岡山県

西粟倉村

にしあわくら

最先端の地域で学び、本当にやりたいことを見つける。「旅する大学」、さとのば大学第1期生募集!

突然ですが、みなさんはいま、自分が本当にやりたいことを見つけられていますか?
自分の人生なのに、所属する組織や、世間の「常識」に振り回されてしまっている、と感じている人は多いのではないでしょうか。

私自身も、かつてはそのような1人でした。西粟倉村にくるまでは。

初めまして。新荘(しんじょう)と申します。
5月から地域おこし協力隊として、西粟倉村役場で働いています。
私は3月に東京大学大学院を修了し、新卒で西粟倉村にIターン移住しました。
こちらでは、「さとのば大学」というプログラムの地域コーディネーターを担当しています。

私が新卒でIターン移住した理由については、この記事のテーマとずれてしまうので、ここでは詳しく書きませんが、地域の現場に入って、自分がやっていることの手触りを大切にしながら仕事がしたいと思ったこと、そして、「人口1,500人の村に大学をつくる」という、さとのば大学の地域コーディネーターの募集に強く心ひかれたことが、移住を決断した理由です。
詳しくは、村にいらしたときに直接お話できればと思います!

 

地域を旅する「さとのば大学」とは?

私がコーディネーターを務めるさとのば大学は、「地域を旅する大学」です。

地域を旅する4年生大学「さとのば大学」

宮城県女川町、島根県海士町、宮崎県新富町、そして西粟倉村という、地域おこしの先進的な事例を次々と生み出している四つの地域が参加しています。

将来的には、さらに多くの地域が参加し、学生が複数の地域を巡りながら学ぶ4年制大学になることを目指しています。

オンラインで、自分の問題意識をベースに社会課題の解決に貢献するあり方を学び、並行して地域のプロジェクトに参加して実践することで、学んだことをすぐに活かしながら、自分が本当にやりたいことをじっくりと見つけていくことができます。

なぜ、地域で学ぶのか。

それは、地域にこそ、自分がやりたいことに挑戦しやすい環境があるからです。

まず、地域では挑戦が歓迎されます。西粟倉村では、ローカルベンチャースクールやローカルライフラボなど、村内で新たな取り組みを行う人たちを支援するさまざまな仕組みがあり、個人事業主を含めると、過去10年間で30社以上が起業しました。このような実績があるため、外からきた人たちの挑戦を寛容に見守り、失敗も受け入れる雰囲気が作り出されています。

また、人口が少ないため、挑戦の結果がすぐに目に見える形で表れます。何か新しいことを始めるときに関係者がわかりやすく、その人から直接フィードバックがもらえるため、高速に仮説検証を行うことができます。事業を大きくしていくフェーズの人にとっては不利な地域ですが、これから0→1を行う人にとっては素晴らしい環境といえます。

さらに、地域には何かを始められる「隙間」が多く眠っています。ないものが多く、不便なこともありますが、それは裏を返せば、そこで何かを始めた最初の人=先駆者になりやすいということでもあります。都市では新しく入り込む余地がない領域でも、地域にくれば一番乗り、ということはたくさんあります。実際に昨年度のローカルライフラボのテーマとして、西粟倉村でラーメン屋を開業する人を、役場が真剣に募集していたくらいです(笑)。

地域で学ぶ魅力をつい熱く語ってしまいましたが、そんな地域で学べるさとのば大学の第1期生を絶賛募集中です!

今年度はまず、一つの地域に3ヶ月滞在してプロジェクトに取り組むことで、その地域と自分の未来を紡いでいくことになります。

では、西粟倉村という地域の未来に、さとのば大学がどのようにつながっていくのか。また、西粟倉村に3ヶ月滞在することで、どのような経験が得られるのか。それを具体的に浮かび上がらせるべく、村のキーパーソンのお二人にお話を伺いました。

 

西粟倉村でのさとのば大学の学び

お一人目は、西粟倉村役場の井上大輔さんです。

井上さんはローカルベンチャースクールの立ち上げを行い、自分のやりたいことを実現するフィールドとして西粟倉村を選択し、移住する流れを村に作り出してきました。さとのば大学には、役場内の個人プロジェクトとして取り組んでいます。

―そもそも、西粟倉村がさとのば大学の参加地域として手を挙げたのは、どうしてでしょうか。

さとのば大学は通常の役場業務とは違う私の行政内個人プロジェクトとして立ち上げに向けて動いています。2年前に役場の中の通常業務と兼務で地方創生推進班ができました。そこでは、各職員自身の「村がもっとこうなったらいいな」を根っこにプロジェクトを立ち上げ、地域内に面白い動きをもっと創っていこうという「創発的戦略」に取り組んでいます。

その中で私自身3人の子どもがいることもあり、最初は子どもに関わるプロジェクト案を深めていましたが…登りきれるイメージがどうしても湧きませんでした。自分がやるにしても通常業務もある中で、ほぼ固定化された関係性と概念を壊しながら登りきる体力はないなと。

さとのば大学に役場内個人プロジェクトとして取り組む井上大輔さん

さとのば大学に役場内個人プロジェクトとして取り組む井上大輔さん

西粟倉村では、これまでも計画より「やりたい」と「誰がやるか」を起点として様々なアクションを起こしてきました。その背景もあり、自分自身のやりたい気持ちが起点となって始めたことが広がり、結果として当初のやりたいことや変えたいことへもアプローチできるような登り方ができたらいいなと考えていました。

そのような中で、さとのば大学の事務局を担う株式会社アスノオトの代表取締役の信岡さんに、さとのば大学の構想のお話を伺いました。そのときに個人的にとてもワクワクしたので、実現に向けて動くときには本気で西粟倉村でもやりたいと考えていました。さとのば大学への地域参画を決める2年前のことです。

地方創生推進班で「創発的戦略」を学ぶ中で講師として関わってくださっている、株式会社知識創発研究所代表取締役の松崎光弘先生は、繰り返し「地域内の相互作用を変えるためには、地域の中に『異物』をいれる。」「高い成果を目指す誰かが『もっといい村にしようぜ』と先頭になって走ることで、気づけばまわりの人がどんどん巻き込まれている」とおっしゃっています。さとのば大学を西粟倉村で実現することを起点に考えると、創発的な動きが地域内に広がるイメージが具体的に目の前に浮かんだのを覚えています。

おそらく西粟倉村の教育が次のステージにステップするために足りないものは、教育の現場の外にいる教育系人材と、そのような人材と 組織とが一緒に行う教育系のチャレンジ、そんな経験の蓄積が足りないことだと思っています。

村の教育を変えたい、でもそもそもよく分からない。じゃあやってみるしかないなと。まずはヒト・モノ・カネ・情報が循環する教育の仕組みをつくって、地域の中でチャレンジをしながら人材を育てる、その先に村の教育のあり方を考えられるのだろうなと思います。いろんな登り方を考えたけど、遠回りのようでそれが一番の近道かなと感じました。

さとのば大学を村でやることにはそんな意義もあると感じています。

レイヤーが違うのかもしれませんが、自分の課題意識が強い、村での学び・教育に活かしたいという気持ちが半分、さとのば大学の学びを一緒に共創していくことへの自分のわくわく感ややりたい気持ちが半分、といったところです。

高校がない西粟倉村にとって、大学生やそれに近い世代の方がいるだけで、それ自体に意味があります!!!

―さとのば大学は、村の未来にどのようにつながっていくと思いますか。

2008年の「百年の森林構想」から10年、自然資本の価値を引き出すことに注力してきました。これからの10年は百年の森林構想の継続と併せ、社会関係資本のビジョンである「brighten our forests、brighten our life、brighten our future!!  生きるを楽しむ」の実現に向け注力していきます。

SDGsを取り入れた村のこれから

さとのば大学は西粟倉村が新たな教育や学びへ変化していくためのきっかけやハブの一つだと考えています。

これまでもローカルベンチャーの文脈では、自由な空気感を常に意識してきました。さとのば大学をつうじて、もっと、若い世代が想いを制限なく伸ばせたり、モヤモヤを吹き飛ばすことができる環境を西粟倉村につくりたい。

これからの時代をつくる若者たちが自分と向き合い、そしてやりたいことに挑戦できる環境を提供したい。そんな、寛容な空気感に包まれた優しい生態系が地域に生まれ、若者を自然に、単純に、応援するといったGiveの連鎖が日常に生まれれば、もっと生きるを楽しめるはず。学生も地域の住民も。

挑戦している若者がいる、そんな若者を応援できない地域ってダサいし、そんな地域にはなりたくないなと。

―村にきてくださった受講生に、どのようなものを得てほしいと思いますか。

自分は何をしたいのか、それをどうすれば実現できるのかを、プロジェクトをとおして、また、地域の人や講師陣から学びながら、受講生のみなさんが自分にとっての正解を探す伴走をしていけたらと思っています。その中で、自分に根ざした「自分として、生きる」が見えてきたらいいなと思います。

西粟倉村の多様な背景や価値観を持つ面白い人達とたくさん関わりを持つことにより、村での学びが一層深まると感じています。

卒業後も相談できるメンターを西粟倉村や講師、他地域の1期生とのつながりから見つけてもらったり、最初は受講生としての関わりだったところから、卒業後もパートナーとして関わりを継続して、たまに西粟倉村に帰ってきてくれたりしたら嬉しいです。

―ありがとうございました。

私自身、祖父母・両親が全員学校の先生という家庭で育ち、小さい頃から教育に強い関心を持ってきました。西粟倉村では、村の子どもたち向けの学びのプログラムや、村外の企業・大学・研究機関が村を実証・研究のフィールドとして活用することで、村をまるごと研究所にしていくプロジェクトなども同時並行で進んでいます。それらのプロジェクトをうまく結びつけることで、子どもからお年寄りまで、すべての人が学びに参加できるコミュニティを、村の中につくっていきたいと思っています。

 

森林の価値を再編集する

続いて、株式会社百森代表取締役(共同代表)の田畑さんです。百森は西粟倉村の森林を50年先の未来を見据えて経営していく「百年の森林構想」から生まれた会社で、山主さんたちから山を預かって管理し、山と人をつなぐ事業を行っています。さとのば大学で西粟倉村にきてくださった受講生が取り組むプロジェクトは、百森と一緒につくっています。

―さとのば大学で西粟倉村にきてくださった受講生は、二つのプロジェクトに取り組むことになります。プロジェクトについて、田畑さんの問題意識も合わせて教えてください。

学生のみなさんと森林の価値を一緒に見直していきたい、というのが今回のプロジェクトの基本になっています。

西粟倉村には330万本以上のスギやヒノキが生えていますが、このほとんどは昔の方が1本ずつ手で植えていったものです。自分の子どもや孫の世代に伐採し、少しでも彼らの暮らしの助けになれば、そう考えられたのだと思います。

しかし木材価格は低迷しており、現在では木が1本数千円で取引されている状態です。丸太の生産だけで考えると、山林の価値というのは非常に低く見積もらざるを得ません。これはその面積の95%を山林で覆われている西粟倉村、ひいてはその面積の6割以上を山林で覆われている日本にとって、大きな問題です。

そこで、山林の持ち得る別の価値について検証したい。そういった背景で、今回のプロジェクトを考えています。これまで林業に関わってきた人間、つまり丸太の生産を生業にしてきた人間ではなく、そういった世界に全く関わってこなかった学生の方こそが、山林の新しい価値をうまく提示できるのではないでしょうか。そう期待しています。

西粟倉村の森林

一つ目のプロジェクトは村外の方に西粟倉村の森林で遊んでいただくにはどうすればいいかを考えるプロジェクトです。西粟倉村には東京ドーム1000個分を超える山林がありますが、これを舞台に村外の方に楽しんでいただくにはどうすればいいのか、そしてそれをどう表現すればその楽しさを伝えることができるのか。その二つの問いがこのプロジェクトの中心になると思います。

二つ目のプロジェクトは村内の方が西粟倉村の森林と関わっていくための新しい方法を開拓するプロジェクトです。山林の価値が低く見積もられてしまうと同時に、村内の方と山林との関わりも薄れていってしまっています。山村で暮らすひとにとって、山林はもっと身近な存在であるべきではないか。そんな仮説のもとに、新しい山との関わり方をひたすら実践し、とりまとめていく。そんなプロジェクトです。

―3ヶ月間のプロジェクトの成果は、そのあと村の中でどのように活きていくでしょうか。

山林を目的に村へ遊びにきてくれる人がいる、もしくは山林が村民の方にとって身近になるというのが分かりやすい成果になると思います。

繰り返しになりますが、村の95%が山林であることを考えると、山林をただのスギやヒノキの畑として考えるか、それ以上の価値を秘めていると考えられるかで、村の可能性は大きく異なったものとなります。

 

株式会社百森代表取締役(共同代表)の田畑さん。あわくら温泉駅舎内の百森事務所にて

株式会社百森代表取締役(共同代表)の田畑さん。あわくら温泉駅舎内の百森事務所にて

―最後に、田畑さんからのさとのば大学へのご期待をお願いします。

一見すると閉じてしまっている世界に風穴を開けるのは、いつだって知識欲や好奇心だと思います。西粟倉村の山林、日本の山林の未来について、一緒に見つめ直し、頭を使い、身体を動かす仲間が増えることに期待します。

なにより、来ていただいた学生の皆さん自身にとって山林、そして村が身近なものとなって、プロジェクトの後も遊びに来ていただけると嬉しいですね。

―ありがとうございました。

 

西粟倉村でのプロジェクトに取り組むことが、日本全体の課題の解決、ひいては世界の森の価値を再編集し、森を世界の遊び場にしていくことにつながる。同時に、世代を越えてすべての人が学べるコミュニティを、村の中に立ち上げていく、その第一歩に立ち会える。そう考えると、ワクワクします。

西粟倉村での3ヶ月がどのようなものになるか、それがどのように自分の未来につながっていくか、イメージできましたでしょうか。

西粟倉村で、みなさんと一緒に挑戦しつつ、刺激的な3ヶ月間を過ごせることを、心から楽しみにしています。

西粟倉村には、仕事を見つけて移住する20代の若い人たちが多い

西粟倉村には、仕事を見つけて移住する20代の若い人たちが多い

さとのば大学 西粟倉村地域プロジェクトページ:
https://satonova.org/local_more/nishiawakura/

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