然と増えたらいいなと思います」(岩田さん)

「三条スパイス研究所」は高いクオリティで県内外の人たちを惹きつけながら、飲食店の枠を超えて新しい“公共”のあり方を実践する斬新な取り組み。そのインパ クトを生かして、地域に密着した「ステージえんがわ」全体の活動を広めていきたいというねらいもあります。

 

「私たちがひそかに大事にしているのは、『三条スパイス研究所』を通して、『ステージえんがわ』で行われているような地域の土着的な活動を、情報としてどこまで遠くに届けられるかということ。ここでは、あくまで交流広場である『ステージえんがわ』としての取り組みが主役で、『三条スパイス研究所』は誰もがお客様として参加できる普通の飲食店であり、『食』というコンテンツを使った情報発信手段なのです。単純なようで、使い方次第ではとても強力な裏方なのだと思います。そして、現場のスタッフたちにとっては、プロジェクトに参加すること自体が、接客業として、料理人として、その場で生きていく一人の人として、学びや経験を得ると同時に、“自分ごと”として地域づくりに関わることのできる大きな方法かもしれないと思っています」(山倉さん)

一見共通点がないように見えても、その間に境界を感じさせないフラットな空気感。 そこには、この取り組みを自分ごとと捉えて惜しみなく力を発揮する、関わる人た ちそれぞれの思いがありました。あらゆる人を許容し、同じステージに迎え入れる「スパイス」という考え方は、斬新なようでいて普遍性をそなえた、まさに真の意 味での “公共”。高齢化の課題が顕著に現れた三条市では、世代や立場を超えた “異色の掛け合わせ”によって、高齢者と若者が感性で響きあう新たな文化が生まれつつあります。

すり鉢の中ですり合わされた、たくさんの個性がにじみ出し、それぞれの風味を発揮して、いつしか自然と一つになっていくーー。「スパイス」の可能性は、地域の人たちの相互の関わりによって深みを増し、さらなる広がりを見せていきます。そして、それこそが超高齢化社会に向けた地域のあり方を見出す、新たなソリューションとなるのです。ここ三条市から世界までも見据えて、多世代のコラボレーションが今動き出しています。

三条スパイス研究所

http://spicelabo.net/

ステージえんがわ

http://sanjoy-machinaka.jp/engawa/about/

メールマガジン

いきるが、ひろがる。Through Me Magazine をお届けします。